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魔法少女はくじけない  作者: 長尾 燕季


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第17話 強襲

 午後四時。記者会見の会場は、ルミナ市最大級のコンベンションホールだった。


 正面に設けられた巨大なステージ。その両脇には日本国旗と魔法少女協会の紋章旗が並び、演台には政府と協会の関係者が居並んでいる。収容人数二千人のホールは、報道陣と招待客で埋め尽くされ、カメラのフラッシュが絶えず瞬いていた。


 揺子たちの席は、ステージ向かって右手の関係者エリアだった。

 公の場に合わせて、揺子は私服からパンツスタイルのスーツに着替えていた。智代も発表に備え、すでに魔法少女へと変身を済ませてある。


「すごい人です……」

「シュゥ……」


 右隣に座る智代とメムシュが、緊張した面持ちで会場を見渡す。

 その反応を可愛らしく思いながら、揺子は落ち着かせるべく囁いた。


「大丈夫。昨日、私が言ったことを思い出して」

「昨日、えっと……発表会、ですか?」

「そう。大勢の人を驚かせたり、楽しませたり」

「サプライズ!」

「サプラーイズ!」


 両手を上げる智代につられて、揺子も手を広げて叫んだ。

 とたんに付近から聞こえる咳払い。政府関係者の渋い顔。


「す、すいません……」


 公式な場なのを忘れていた。射るような視線に、揺子は謝罪する。

 しかし、気まずい時間はすぐに終わった。


「なーにやってんの二人とも」


 六花だった。揺子と同じくスーツを着て、智代の左隣に座る。


「六花先生」

「やっほ、智代ちゃん。緊張してる?」

「少し……」

「平気平気。ステージに上がったらダブルピースでいいから」

「それじゃ駄目でしょ」と揺子。

「まあまあ。それより社長は?」

「後ろ」


 揺子が視線を投げると、六花が振り返った。二列後方の席、オリビアが静かに座っている。目が合うと、微笑とともに頷いてきた。


「少し外すわ」


 揺子は立ち上がり、オリビアの元へと向かった。


「社長」

「ユリコ。トモヨは?」

「やはり緊張してます」

「そう。あなたもね」

「私ですか?」

「ええ。(はた)から見ると、あなたも緊張しているように見えるわ」

「……まぁ、はい。そりゃあ、彼女たちがいれば……」


 言い淀み、揺子は会場の端を見やる。


 この厳粛な場で、明らかに浮いている四人の存在があった。

 出入り口の両脇と、ステージ袖の左右。それらに一人ずつ――魔法少女が立っていた。


 華やかなコスチューム。胸元で輝く『聖櫃輝石(ラナ・ジュエル)』。普段なら歓声が上がりそうな出で立ちが、スーツ姿の官僚や報道陣に囲まれると、妙にちぐはぐに見える。まるで国会の衛視が、なぜかお姫さまの格好をしているような。


