第11話 予期せぬ来訪
翌朝。窓から差し込む陽の光に、揺子は意識を覚醒させた。
昨晩は帰宅してから夜更けまで、ずっと資料を漁っていた。過去に起きた魔骸事件の記録を精査し、これから起きる事態に備え対抗策を練りつづけた。
最後に時計を見たときは、たしか夜中の三時を回っていた気がする。
そのせいで身体が重たい。寝ぼけ眼を擦りつつ、揺子は目を開いた。
瞬間――
「おはようございます」
視界に映った智代の顔に、意識が数秒ほど空になる。
「……は?」
「えへへ、来ちゃいました」
「え、いや、なに……は?」
「揺子先生のお家ってマンションなんですね。部屋も広いし、羨ま――」
「なんでいるの!?」
掛け布団を跳ね飛ばし、上体を起こした。
「ていうか、どっから入って……」
「玄関です。メムシュの魔法で開けました!」
「シュ!」
「シュじゃないわよ!?」
智代の膝にいたメムシュが「シュ~!」と怯えて逃げる。それを智代が「許してあげてください!」と両手を広げて庇った。
頭を抱えざるを得ない。寝起きの脳には刺激が強すぎる。
「智代ちゃん。これはダメな事なのよ?」
「はい。でも私は先生の生徒で……」
「関係の話じゃない!」
ぴしっと指を突きつけるが、智代はキョトンとするだけ。昨日のビームと言い、悪気がないというのは、どうしてこうも厄介なのか。
「ちなみになんだけど、マンションの場所はどうやって?」
「六花先生に聞きました。電話で」
「あいつ……ッ!」
後で締める。
「あ、良かったらどうぞ」
「コーヒー?」
智代がカップを差し出してきた。黒い液体が小さく波打つ。
「勝手に淹れてごめんなさい。けど、飲んでほしくて」
「そこは謝れるのね。まぁ、ありがと……」
口を付けて飲んだ。直後、
「ブフォォォ――ッ!?」
あまりのしょっぱさに吹き出す。
「何よこれぇ!?」
「美味しくなかったですか?」
「そうじゃなくて、何入れたの!?」
「お塩です」
「なんで!?」
「メムシュが入れました」
「目ぇ覚めたっシュ?」
「あんたも飲むっシュ!?」
「イヤっシュ!」
はあ、と大きくため息をつく。朝から全力疾走した気分だ。
「まったく……」
ひとまず、揺子はベッドから降りた。
「こんな朝早く来るとか、非常識にも程があるでしょ」
「ごめんなさい。でも、揺子先生……まだ灰色だから」
しゅんと肩を落とす智代に、揺子は言葉を失う。
「心配なんです。今までの灰色は、私の魔法でちゃんと消えました。けど先生は、いくら魔法を使ってもそのままで……」
「そういうこと」
得心がいった。やはり智代は、未だに揺子の灰色とやらを気にしているらしい。
気にして、どうにかしたいと思い、ついには揺子の部屋にまでやってきた。
本当に優しい子だ。とはいえ、まずは常識を学ばせるべきだろう。
「気持ちは嬉しいけど、その感覚はあなただけのもの。私にはわからない。わからないから、智代ちゃんの行動も理解できない」
「そうなんですか?」
「うん。例え話をしましょうか。智代ちゃんに幽霊は見える?」
「見えません」
「そうよね。でも、もし見えるって言う人がいて、『あなたには悪霊がついています』って家にまで来る。その人、どう思う?」
「怖いです」
「でしょ?」
智代が怯えた目で見てくる。純粋無垢な反応が微笑ましい。
「同じことをしているのよ、智代ちゃんも。だから、次から私の部屋に来るときは連絡。あと勝手に鍵開けない。わかった?」
「わかりました……」
しょんぼりする智代。やはり聞き分けの良い子だ。
「なら安心した。さすが私の生徒」
「ふぁ……」
頭を撫でられ、智代が気持ちよさそうに頬を赤らめる。
次いで嬉しそうな笑顔。なんだか楽しくなってきた。
「さて」
揺子はスマホの時刻を見た。午前八時過ぎ。
「そろそろ出なきゃ。着替えてくるから、待ってて」
「はい。待ってます」
「朝ご飯は食べた?」
「まだです」
「じゃあ寄って行きましょう。美味しいパン屋さんがあるの」
「パン屋さん! シナモンロールありますか?」
「あるわよ。好きなの?」
「大好きです!」
「買ってあげる」
背後で「やったぁ!」と嬉しそう声を聞きながら、揺子はクローゼットを開けた。
寝巻からいつものワイシャツとジーンズに着替える。我ながらバリエーションの乏しい私服だが、戦闘用に強化繊維と防護魔法で仕立てたので重宝している。
そのとき、背後で気になる声がした。
「メムシュ、どうしたの?」
「強い魔力を感じるっシュ」
ハッとして振り向くと、メムシュが部屋の隅にある、黒いシーツを被せた立方体を見上げていた。額の宝石を淡く光らせ、興味深そうに……。
まずい。揺子は慌てた。急ぎメムシュを捕まえようとする。
だが遅かった。揺子の制止も届かず、メムシュはシーツを引っ張った。
「ちょっと!?」
ハラリ、と床に落ちるベルベットのシーツ。
その下に現れたのは、ガラスのショーケース。
中に収められていたのは――精緻な刺繍が施された純白のケープだった。銀河を閉じ込めたような裏地が、朝の光を受け煌めいている。
智代の目が、大きく見開かれた。
「――『暁星王妃』?」
ショーケースへと吸い寄せられるように近づき、ガラス越しに声を上げる。
「クレイドルソフィアの――魔法のケープだぁ!?」
揺子は、何も言えなかった。




