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宮廷女官の婚活事情  作者: 吉田ルネ
file2 オスカー・ベイリー(運輸局事務官)

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2-1




 昼時の宮廷の食堂は大賑わいである。12時になると宮廷で働く役人と使用人が一斉にやって来るのだから、相当な混雑だ。

 それでも仕事の具合を見つつ、交代で昼休憩を取ってはいるのだが、いかんせん人数が多い。


 セルフカウンターで受け取ったランチプレートAかBを持って、ずらっと並んだ長テーブルの中から空いている席を探して座る。もちろん知らない人の隣なんてあたりまえ。

 偉い人はここには来ない。別にビップルームがあるらしい。それがどこにあるのかアリスは知らない。たぶん一生知らないと思う。

 ……もしかしたら、なにかのはずみで知ることがあるかもしれない。だとしても入ることはないな。


 今日はランチプレートA。ポークジンジャーソテーに付け合わせのレタスとブロッコリーとトマトのサラダ、オニオンスープ。追加でデザートのコーヒーゼリー、ホイップクリームのせ。

 Bの白煮魚のフライと迷った。ちょっと揚げ物にも惹かれたのだが、やっぱり肉! 婚活には体力がいる。たぶん。だからスタミナをつけないと!

 柔らかジューシーなポークを噛みしめていた時だった。


「ここよろしいですか」

 ふいに頭の上から声がした。慌てて柔らかジューシーなポークを呑み込んで、顔を上げた。

 知らない男がトレーを持って立っていた。アリスの隣が空いていた。そういえば、さっき隣の人は食べ終えて帰っていったな。

「どうぞ」

 知らない男の人がとなりなんて嫌だ。なんて思春期の小娘みたいなことは言わない。なんと言ってもここは激混みの宮廷食堂なんだから。


「ありがとう」と言って、彼はすわった。ちらりと見たらフライだった。おいしそう、とくにタルタルソースが。

「あー、やっぱりポークジンジャーにすればよかったかな」

 隣に座った彼が言った。役人かな? まだ若い。20代前半? アリスと同じ下っ端役人かもしれない。いや、侍従の方かな?

 こげ茶色の髪に茶色の瞳。くりっとした目がちょっとタレ目。丸顔でややぽっちゃり。

 なにかに似ている。……。あっ、あれだ。アライグマだ。白身魚のフライ食べるんだ。生のトウモロコシじゃないんだ。思いついたらおかしくてたまらない。笑いをこらえると、頬がひくひくと引き攣る。


 いけない! 視線をポークジンジャーに戻してぱくりと口に入れた。もぐもぐもぐ。うん、これでごまかせる。

「毎日迷いますよね。AかBか」

「ほうでふね(そうですね)」

 口に物を入れたまましゃべるのと、顔を見てニヤニヤするのとどっちが失礼かな? アリスはちょっと考えた。ニヤニヤする方がぜったい怒られる。


 それきり自分の食事に専念して、先に食べ終わったアリスは、アライグマに軽く会釈をして席を立った。


 そして翌日。

「ここ空いてますか?」

 聞かれたので、アリスは顔も上げずに「どうぞ」と答えた。きょうのAはミートボールのトマト煮込みだ。アリスの大好物。ミートボールもハンバーグも大好き。トマト味のものも大好き。大好き×2。大大好き。アリスの視線はミートボールに釘付けだ。


「あれ? またお会いしましたね」

 そう言われてミートボールから視線を外した。アライグマだった。

 え? また?

「あっ、今日は同じですね」

 今日は彼もミートボールだ。

「ぼく、ミートボールとかハンバーグとか大好きなんですよ」

「そうなんですか? わたしも好きですよ」

 そう言ったらアライグマはうれしそうににっこりと笑った。目が垂れてますますアライグマ化した。アライグマはミートボールをぱくっと一口口に入れると、また笑った。

「うまいーー。ぼくトマトソースも大好物なんですよ」

「へえ、そうなんですねー」


 運命的だ。なんて思わないよ。男に関してはだいぶ懐疑的になっているアリスである。

 偶然。偶然ですよ、こんなの。ハンバーグなんてみんな大好きだもの。トマトソースだって好きな人が多いもの。言ってみれば好きか嫌いの両極端だよね。

 アリスはもくもくと食べ進める。


「えーと、文官の方ですか?」

 アライグマが聞いてきた。

「……ええ、そうです」

 ミートボールに集中していたアリスは、一拍置いて答えた。

「そうなんですね。ぼくもです」

 まあね。ここにいるのは役人か使用人のどっちかだからね。

「ぼくは運輸局のオスカー・ベイリーといいます」

 あれ、名乗られちゃった。アライグマことオスカーは教えてほしそうにアリスを見ている。

 ➧ 教える。

 ➧ 無視する。

 でもなー、無視はないよな。もしかしたら仕事でかかわるかもしれないし。


「法務局のアリス・バーネットです」

「ああ、法務局の方でしたか。ジョン・スミスっているでしょう? あの陽キャなヤツ。同期なんですよ」

 いやいや。法務局全員、把握してないです。しかもそんな記入例みたいな名前。

「へえー、そうでしたか。あの方陽キャですもんね」

 雑な答え(笑)。


 みたいなことが何度かあって。

「狙われているんじゃなーい?」

 久しぶりに会ったシンシアはにやりとした。

「まさかー」

 アリスはまったくそんなふうには考えていなかったのだ。

「ぜったいそうよ。わざわざアリスを探してきてるんだって」

「えー、そうかなあ?」

 婚活をする。と宣言した割にアリスはあまり積極的じゃあなかった。裏切りのダメージとは、結構深い。また裏切られたら、と思うとなかなか一歩が踏み出せないでいた。


「ちょうどいい機会じゃないの。乗ってみなさいよ。ダメだったらそれまでよ」

「うーん」

「まあまあ、そう深く考えずに」

 他人事だと思って。

「どんな人よ?」

 他人事だと思って、野次馬根性丸出しだ。

「えー、ふつうの人」

「なによー、ふつうって。カッコいいとか悪いとか、あるじゃないの」

「……カッコよくはないかな。ふつう」

「もうっ!」

 ばしんと背中を叩かれた。

「いつまでも引きずっているんじゃないわよ。すっきりきっぱり斬り捨てて、次に行きましょう!」


 それは、よくわかっている。


 シンシアがそう言ったせいなのか。

「バーネットさん。ドーナッツ好きですか」

 またもや隣に座ったオスカーはそう聞いてきた。

「ドーナッツですか? ええ、好きですよ」

 甘いものは大好き。たいていの女子は好きだよね。

「ぼくも好きなんですよ」

「へえ、そうなんですか」

 やっぱりアリスは一歩引いてしまう。


「テイスティ&ドリームドーナッツって知ってます?」

「ああ、すごく人気のところですよね。1時間待ちとかいう」

「そうそう。一緒に行きませんか」

 ……そう来たか。

「男一人じゃ入りにくいんですよ。バーネットさんがいっしょに行ってくれたらぼくでも入れるんですよ」

 たしかに食べてみたい。が、一時間ならぶ意欲がなくて見送っていたのだ。あれ以来すべてに消極的なのである。どうしようかな。


『行きなさいよ、ほらほら』

 頭の中でシンシアがけしかける。

『行くだけ行ってみても損はないわよ。どうせ奢りなんだから』

 ……奢り? 奢りなのか?


「助けると思って。もちろんごちそうしますよ」

 オスカーが拝むように両手を合わせた。

「はい、ぜひ!」

 アリスは、胡散臭いほど満面の笑みで答えた。


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