第14話 クエスト
こちらのエピソードは、かつての第14話「強襲」より前の時系列となります。
誠に勝手ながら、本編を補完する小話として追加いたしました。日頃よりお読みいただいている皆様には、時系列が前後することで混乱を招く形となり、申し訳ございません。
何卒ご理解いただけますと幸いです。
座学の後は実戦指導。そう提案したが、余計なお世話だった。
「はッ!」
まずは手始めにスライムを、と思ったが智代はこれを瞬殺。
「やぁ!」
次にゴーレム計三体。これもあっという間にビームで討滅。
「とぉ!」
最後に空飛ぶワイバーンすら、智代は難なく倒してみせた。
なんと優秀で将来有望なことか。魔法少女の未来は限りなく明るい。
教え子の素質に、揺子は誇らしく――
「いや強すぎでしょ!?」
「ふぃー」
巡回も一区切りつき、智代は公園のベンチで麦茶を飲んでいる。コンビニで買ったお菓子をメムシュと分け合いながら、ちょっとしたティータイムだ。
一方で、隣に座る揺子は唖然としていた。
スライムは弱いからまだ理解できる。続くゴーレムも動きが遅いので受容できた。だが最後のワイバーンは、さすがの揺子も驚愕せざるをえない。
なぜなら、ワイバーンは "飛ぶ" という生態上、倒すのにも苦労が強いられる魔物なのだ。同じ飛行能力を持つ魔法少女でない限り、まず討伐対象には選ばれないだろう。
ところが智代は、飛べない不利をあっさりと覆した。
まずは光弾の連射で牽制。さらに追尾性の光弾で進路を誘導していき、ビル群に迷い込んだところで壁面を足場に跳躍。接近からのビームで決着をつけた。
「教えることが、ない」
座学はまだいい。しかし戦闘に関しては、本当に教えることがない。出会ったときから薄々勘づいてはいたが、まさかこれほどまでに強いとは……。
「ねぇ、智代ちゃん」
気になって、揺子は質問してみた。
「あなたすごく強いけど、いったいどこで鍛えたの?」
「魔法少女協会です。私だけに教えてくれる人がいました」
専属という意味だろう。それも当然か、と揺子は納得した。
智代は【魔骸】への対抗策として、大きな期待を寄せられている魔法少女だ。なればこそ、協会が目をかけて育成するのも不思議ではない。
しかし、そうなってくると自分の立場に意味はあるのだろうか。
戦闘は申し分なし。倫理観や座学だって、揺子でなくとも優秀な講師はいる。協会が本気で智代を育てるつもりなら、自分などより適任の魔法使いを用意できるはずだ。
ではなぜ、ミネルスフィア魔法堂が選ばれたのか。
その疑問だけが、揺子の胸に小さく引っ掛かった。
「揺子先生、次はどんな魔物と戦いますか?」
お菓子を食べ終え、キラキラとした目で見てくる智代。その年相応に可愛らしい姿を眺めているうち、先ほどまでの疑問が、どうでもよくなってきた。
智代は【魔骸】のような魔物を想定して育てられた子供だ。
ならば、今の彼女に相応しい相手と戦わせてもいいだろう。
「そうねぇ。じゃあ『ヘイムダル』に行ってみましょうか」
「へいむだる?」
♣♦♠♥♠♦♣
ルミナ市駅前通りのオフィス街。その一角に、目的の建物はあった。
周囲の建物と比べても、一際目立つ白亜の宮殿。正面玄関には剣と杖を模したエンブレムが掲げられ、出入りするのは魔法少女や魔法使いたちばかりだ。
その名も『幻災対策公社ヘイムダル』。
マレフィシアが滅んで以降、日に日に増える魔物災害への対策として、政府が運営を始めた雇用サービス機関である。
「すごーい! 初めて来ました!」
「おっきいっシュ!」
智代とメムシュが宮殿を前にはしゃぎだす。
予想通りの反応に、揺子は微笑ましくなった。
「ここが『ヘイムダル』よ。魔物による事件の調査、並びに討伐クエスト斡旋を担う総合支援機関。魔法少女や魔法使いのための、まあ、職業安定所みたいなところね」
