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帰りの列車の中。
しくしくしく。
アリスは静かに泣いていた。帰途について気が抜けてしまったら、とたんに気弱になってしまった。
「アリスー」
シンシアが背中をさする。
「ごめんね。なんか悔しいのよ。バカにしてるわ」
アリスはめそめそと訴えた。
「そうね。ムカつくわね。ダニエルなんかよりもっといい男を見つけましょうよ」
うんうん、とアリスはうなづく。
「もっとカッコよくて誠実な人がいるわよ。帰ったら探しましょう」
「そうね。帰ったら婚活するわ」
とはいえ、シンシアにはカレシがいる。遠からず結婚するんだろう。もう1人の仲良しだったジュリアは卒業と同時に結婚して、今は婚家の領地住まいだ。ちなみに結婚相手はチームチャラ男の1人だったマイケルだ。いつのまにそうなったのか、アリスはぜんぜん気づかなかった。
あちらは浮気もせず、順調な結婚生活を送っている。もうじき待望の子どもが産まれる。
おなじチームチャラ男だったのに、なんてちがいだ。なんてみじめなわたし。アリスは自分が情けない。
「気落ちするなよ。いいヤツがいたら紹介するぜ」
ザカリーが言った。
「騎士はもういい」
アリスがそう言ったので、ザカリーもシンシアも苦笑いした。
「ぜったいに見返してやるんだからぁー」
泣きながらもアリスは高らかに宣言したのだった。
翌日、どんよりと重たい頭を抱えて、アリスは出勤した。ほんとは休みたかった。丸一日列車に揺られ、騒動がふたつも起きてごっそりと気力を削られ、また丸一日列車に揺られて帰ってきたのだ。
体は痛い、頭も痛い、心も痛いの3拍子で気分はどん底。まともに仕事ができる気がしない。
でも、「西部に行ってくる」と言ってしまったから、みんな旅行だと思っている。「疲れたから休む」なんて言えるわけがない。
それにここで休んだら、ダニエルと口臭さ男に負けた気がする。それはいけない。負けるものか。
そんな気持ちで体と心にムチ打ち、脚を引きずるようにやって来たのだ。
「おはようございます」
アリスは、勤務先の法務局人権保護課の一番奥にある「コンプライアンス対策室」の扉を開けた。この扉、少々立て付けが悪い。開け閉めするたび、ぎいっと鳴る。
「やあ、おはよう。なんかたいへんだったようだね」
この落ち着いた声はハワード室長である。はあ、今日もいい声。癒される。
っていうか、もう知っているのか。情報早いな。
「あれ、もうお聞きですか」
「うん、コンプラ案件だからね」
そうか、だからか。
「そりゃあもう、ひどい目にあいましたよ。ダブルパンチですよ。帰りの列車では死んでましたよ」
「そうかそうか、お気の毒だったね。じゃあ、お疲れのバーネットさんには、がんばったご褒美をあげよう。はい、手を出して」
アリスが出した手の上に、キレイに包まれた小さな箱がぽんっと乗せられた。
「あっ、これはアンナマリーではないですか!」
全女子憧れの箱だ。今王都で一番人気のパティスリーである。毎日長蛇の列で、入店までに一時間とも言われる超人気店。
「はは、ちょっと伝手があってね。開けてごらんよ」
ハワード室長はさもない風に笑った。すごいな、さすが室長。アリスは包装紙が破けないように、慎重に慎重にはがしていく。出てきたのはこげ茶色の箱。ふたには金の箔押しで「アンナマリー」の繊細な文字。
すごい。箱までおしゃれ。そーっとふたを開ける。
「わあ! マカロンだ!」
つるりとしたまあるいマカロンが4つ。緑とピンクとオレンジと茶色。
ピスタチオとイチゴ、オレンジとチョコだな。アリスは瞬時に分析した。
「これ、全部いただいてよろしいので?」
アリスは上目遣いにハワード室長を見上げた。返せと言っても返しませんよ?
「もちろん。それを食べて今週もがんばろうね」
「わたしのために、わざわざ?」
「ついでだよ。ついで」
そっか、ついでか。それでもアリスはありがたくマカロンを押しいただいた。
「はいー! ありがとうございます! がんばりますぅ!」
ハワード室長が、にっこりとうなづいた。
もういいや。西部のことは忘れよう。
アリスの気持ちがちょっと浮上した。
もちろん報告はちゃんとした。西部支部のモラルの悪さについては他からも指摘があって、調査が入った。その結果、西部騎士団長は更迭。新団長には厳しいので有名な中央の指揮官が就いて、てこ入れされることになった。
そのほか、大幅な人事異動も行われた。
騒ぎを起こしたダニエルとブラウンは西の果てのさらに果てに異動になった。理由は「騎士の品格を著しく傷つけた」。もう王都には帰ってこれないかもしれない。
ざまあ。
ミアは貴族の婚約を壊した略奪女として有名になっているらしい。女性たちからは露骨に嫌悪されているとか。
まあ、たいへん。女の敵はいつだって女なのだよ。
「さて、今日もがんばりましょうかね」
アリスは気合を入れるゆに、ぐっと伸びをした。
宮廷女官アリスの婚活が始まった。




