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たまたま空いた日に当たったのか、30分で件のテイスティ&ドリームドーナッツに入ることができた。
「ラッキーだったね」
「はいー」
と返事をしつつも、アリスの目はショーケースにずらりと並んだドーナッツに釘付けである。つやつやのハニーディップ、ピンクが鮮やかなイチゴのコーティング、シナモンがまぶしてあるもの、チョコレート生地のもの、ホイップクリームがサンドしてあるもの。
わあい、天国だぁ。
え? 四角いのってなんだろ。
……どれにしよう。悩む。
「ぼくはシナモンにしよう」
オスカーが言った。……一個でいいんですか? わたし、2個頼みにくいじゃないですか。
アリスは思わず横目でじとりと見てしまった。
「あっ、バーネットさんは好きなだけ頼むといいよ。きみの食べっぷりは見ていて気持ちがいいからね」
フードファイターみたいな言い方はやめてほしい。
けっきょく誘惑には勝てず、2個頼んでしまった。ハニーディップと気になった四角いヤツ。ほんとはイチゴのも食べたかった。いや、食べれる。確実に。さすがに遠慮した。
四角いのはマラサダという。粉砂糖がまぶしてあった。さくさくふわふわでドーナッツとは一味違う。
「おいしーい」
おいしいものを食べると、ついつい笑っちゃう。もうフードファイターでいいです。だっておいしいから。
「きみはほんとうに楽しそうに食べるね。きみを見ていると、いいかげん飽きているはずの食堂のランチプレートもおいしくなるよ」
「ほうれすか? 毎日おいしいれすよ」
はぐはぐとドーナッツをほおばりながらアリスは言った。
……おや? 向かいに座ったオスカーは、ドーナッツが好きだと言ったわりにイマイチ進んでないな? お気に召しませんでしたかね。自分から誘ったのにな。
ちょっと気になったけれども、アリスは自分のドーナッツに専念することにした。
「バーネットさんは本読みますか?」
唐突にオスカーが聞いてきた。
「はい、読みますよ」
「『ノコギリマン』は読みました? ぼく、最近あれにはまってるんですよ」
「ああ、面白いですよね」
巷で人気のヤツだ。不可抗力でのこぎり型の悪魔と一体化してしまった主人公が、食パンやカレーパンと一緒にばい菌をやっつける愛と勇気と友情の物語。
……あんまりロマンチックじゃないな? まあ、デートじゃないし。
それから、ノコギリマンの話で盛り上がって、ドーナッツを食べ終わったところで解散となった。
長居できる雰囲気ではなかった。「食べ終わったら、さっさと出て行ってね」的な笑顔で、スタッフのお姉さんが見張って(?)いたし。
アリスたちが来た時より行列は伸びていて、店の入り口には「一時間半待ち」の張り紙がしてあった。
よかった。ラッキーだった。
「狙われているんじゃなーい?」
ひさしぶりに食堂で会ったシンシアに、昨今のオスカーがらみの出来事を聞かせると、彼女はにやりと笑ったのだ。
「えー? まさかー」
アリスだって、もしかしたらそうかな、と思わなくもなかった。
でもなー。アライグマだしなー。取り立ててカッコよくもない。かといって、避けたいほどブサイクでもない。
「だって、わざわざ声かけて来るんでしょ。だったらそうよ。よかったじゃない、婚活開始早々に見つかって」
たしかに宮仕えだから将来は保証されているけれども。
食堂には宮廷勤務の近衛騎士もいる。
騎士の中でもえりすぐりのエリートである。見た目だってカッコいい。彼らがやって来ると女子がざわめく。
アリスもあこがれの眼差しを向けていたのだが、ダニエルの一件以来急に冷めた。彼らも自覚しているのだ。一挙手一投足に自信がみなぎっている。
それが鼻につく。
なによ、ちょっとカッコいいからって、いい気になって。
ほとんど言いがかり。
西の果ての騎士とは違って、中央の騎士ならば騎士道を貫いているはず。なのに、どうも信用できない。
それに比べたらオスカーはまちがってもそんなことはないだろう。自信がみなぎってもいないし、女子にきゃあきゃあ言われることもない。
安心かもしれない。まじめそうだし。浮気なんかと縁がなさそう。
何気にオスカーに対して失礼である。
「アリかもしれないわね」
アリスがつぶやいた。
「そうよそうよ。とりあえず付き合ってみればいいじゃない。ダメなら別れればいいんだし」
わたしの扱い、雑じゃないか?
「まあ、いいか」
そうつぶやいたら、シンシアが「?」な顔をした。
「そうね、騎士はもうこりごりだわ」
二度とかかわりたくない。そう思っている。
それから3日後に、今度は食事に誘われた。ランチじゃない。ディナーだ。
「この前のドーナッツのお礼だよ。おいしいお店を知っているんだ。ぜひきみと行きたいと思って」
この前のドーナッツでだいぶ打ち解けて、敬語が外れた。
「え、お礼ならごちそうしてもらったわよ?」
「それはそれ。これはこれだよ」
こうやってデートを重ねて「つきあってください」とコクられるのか。大人とはそういうものか。うん、わかった。
「はい、じゃあおねがいします」
オスカーは「予約しておくよ」とにこやかに去っていった。
よく見れば、カッコよく見えなくもない。
わたし、迷走してないだろうか?
自問自答。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
頭の中でシンシアが笑っていた。
オスカーが連れて行ったお店はたしかにおいしいお店だった。
「おいしいお店を知っているんだよ」とオスカーは言ったが、ここはわたしも知っている。というか、王都に住んでいる人ならだれでも知っている有名店だ。安くておいしくて量が多い有名店。家族連れに大人気。食べ盛りの少年たちにも大人気。
いや、いいんですよ。
アリスは勝手に隠れ家的な名店を想像していたのだ。いや、あんな言い方をしたらみんなそう思うだろう? 思うよね?
アリスは馴染みのある料理を、遠慮なくたらふく食べた。
そしてその次が観劇のお誘いだった。
「ノコギリマンがミュージカルになるんだよ!」
マジで!? あれをどうやって!? ノコギリや食パンやカレーパンが飛んだり跳ねたりするんだけど。
「劇団オウゴンオニクワガタがやるんだ。すごいだろう?」
えー。
オスカーのテンションとは真逆に、アリスのテンションはダダ下がる。劇団オウゴンオニクワガタと言ったら、カーラの劇団である。
えー、ここへきてまさかのカーラ。忘れてたわ。
行きたくないな。カーラがいなければ喜んで行きますけれど。カーラはなにをやるのかな。食パン? カレーパン?
「はい、チケット」
オスカーが差し出した。もう、取ってあったのか。気が早いな。
……はあー、行くか。しかたない。