言いながら、智代とメムシュを連れて出入口へと歩いていく。
階段の歩幅。大理石の質感。懐かしい。自然と口元が緩んだ。
「私も魔法使いとして駆け出しの頃、毎日ここに来てたの。ミネルスフィア魔法堂に就職してからは、すっかりご無沙汰だけど」
初めて受けた討伐依頼。理不尽な低報酬。徹夜で書かされた始末書。気難しい受付嬢に説教されたことまで、昨日の事のように覚えている。
出入口をくぐると、さっそく喧騒が耳を打った。
広々としたロビーには、大勢の人々が行き交っている。壁面のモニターには討伐依頼や注意勧告が表示され、受付カウンターには魔法使いの列。別の一画では魔法少女たちがスマホ片手に記念撮影していた。
「わぁ……っ!」
そんな光景を見渡しながら、智代は目を輝かせる。
「賑やか! ねっ、メムシュ!」
「人がいっぱいっシュ~!」
「ふふ、そうね」
揺子は思わず苦笑する。昔からここは、何も変わっていない。
危険と隣り合わせの仕事を扱う場所のはずなのに、奇妙な活気があった。夢を追う者、一攫千金を狙う者。さまざまな人たちの熱気が、この空間には満ちている。
「あれ? 揺子先生」
「ん? なに?」
服の袖を引っ張られ、揺子は智代を見た。
「魔法使いさん、女の人ばかりです」
言われてみれば、確かにその通りだ。
館内の魔法使いは大人の女性ばかり。男性の魔法使いは一人もいない。
「ああ、それはね……」
揺子は少し考え、それから説明をはじめた。
「魔法使いっていうのは、元を辿ればみんな魔法少女なのよ」
「そうなんですか?」
「うん。だけど、引退した全員が魔法使いになるわけじゃない。異世界アースノールの神々が授ける才能――〈祝福〉が無いと、魔法使いになれないの」
「しゅくふく?」
「ええ、〈祝福〉。アースノールでは生まれつき持ってる人がほとんどだけど、ごく稀に後から授かる人もいる」
言って、揺子は魔法使いたちに目を向けた。
「それは今の世界のような日本でも同じ。魔法少女として優れた活躍をした子ほど〈祝福〉を授かりやすいの。逆に言えば、この〈祝福〉がなければ魔法は使えない」
「えっと、じゃあ揺子先生も?」
「持ってるわよ。私も魔法少女だったから」
「ムッタラポンチョス、ですよね」
「えっ、ああ、そうよ。ムッコロポンタス」
「また違うっシュ」
「う、うっさいわね。とにかく、魔法少女の引退後に〈祝福〉を得た子は、その後魔法使いになることが多いの」
「いいなぁ。私も欲しいです」
「もし智代ちゃんが授かるとしたら、〈智慧〉の祝福ね」
「ちえ? 〈祝福〉にも種類があるんですか?」
「あるわよ。アースノールの神々の数だけ。魔法少女が持つ魔法属性に則って贈られるの。私は光属性の魔法少女だったから "智慧神ソーティア" の〈祝福〉」
「じゃあ、私も光属性だから〈智慧〉なんですね?」
「そうね。ちなみに〈智慧〉の祝福は便利よ。考え事とか計算とか、頭を使うこと全般に強くなるの。文字通り〈智慧〉を授かるってやつ」
「すごい。ノーベル賞取れますか!?」
「あはは、取れるかもね」
「わぁ! 楽しみです!」
ぐっと拳を握って意気込む智代。気の早い話だが、可能性としては高いだろう。
そこでふと、揺子は自分が〈祝福〉を授かった頃を思い出す。
魔法少女を引退した直後は、酷く陰惨で空虚な日々だった。
自分から何かが抜け落ちてしまったような感覚。夢も、理想も、情熱すら失って、ただ時間だけを消費する毎日。急に「普通」に戻っても、うまく生きられるはずがなかった。
だからこそ、〈祝福〉を授かったときは嬉しかった。
もう一度、人を助けられる。
もう一度、誰かの希望になれる。
その事実が、何よりも救いになった。
智慧神ソーティア。異世界の神とはいえ、感謝してもしきれない。
もし〈祝福〉がなければ、自分はきっと立ち止まったままだった。
と、いけない。感傷に浸り過ぎた。当初の目的を忘れてはならない。