 正直、コスプレ感が否めない。

 しかし、と揺子は思い直す。


 四人の立ち姿には、緩みがなかった。視線は会場全体をゆっくりと流れ、出入り口の監視を怠らない。表情は引き締まり、いつでも戦闘を始められる佇まいだ。


 煌びやかな見た目と、研ぎ澄まされた警戒心。

 その落差が、かえって物々しかった。


「ごめんなさいね」


 オリビアの声は穏やかだった。


「今日という日が、少し気になって。彼女たちの存在は、万が一に備えてよ」

「あの四人、社長が手配したんですか」

「ええ、協会にお願いしてね」

「…………」


 揺子は驚きを隠せなかった。手際の良さだけではない。なんの根拠もなく、ただ懸念だけでオリビアが協会に依頼するわけがないからだ。


「星読みで、何か?」


 ずばり占いだ。未来予知にも近い精度の。


「念のためよ。外れれば、それに越したことはない」

「外れたこと、ありましたっけ」

「あると嬉しいのだけれど」


 オリビアが初めて揺子を見た。口元には小さな笑み。

 改めて、四人の魔法少女を見る。(みな)、背丈と顔立ちからして高等部だろう。それでもこの場にいるからには、相応の実力があるに違いない。


 頼もしいが、オリビアの占いがある手前、警戒は解けない。


「私も不測に備えます。では」

「ええ。お願いね、ユリコ」


 歩きながら、揺子は会場を見渡した。

 逃走経路。人数の密度。身体が勝手に状況を確認する。

 すでに心は臨戦態勢。いつ何が起きても対応できる。


 席に戻ると、六花と智代が楽しそうに話していた。


「揺子先生。六花先生の姪っ子さんも魔法少女ですって」

「智代ちゃんと同い年みたいよ」と揺子。

「臆病なのよね、アイツ。会ったらヨロシクね~」

「はい、楽しみです」

「あ、でもお供妖精には注意。すげー短気だから」

「怖いっシュ!」

「おーよしよし」


 怯えるメムシュを六花が慰める。

 と、そのとき。


『――只今より、魔法少女協会会長による記者会見を行います』


 演台のマイクから、司会者の声が響いた。会場が静まり返る。


『はじめに、内閣府特命担当大臣より御挨拶がございます。では大臣……』

『はい』


 壇上に立った大臣が、原稿ディスプレイ(スピーチプロンプター)に目を移す。


『本日、政府は国民の皆様に重大な発表を行います。三年前、悪の組織マレフィシアの壊滅とともに消滅したと判断しておりました【魔骸】について――その一部が生存していたことが、先頃確認されました』


 ざわめきが起こった。記者たちがカメラを構え、招待客の間に動揺が走る。


『政府はこの事態を重く受け止め、直ちに対策本部を設置。魔法少女協会と連携し、【魔骸】への対応にあたります。国民の皆様におかれましては、冷静な判断を――』


 冷静に、か。戦える揺子ならまだしも、非力な国民には無茶な話だ。


『続きまして、魔法少女協会会長より、今後の対策についてのご説明があります』


 協会会長が演台に立った。初老の女性。揺子も何度か顔を見たことがある。


『【魔骸】への対策として、我々は新たな魔法少女をご紹介いたします。彼女の魔法は【魔骸】に対し、特異な効果を発揮することが確認されております。それでは――』


 会長が手を向けた先、ステージの袖から智代が歩み出る。

 桃色のボブヘア。輝くティアラ。白いお姫さまドレス。

 魔法少女としての智代が、緊張した顔で登壇する。


 頑張れ。揺子は心の中で励ました。未だ智代の境遇には納得してないが、教師として支えると決めたからには、彼女の晴れ姿を見届けたい。


 人々の期待を一身に背負い、今こそ世に魔法少女の――


「あ!?」


 揺子は跳び上がりそうになった。六花が目を剥いて驚く。


「な、なに……っ!?」

「な、名前。魔法少女の」

「これから発表でしょ?」

「じゃなくて、あの子、クレイドルソフィアって……」

「名乗るの?」

「やめさせないと」

「今さら!?」

「どうしよう、止められない、いや私もステージに!」

「ちょっと落ち着いて、もう遅い――」


 マイクの前で、智代が大きく息を吸う。

 止めないと。揺子は立ち上がりかけた。


 瞬間。ホールの天井が、轟音とともに砕け散った。


 降り注ぐ瓦礫。場内の悲鳴。粉塵が舞い上がり、視界を白く霞ませる。

 次いで穴の向こうから、流れ込んできた腐敗臭。

 瓦礫を踏み砕きながら、会場に降り立つ黒い影。


 それは――二足歩行の狐だった。


 細身でありながら、背丈は二メートルに迫るほど。漆黒の毛並みは闇そのものを纏っているようで、目元を覆う仮面は狐の頭骨を象っていた。


 しかし最も異質なのは、その背から伸びる四本の尾。


 金属のように硬質でありながら、それぞれが意思を持つかのように独立して動くそれ。先端は細く尖り、壁や瓦礫を次々と切り裂いていく。


 銀の瞳が、ゆっくりと会場を見渡す。

 そして、揺子を捉えた。


「――――」


 息が、詰まる。目の前の光景を認識するまで、数秒かかった。

 知っている。この姿を。この仮面を。この四本の尾の揺らめきを。

 忘れるはずがない。魔法少女を引退してから、一日たりとも。


「ごきげんよう。みなさん」


 低く滑らかな声が、静まり返ったホールに響く。


「お初にお目にかかります」


 四本の尾が、愉悦に揺れた。


「私の名はラポゾ――【魔骸】ラポゾ・ムエルテです!」

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