第18話 宿敵再来
悲鳴が、波のように広がった。
会場内の聴衆が一斉に立ちあがり、出口へと殺到する。椅子が倒れ、マイクが床に転がり、カメラマンが機材を抱えたまま押し流されていく。ステージ上では黒服のボディーガードが、会長と大臣を抱えるようにして演台から退いた。
ラポゾ・ムエルテは、その混乱を静かに眺めている。
「ああ、みなさん。どうか落ち着いて」
愉しげな声が、騒音を貫く。
「せっかくの発表会ではありませんか。もう少し、お付き合い頂かないと」
「――【魔骸】ッ!」
場内に配置されていた四人の魔法少女が、同時に前へ出る。
先頭に立つのは、赤髪の少女。
「みんな、行くよ!」
号令一下。四人が壇上のラポゾに向かって動いた。
「魔法使いのみなさん!」
赤髪の少女が叫ぶ。
「避難誘導を! 一般人をお願いします!」
「了解!」
「わかったわ」
六花とオリビアが反応した。パニックの群衆に分け入っていく。
一方で、揺子は動けなかった。
「ァ――っ ハ、」
頭では理解している。自分も行かなければ。それなのに。
「づ――ッ……」
あの狐の姿を見た瞬間から、呼吸が苦しい。
溢れ出して止まらない、忌まわしい記憶。
焼けた空気。灰の臭い。そして私は――
「これはこれは。熱烈な歓迎ですね」
ラポゾが魔法少女を睥睨した。
「ですが私の目当ては、貴方たちではありません」
「黙れ!!」
赤髪の少女が咆えた瞬間、四人が一斉に杖を構えた。
散開。包囲。一部の隙もなく四方から魔法が放たれる。
炎が右から。氷が左から。風が背後から。雷が正面から。
交差する軌道。逃げ場のない包囲網。教科書通りの連携だ。
だが、ラポゾの尻尾が動いた。
炎を薙ぐ。氷を切る。風を叩く。雷を弾く。
四本が四方へ、同時の迎撃。そして霧散。
一秒とも掛からなかった。
「……ッ!?」
魔法少女たちが息を呑む。
微塵も揺れ動かない【魔骸】の身体。足も、腕も、頭すら。銀の瞳だけが前を向いたまま、展開される四尾の防御。主人を守る従者のように、すべての魔法を防ぎきった。
「無駄ですよ。貴女たちでは力不足。私を倒せるのは……」
向けられた視線の先には、
「一人だけ」
小さな魔法少女。
「ですので、貴女たちには相応しい相手を繕いましょう」
言うや否や、ラポゾが後ろ手に仮面を取り出す。
色鮮やかな髑髏――計四枚。それを、宙に放り投げた。
とたんに仮面の裏側から這い出す黒い触手。節くれだった指のようなそれが床を掴み、蠢きながら散開していく。さながら虫のように。逃げ惑う人々の間を縫って、足許をすり抜けて、誰にも気づかれないまま――顔に貼りついた。
「いやぁ!?」「なんだ!?」
悲鳴。断末魔。迸る赤光。
仮面に捕らえられたのは、逃げ遅れた一般人だった。記者らしき男女。招待客の女性。係員の若者。四人が四人、倒れ込みながら身体を膨らませていく。
「だめぇ!?」
魔法少女が仮面を引き剥がしにかかった。が、もう遅い。
四人の魔骸化は一瞬で完了した。髑髏の仮面。銀の瞳。黒く肥大化した身体。それら人間であった四体は立ち上がると、手近な人間に襲いかかった。
「ガァアアアアアア――――――――ッ!!」
「みんな、【魔骸】を倒してえええええ!?」
見る間に、あちこちで戦闘が始まった。
「さて」
その状況を満足そうに眺めて、ラポゾが一礼する。
「お待たせしました。お嬢さん」
銀の瞳に映される――籠目智代。魔法の杖を構えて、動かずにいる。怖いはずだ。逃げればいい。なのに、彼女はメムシュとともに留まっている。
「昨晩、貴女の光を見ました。とても美しい魔法でした。が、忌々しくもある。我々【魔骸】の拡大を、貴女は邪魔したのです。なぜ、あのような真似を?」
智代は答えない。
「誰かのため? 正義のため? それとも――」
「そこまでよ」
揺子は、ラポゾの前に立ちはだかった。全身を縛っていた緊張を押し殺し、震える足に無理やり力を込め、智代を庇うようにして身構える。
「智代ちゃん」
揺子は振り返らずに言った。
「他の【魔骸】を頼める?」
「はい。でも、先生一人じゃ――」
「大丈夫。任せて」
「……お願いします!」
智代の駆け出す気配がした。これでいい。【魔骸】との一対一。智代を守るための計らいでもあったが、それだけではない。
これから口にする言葉を、あの子には聞かせたくないから。
「お前――なんで生きてるのよ」
「……はて」
ラポゾが首を傾げる。
「どこかでお会いしましたか?」
「忘れたとは言わせないッ!」
気づけば声は震えていた。怒りで、理性が保てない。
「私はクレイドルソフィア! お前が殺した魔法少女 "エトノワール" の相棒よ!」
沈黙。ラポゾが、ゆっくりと瞠目した。
「――ああ、あの時の!」
嬉しそうに、感慨深そうに。
「これはまた、随分と様変わりされましたねぇ!」
四本の尾が揺れた。
「しかし、よろしいのですか?」
「なにが」
「魔法少女への変身には年齢制限がある。十八歳を越えれば変身できない。なのに、今の貴女は人間でしょう。人の身で戦うなど無謀です。それをご存知で?」
「やってみなくちゃ……」
揺子の足が馳せた。
「わからないでしょッ!」
「蒙昧な」
金属の質感を持つ一本の尾が、横薙ぎに振るわれた。容赦なく、切り払おうと。
「――ッ!」
それを杖で防ぐ。魔力で強化した支柱が尾と激突し、火花が散った。衝撃で数メートル後方に吹き飛ばされながらも、どうにか着地を決める。
痛い。腕が痺れる。一薙ぎで、この威力。
「ほう、やりますね」
「まだよ!」
揺子は杖を閃かせた。身体が覚えている。
コイツの対処法だけは忘れてない。
戦える。そして、必ず倒す。