「さて、智代ちゃん。さっそくクエストを受けましょうか」
「クエスト。魔物の討伐依頼ですか?」
「正解。『ヘイムダル』はそういう場所だからね。えーと、何かいいヤツは……」
壁面のモニターを確認する。どれも低ランク相当の依頼ばかりだ。スケルトン、サハギン、ヴォーパルバニー。この辺は智代の相手にもならない。
せめて上級に匹敵する魔物でなければ――
「揺子先生! これ、見てください!」
智代が別のモニターを指差した。
「なに? いいのあった?」
「これ、街の人が困ってます!」
どれどれ、と見てみる。が、悲しいかな。期待外れだった。
「"ゴブリンによるペット誘拐事件" ねぇ」
「かわいそうです……」
内容は題名の通り。ルミナ市の住宅街で、ペットの誘拐事件が多発しているらしい。犯人はゴブリン。目撃情報もあり、すでに十件の被害が確認されているようだ。
揺子は眉をひそめた。
「うーん」
「どうしたんですか?」
「悪い依頼じゃないんだけど……」
ゴブリン。
魔物の中でも下位の存在だ。知能は低く、強さも人間の大人より少し上の程度。集団になると厄介だが、それでも魔法少女が苦戦する相手ではない。
揺子の懊悩から察したのだろう。智代が首を傾げて指摘した。
「もしかして先生、強い魔物を探してますか?」
「まあね、智代ちゃん強いし。せっかくだから見合った魔物を――」
「先生」
智代が縋るような目で見てくる。
「困ってる人がいます」
「それはそうだけど……」
「なら、助けたいです」
迷いのない返答だった。智代にとっては当然の判断なのだろう。相手が【魔骸】だろうと、ゴブリンだろうと関係ない。助けを求める人がいる。それだけで十分なのだ。
「それにペットだって家族です」
智代は真剣な顔で続ける。
「もしメムシュが攫われたら、私すっごく悲しい」
「僕はペットじゃないっシュ」
「うん、わかってる。でも、家族は大切だよ」
「シュ。僕も智代がいなくなるのイヤっシュ」
智代がメムシュを優しく抱き寄せる。そのやり取りに胸を打たれた。
「……そうね」
考えてみれば、強さに見合った依頼ばかり受ける必要もない。
クエストとは、誰かを助けるためにあるものだ。
そして今、助けを求めている人たちがいる。
「わかったわ」
揺子は依頼票をタップした。
「これ、受けましょう」
「はい!」
♣♦♠♥♠♦♣
智代が顔を輝かせた。その笑顔を見ていると、なぜだかこちらまで嬉しくなる。
標的はゴブリン三匹。相手としては不足だが、選り好みしてはいられない。
きっと楽なクエストだろう。終わった後は、軽く祝勝会でもしようか。
そう思っていたが、見込みは外れた。
正確には――予想外の事態となった。
「ったくよぉ! 何べん言やぁわかるんだ!?」
聞き込みと痕跡を辿った結果、すぐに割り出せたゴブリンの潜伏先。
「こんなカエル持ってきやがって!」
工業地区の廃工場。しかも犯行には首謀者がいた。
「この前はネズミ! その前はカラス!」
そこまではいい。さして驚く事でもない。
「もっと喰いごたえのあるヤツ持ってこいよ!」
だがその首謀者が、意外な魔物だった。
「だからお前らは出世できねぇんだ! いいか。組織ってのはなぁ、報連相だ!」
「ホウレンソウ?」
「報告! 連絡! 相談だよ!」
「食い物じゃねぇんですかい?」
「馬鹿かオメェら!」
正座する三匹のゴブリンの前で、口喧しく説教する小柄な人影。背丈は子供ほど。ゴブリンより少し大きい。さらに――
顔を覆う色鮮やかな髑髏の仮面。
窪んだ眼窩から覗く銀色の瞳。
空間に立ち込める腐敗臭。
「嘘でしょ……」
揺子の全身から血の気が引いた。
信じられない。あり得ない。
だが、間違いない。
「この【魔骸】ピカロ・ムエルテ様に、恥をかかせるんじゃねぇ!」
宿敵の【魔骸】がそこにいた。




