第15話 意外な首謀者
聞き込みで目撃情報を集め、現場に残された痕跡を追跡。その結果、あっさりと絞り込めたゴブリンの潜伏先である廃工場。
下級の魔物・ゴブリン三匹の討伐。
それで、終わるはずだったのに――
「せ、先生……」
物陰に隠れる智代とメムシュが、小声で呼びかけてくる。
「あれ、【魔骸】ですよね?」
「普通のヤツとは違うっシュ」
「…………ッ」
揺子は答えられなかった。
正確には、答える余裕がなかった。
視線の先。ゴブリンたちを正座させ、腕組みしながら説教を続ける【魔骸】。
意外といえば、あまりにも意外。だが、心は浮き立つどころか逆に冷えていく。
おかげで冷静に観察できた【魔骸】の姿。
通常とは比べて遥かに小さい身体。板面状に変化した髑髏の仮面。
それら差異は、間違いなく上位個体の特徴に他ならない。
その証拠に、ヤツは人の言葉を流暢に話している。
人を多く食べでもしなければ、ありえない変化だ。
自然と、揺子の手に魔法の杖が召喚される。
「智代ちゃん」
声を潜めながら指示する。
「私は左から回り込む。合図したら奴らの気を引いて」
「え、でも――」
「お願いね」
返事を待たずに揺子は動いた。姿勢を低く、忍び足で。
幸い、打ち捨てられたオートメーションが遮蔽物の役割を果たしてくれた。
朽ちた工作機械。錆びた搬送レーン。積み上げられた木箱。
それらの陰を伝いながら、揺子は静かに距離を詰める。
視線は一瞬たりとも外さない。
狙うべきは【魔骸】のみ。
ピカロ・ムエルテ。
「だいたいよぉ……」
当のピカロは、まだ説教を続けている。
「食い物なら他にあるだろうが。野菜とか」
「でも親分」
「肉は大事」
「活力っス」
「そりゃそうだが……」
「それに親分」
「野菜嫌いだ」
「子供だから」
「んだとテメェ!」
ぺしん、とゴブリンの頭を叩く。緊張感の欠片もない。
だが騙されるな。相手は【魔骸】だ。言動に惑わされてはいけない。
あと十メートル。杖を握る手に、力が籠った。
そのときである。
「あの!」
智代が、合図も無しに姿を現した。
「何か、事情があるんですか!?」
「――は?」
ピカロの動きが止まった。
銀眼が、動揺で揺れて――
「魔法少女だあ!?」
「ギャアァァァ!」
恐慌状態。散り散りに逃げていく魔物たち。
「くッ!?」
想定していなかった展開だが仕方がない。揺子は物陰から飛び出した。
「智代ちゃん! ゴブリンは任せた!」
急ぎ標的の【魔骸】を追う。が、思ったよりも足は遅い。これなら容易に追いつける。魔法を使うまでもなく、揺子は【魔骸】の背中へと杖を突き出した。
「ハ――ッ!」
しかし空振り。いや、躱された。まるで背後に目があるかのような反応。
「このッ!」
次に横薙ぎ。これも躱される。ならば魔法で一気に片をつける。
「〈ナティア・シア・ソーティア〉―― "加速せよ"!」
身体動作の加速で繰り出す杖の連撃。
ところが、これもピカロは躱していく。
「ほいほいほいっと!」
「なッ!?」
揺子は戦慄した。立て続けに振るわれる杖の速さは稲妻じみた残像。なのに、そのすべてをピカロは見切っていく。
おかしい。訝る心が、答えに気づいた。
(まさか……!?)
空振りが続くことニ十閃。魔法の効果が切れ、ピカロが距離を取った。
「いくらやっても無駄無駄! お前の攻撃なんか、ぜ~んぶお見通しさ!」
「……やっぱりね。アンタ、魔法が使える【魔骸】でしょ」
「へへ、そうとも! 名付けて "我が身滅ぼす災厄の兆し" だ!」
得心がいった。やはり【魔骸】の中でも、上位の個体のみが使える固有魔法。
「この魔法がある限り、俺っちへの攻撃はすべて "予知" される!」
しかも、その効果は未来予知。攻撃を躱したのも実力ではなく、事前に "知っていた" からこそ回避できた芸当に過ぎない。とはいえ――
「でも、その効果は限定的なものよね?」
揺子には確信があった。
「もしアンタの予知が広範囲なら、最初から私たちの接近に気づいていたはず。それが戦闘になっても攻撃の回避だけとか、アンタの魔法は自分自身にしか使えない。しかも予知の範囲は数秒先だけ。でしょ?」
深い思考を必要としなくても、物事の真相や仕組みを解き明かす〈智慧〉の祝福。ピカロの言動が契機となった事もあり、揺子は魔法の効果をすぐさま看破した。
「く……ッ!?」
指摘され、ピカロは気まずそうに言い返す。
「ま、魔法の仕組みが分かったからって関係ねぇ! たとえどんな手段で来ようが、俺っちの魔法には通用しねぇ! 二人掛かりでもなぁ!」
言われて、気づかされた状況の変化。
「ぐぇぇ……」
「ふんすっ!」
ピカロの背後で、智代に倒され山積みとなったゴブリンたち。
二対一。けれども、ピカロの言う通りだ。
こちらの攻撃が見抜かれてしまう以上、たとえ二人同時に仕掛けようが結果は変わらない。
単純な力押しは無意味。不意打ちも無駄。おそらく搦め手も予知される。
どうすれば……ッ!
膠着状態に歯噛みした瞬間、〈祝福〉に閃くものがあった。
(そうだ。大規模魔法ならあるいは……ッ!)
攻撃を回避されるなら、回避されない規模で魔法を使えばいい。
(爆発魔法で一掃――いやっ、ダメでしょ!?)
だが、それは愚策だと自制する。もし実行してしまえば、周りにも被害が出る。周辺は工業地区。近隣には施設もある。最悪の場合、ゴブリン退治どころじゃ済まない。
そのとき、ピカロが怖気づいた声を上げた。
「んんッ!?」
次いで智代を振り向く。その意味が、攻撃を予告した。
「躱してみてください」
祈るように、智代が魔法の杖を胸に抱いて、
「私の――全力全開!」
頭上に掲げながら、杖先に光を束ねていく。
「マジかコイツぅ!?」
ピカロが逃げた。同時に、揺子も焦った。
「智代ちゃん!?」
智代の魔法は知っている。知っているからこそ理解できた。
集まっていく光の量は明らかに異常だった。工場の壁を照らし、錆びた鉄骨を黄金に染める明度は、まるで小さな太陽のそれ。何を考えているかは明白だった。
昨夜、【魔骸】に解き放った光のビーム。
しかも、それを広範囲で射出しようとしている。頭上に掲げる姿勢から、おそらく智代自身を中心とした半径数百メートルにも迫る規模で!
「待って! 周囲に被害が――」
「光になれぇええええええええッ!!」
智代が天高く叫ぶと同時に、光が空間に炸裂した。
床も。壁も。天井も。慌てふためく揺子さえ。
何もかもが黄金の輝きへと呑まれていく。
「ぎゃあああああ~~~ッ!?」
ピカロの絶叫が聞こえた気がした。
だがそれすら、次第に遠のいていき――
揺子の視界は、完全にホワイトアウトした。




