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昼時の宮廷の食堂は大賑わいである。12時になると宮廷で働く役人と使用人が一斉にやって来るのだから、相当な混雑だ。
それでも仕事の具合を見つつ、交代で昼休憩を取ってはいるのだが、いかんせん人数が多い。
セルフカウンターで受け取ったランチプレートAかBを持って、ずらっと並んだ長テーブルの中から空いている席を探して座る。もちろん知らない人の隣なんてあたりまえ。
偉い人はここには来ない。別にビップルームがあるらしい。それがどこにあるのかアリスは知らない。たぶん一生知らないと思う。
……もしかしたら、なにかのはずみで知ることがあるかもしれない。だとしても入ることはないな。
今日はランチプレートA。ポークジンジャーソテーに付け合わせのレタスとブロッコリーとトマトのサラダ、オニオンスープ。追加でデザートのコーヒーゼリー、ホイップクリームのせ。
Bの白煮魚のフライと迷った。ちょっと揚げ物にも惹かれたのだが、やっぱり肉! 婚活には体力がいる。たぶん。だからスタミナをつけないと!
柔らかジューシーなポークを噛みしめていた時だった。
「ここよろしいですか」
ふいに頭の上から声がした。慌てて柔らかジューシーなポークを呑み込んで、顔を上げた。
知らない男がトレーを持って立っていた。アリスの隣が空いていた。そういえば、さっき隣の人は食べ終えて帰っていったな。
「どうぞ」
知らない男の人がとなりなんて嫌だ。なんて思春期の小娘みたいなことは言わない。なんと言ってもここは激混みの宮廷食堂なんだから。
「ありがとう」と言って、彼はすわった。ちらりと見たらフライだった。おいしそう、とくにタルタルソースが。
「あー、やっぱりポークジンジャーにすればよかったかな」
隣に座った彼が言った。役人かな? まだ若い。20代前半? アリスと同じ下っ端役人かもしれない。いや、侍従の方かな?
こげ茶色の髪に茶色の瞳。くりっとした目がちょっとタレ目。丸顔でややぽっちゃり。
なにかに似ている。……。あっ、あれだ。アライグマだ。白身魚のフライ食べるんだ。生のトウモロコシじゃないんだ。思いついたらおかしくてたまらない。笑いをこらえると、頬がひくひくと引き攣る。
いけない! 視線をポークジンジャーに戻してぱくりと口に入れた。もぐもぐもぐ。うん、これでごまかせる。
「毎日迷いますよね。AかBか」
「ほうでふね(そうですね)」
口に物を入れたまましゃべるのと、顔を見てニヤニヤするのとどっちが失礼かな? アリスはちょっと考えた。ニヤニヤする方がぜったい怒られる。
それきり自分の食事に専念して、先に食べ終わったアリスは、アライグマに軽く会釈をして席を立った。
そして翌日。
「ここ空いてますか?」
聞かれたので、アリスは顔も上げずに「どうぞ」と答えた。きょうのAはミートボールのトマト煮込みだ。アリスの大好物。ミートボールもハンバーグも大好き。トマト味のものも大好き。大好き×2。大大好き。アリスの視線はミートボールに釘付けだ。
「あれ? またお会いしましたね」
そう言われてミートボールから視線を外した。アライグマだった。
え? また?
「あっ、今日は同じですね」
今日は彼もミートボールだ。
「ぼく、ミートボールとかハンバーグとか大好きなんですよ」
「そうなんですか? わたしも好きですよ」
そう言ったらアライグマはうれしそうににっこりと笑った。目が垂れてますますアライグマ化した。アライグマはミートボールをぱくっと一口口に入れると、また笑った。
「うまいーー。ぼくトマトソースも大好物なんですよ」
「へえ、そうなんですねー」
運命的だ。なんて思わないよ。男に関してはだいぶ懐疑的になっているアリスである。
偶然。偶然ですよ、こんなの。ハンバーグなんてみんな大好きだもの。トマトソースだって好きな人が多いもの。言ってみれば好きか嫌いの両極端だよね。
アリスはもくもくと食べ進める。
「えーと、文官の方ですか?」
アライグマが聞いてきた。
「……ええ、そうです」
ミートボールに集中していたアリスは、一拍置いて答えた。
「そうなんですね。ぼくもです」
まあね。ここにいるのは役人か使用人のどっちかだからね。
「ぼくは運輸局のオスカー・ベイリーといいます」
あれ、名乗られちゃった。アライグマことオスカーは教えてほしそうにアリスを見ている。
➧ 教える。
➧ 無視する。
でもなー、無視はないよな。もしかしたら仕事でかかわるかもしれないし。
「法務局のアリス・バーネットです」
「ああ、法務局の方でしたか。ジョン・スミスっているでしょう? あの陽キャなヤツ。同期なんですよ」
いやいや。法務局全員、把握してないです。しかもそんな記入例みたいな名前。
「へえー、そうでしたか。あの方陽キャですもんね」
雑な答え(笑)。
みたいなことが何度かあって。
「狙われているんじゃなーい?」
久しぶりに会ったシンシアはにやりとした。
「まさかー」
アリスはまったくそんなふうには考えていなかったのだ。
「ぜったいそうよ。わざわざアリスを探してきてるんだって」
「えー、そうかなあ?」
婚活をする。と宣言した割にアリスはあまり積極的じゃあなかった。裏切りのダメージとは、結構深い。また裏切られたら、と思うとなかなか一歩が踏み出せないでいた。
「ちょうどいい機会じゃないの。乗ってみなさいよ。ダメだったらそれまでよ」
「うーん」
「まあまあ、そう深く考えずに」
他人事だと思って。
「どんな人よ?」
他人事だと思って、野次馬根性丸出しだ。
「えー、ふつうの人」
「なによー、ふつうって。カッコいいとか悪いとか、あるじゃないの」
「……カッコよくはないかな。ふつう」
「もうっ!」
ばしんと背中を叩かれた。
「いつまでも引きずっているんじゃないわよ。すっきりきっぱり斬り捨てて、次に行きましょう!」
それは、よくわかっている。
シンシアがそう言ったせいなのか。
「バーネットさん。ドーナッツ好きですか」
またもや隣に座ったオスカーはそう聞いてきた。
「ドーナッツですか? ええ、好きですよ」
甘いものは大好き。たいていの女子は好きだよね。
「ぼくも好きなんですよ」
「へえ、そうなんですか」
やっぱりアリスは一歩引いてしまう。
「テイスティ&ドリームドーナッツって知ってます?」
「ああ、すごく人気のところですよね。1時間待ちとかいう」
「そうそう。一緒に行きませんか」
……そう来たか。
「男一人じゃ入りにくいんですよ。バーネットさんがいっしょに行ってくれたらぼくでも入れるんですよ」
たしかに食べてみたい。が、一時間ならぶ意欲がなくて見送っていたのだ。あれ以来すべてに消極的なのである。どうしようかな。
『行きなさいよ、ほらほら』
頭の中でシンシアがけしかける。
『行くだけ行ってみても損はないわよ。どうせ奢りなんだから』
……奢り? 奢りなのか?
「助けると思って。もちろんごちそうしますよ」
オスカーが拝むように両手を合わせた。
「はい、ぜひ!」
アリスは、胡散臭いほど満面の笑みで答えた。




