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魔法少女はくじけない  作者: 長尾 燕季


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第13話 約束

 揺子は智代を連れて作業室に移動した。棚に並ぶ薬品の瓶。壁に張られた魔法陣の設計図。使い込まれた道具が、あちこちに散乱していた。


「わぁ、魔法使いの工房ですか?」

「正解。ここで調合とかするのよ」


 智代が面白そうに周囲を見回す。メムシュは棚の上に乗り、薬品を嗅いでいた。


「危ないから触らないでよ?」

「わかったっシュ」


 不安だ。揺子はメムシュを気にかけながら、作業台の上に杖を置いた。

 昨夜の戦闘で傷ついた魔法の杖。支柱を構成する宝石のひび割れは、時間が経ったおかげか少し埋まっていた。が、このままでは用を成さない。


「先生の杖。やっぱり壊れてますね」

「壊れてる、というより傷ついてる、かな。でも直せる」

「直せるんですか? どうやって?」


 揺子は六花から貰った瓶を開けた。瞬間、甘い樹液の香りが漂う。


「これを杖に塗るの。 "ピヌスの松脂" よ」

「マツヤニって、木の蜜ですよね」

「そう。虫のご飯ね。この杖にとっても」

「え」智代が目を丸くした。「魔法の杖って虫さんなんですか!?」

「ふふ、違うわよ。ただ正確に言うと、杖の支柱――宝石を作る虫がいるの」


 説明しつつ揺子は筆を取り出した。瓶の中に入れ樹液に浸す。


「この杖の支柱はね、 "虹霓石(プルウィライト)" って呼ばれるアースノールの微生物が作った宝石なの。その微生物は今もこの支柱の中で生きている」


 細い筆先で松脂を掬い、ひび割れた箇所に塗っていく。


「松脂は彼らの餌よ。これを塗れば、微生物が活性化してひびを埋めてくれる。本当は放っておいても直るけど、これなら時間もかからない」

「すごい。生きてる宝石……」


 物珍しげな顔が、何かを閃いたように輝く。


「もしかして、私の変身アイテムも生きてますか!?」

「変身アイテムって――『聖櫃輝石(ラナ・ジュエル)』のこと?」

「はい!」


 智代が制服のポケットから取り出したのは、人の掌大もある桃色の宝石だった。金の台座に収められた、辺に丸みのあるトリリアンカットの形。


 通称『聖櫃輝石(ラナ・ジュエル)』。魔法少女なら誰もが持つ変身アイテムだ。


「残念だけど……」


 筆を走らせながら、揺子は苦笑した。


「それは人工的に作られた宝石よ。ただ変身するためのアイテム」

「そうですか。なんか私のこと、見てくれてる気がしたのに……」

「なんか、ごめんね。期待した答えじゃなくて」

「大丈夫です。新しいことが知れました!」


 ぐっと握り拳を作る。落ち込んだ態度から明るい笑顔。

 気遣うつもりが逆に気遣われてしまった。智代の健気さに庇護欲が湧いてくる。

 そこで思い出す――智代の両親について。昨晩、資料を漁る際に見た彼女のプロフィール。そこに書かれてあった二人の詳細は、なぜか記載されていなかった。


「そういえば、智代ちゃん。ひとつ聞いてもいい?」

「はい」

「あなたのお父さんとお母さんって、どんな人?」

「……えっと……」


 智代の視線が揺れた。握っていた拳が、ゆっくりとほどけていく。

 踏み込んだ質問だったかもしれない。が、しかし――


「あ、ほら。何かあった時とか、連絡先が知りたいの。一応、智代ちゃんを預かる教師として責任があるから。……無理に答えなくていいのよ?」

「二人とも、もういません」


 一瞬、時が止まった気がした。


「ずっと前から……」


 小さく息を吸い、それから。


「私、ひとりです」


 寂しそうに笑った。


「……ごめん」


 馬鹿か私は。軽々しく触れていい話じゃなかった。


「ごめんなさい、私――」

「いいんです」


 智代が首を振る。


「もう、乗り越えました。それに今は寂しくありません。メムシュもいますし、魔法少女学園にも友達がいるんです。その子とは寮が相部屋で、冥夜宵めいやよいちゃんって言うんですけど、すごく頭が良くて私より勉強できて――」


 堰を切ったように言葉が溢れ出す。空元気な振舞いが、かえって痛々しい。

 智代は他者を優先する子だ。行動だけでなく、感情の面においても。それがどれほど自分を傷つけることなのか、本人は気づきもせず……。


 揺子は杖を作業台に置いた。膝を折り、そっと智代を抱き寄せる。


「智代ちゃん」

「せ、先生……!?」


 智代が素っ頓狂な声を上げた。構わず、そのまま話しかける。


「本当ならあなたは、【魔骸】と戦っちゃいけない年齢よ。学園が定めた制度だって、初等部はスライムやゴーレムみたいな魔物としか戦えない決まり」

「でも、先生。私――」

「わかってる。戦わなきゃいけない。あなたを守る制度を無視して。お父さんもお母さんも、誰も守ってくれない戦場で。だから……」


 揺子は身を離した。智代と目線を合わせる。


「私が守る」

「先生……」


 小さな瞳が涙に揺れた。震える手が、揺子の腕をキュッと掴む。


「けど、ひとつ約束して」

「約束?」

「うん。これから先、いつも私がそばにいるわけじゃない。一人で【魔骸】と戦わなきゃいけない瞬間が、きっとくる。もしそうなったら、守ってほしい事があるの」

「なんですか?」

「すべてを救おうとしないで」

「……すべて……」

「昨日の【魔骸】のこと、覚えてる?」

「はい。泣いてました」

「そう。無理やり【魔骸】にされて。だから助けを求めた。でも世の中には、自分から望んで【魔骸】になった人もいる」

「え」


 智代の顔に戸惑いが浮かぶ。


「そんな人が……」

「いるのよ。人であることを捨てて力を取った――そういう【魔骸】は泣いたりしない。助けも求めない。むしろ逆。言葉巧みに、あなたを騙そうとする」

「騙す……」

「【魔骸】は人を食べることで強くなる。賢くなる。人を何人も食べた【魔骸】は、人間みたいに話せるようになるの」


 息を呑む音がした。


「昨日の【魔骸】は、まだ生まれたばかりだった。だから言葉が崩れていた。でも長く生きた【魔骸】は、普通に会話できる。そういうヤツらほど危険なの」


 経験者だからこそ言える、【魔骸】の悪辣さ。


「あなたの優しさは誰かにとっての救いよ。でも、賢い【魔骸】はそれを逆手に取る。わざと可哀そうな振りをして、あなたが助けたくなるように」


 元の人間が最悪なら、その言動も冷酷非道だ。


「そういう【魔骸】は人を襲うことに罪悪感がない。もし、そんなヤツらに遭ったら救おうとしないで。被害が広がる前に、倒すの」


 ゆえに慈悲など不要。容赦してはいけない。


「それが約束……」

「できる?」


 智代はしばらく黙っていた。近づいてきたメムシュを、優しく胸に抱いて。

 やがて、意を決したように顔をあげる。先ほどまでの翳りは消えていた。


「わかりました」


 声には決意が宿っていた。


「私、倒します。悪い【魔骸】は、必ず」

「うん」

「でも、助けられるなら、助けたいです」

「知ってた」


 揺子は肩をすくめた。


「そのときは、私も手伝う」

「ありがとうございます!」


 こっちまで嬉しくなる智代の笑顔。子供を持つ親の気持ちが、少しわかった。

 揺子は作業台の杖を見た。支柱のひび割れは、とっくに塞がっていた。

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