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明けて翌朝。3人は西部騎士団へとやって来た。
「ロクなことがないわね、西の果て」
アリスはすっかり西部が嫌いになってしまった。シンシアもそうである。ザカリーだけは「おれはここに赴任するかもしれないし」と言った。かわいそうに。
でも絡まれたのはアリスだし、正拳突きをかましたものアリスだし、ザカリーは直接手を出したわけじゃないから、セーフじゃないだろうか。
昨日の件でアリスはすっかり吹っ切れた。くだらない。しょうもない。これ以上は時間の無駄だ。ダニエルのことはきれいさっぱり見限った。口臭さ男のおかげだ。ちょっとだけ感謝してやる。
支部の受付に行くと応接室に通された。大きなソファに3人並んで腰かけていると、やがてダニエルが入ってきた。すっかり憔悴しきって、クマがくっきり。
「あらまあ、ミアさんと盛り上がったのかしら」
アリスがつんけんする。
「そんなわけないだろう。それよりせっかく来たんだから、いっしょに食事でもしようと思ったのに」
ダニエルはバカになったんだろうか。そんなことできるわけないのに。
「あら、ミアさんといっしょに?」
アリスの毒が止まらない。
「アリスー、そんなこと言うなよー」
ダニエルのこんな情けない声は聞きたくなかった。
「それで、今日はミアさんは一緒じゃないの?」
「そんなわけないだろう。あいつがいたら、まともに話もできない」
ひどい言い草だ。自業自得なのに。
しばらくするとウィリアムズがやって来た。アリスたちの正面に腰を下ろす。ダニエルは立ったままだ。うん、そこに立っていればいい。すわるなんて生意気だ。
「さて、みんな落ち着いただろうか」
ウィリアムズが口火を切った。
「ア、ア、アリス。まずは話を聞いてくれ。あれはちがうんだよ」
「なにがちがうんですか」
「いっしょにご飯を食べに行くだけだったんだ」
「あら、そうなの。彼女は恋人って言ってましたが」
「彼女の勘違いだ。それはあやまる」
「へえー」
そこでアリスはウィリアムズを見た。どうやら西部支部ではミアとダニエルは恋人同士という認識のようだったから。
ウィリアムズは「こほん」と咳払いをした。
「モーガン。おまえとミア嬢が恋人であるというのは、みんなが認めていることだ。おまえだってそう言っていただろう」
言ってたんだ。
「まさか、王都に婚約者がいるなんて誰も思っていなかったぞ」
「は、はあ……」
ダニエルの旗色が悪い。ごまかすからだ。がっかりだな。
「もう、うそはいいですよ。性根はそうそう変わらないって、よーくわかりましたから。しょせんチャラ男。あなたとは結婚しません」
アリスはきっぱりと言った。
「待ってくれよ、アリス。ミアのことはあやまる。ここにいる間だけの付き合いのつもりだったんだ。もう別れるから。だから、な?」
なにが「な?」だ。ふざけんな。
「いやですよ。いま許したって、またやるに決まっているんだから。ごめん被ります。あと婚約不履行で慰謝料を請求しますね。口約束でも婚約は成立するって先輩に聞きましたから」
「え? 慰謝料?」
「当然でしょう。あなたの浮気が原因なんだから。ミアさんにも請求しますね。知ってて恋人になったんだから。異議があるなら弁護士さんにお願いするんですね」
「アリスぅー」
泣きマネなんかしても許してやらん!
「それからウィリアムズさん」
アリスはウィリアムズに向き合った。
「西部支部はずいぶん規律が乱れているようですね」
「は?」
急に風向きが変わったので、ウィリアムズは目を白黒させた。
「ゆうべ食事をしていたら、酔っぱらったここの騎士に絡まれたんです。それもしつこく。腕もつかまれました。なんならこれから病院に行って診断書を書いてもらいますが」
「いやいやいや! どこの誰ですか。呼んできましょう」
「鼻を怪我しているやつですよ。あのお店の常連らしいです。お仲間が3人ほどいましたが」
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って」
ウィリアムズはあわてて部下を呼ぶと、当該騎士を連れてくるように命令した。
まもなくきのう見た騎士たちが3人ぞろぞろとやって来た。ひどくばつの悪そうな顔をしている。が、アレはいない。
「おや、口臭さ男はどうしたんですか?」
アリスの辛辣さが増している。
「く、口臭さ男?」
「そう、主犯ですよ」
「しゅ、主犯……」
「ブ、ブラウンは今日は休みです」
ほう、アレはブラウンというのか。
「休日か」
「いえ、ちょっと……怪我をしまして、休みを取りました」
そう言って3人はちらりとアリスを見た。
「なんですか。文句がありますか。あれは正当防衛ですよ」
アリスがキリッと言った。
「は、はいっ。もちろんです」
ウィリアムズは深くは聞いてこなかった。なにかを察したんだろう。
「正直に事情を話せば、処罰は検討する」
ウィリアムズがぴしゃりと言った。
「……処罰。いや、自分たちは止めようとしたんです。でもブラウンのヤツ、酒癖が悪くて、きのうも悪酔いしててぜんぜんいうことを聞かなくて、自分たちも困っていたんですよ。そちらのお嬢さんには大変申し訳ないことをしました」
3人はそう言ってアリスたちに頭を下げた。
でもなー。
「このまま放置したらまた別の被害者が出るんじゃありませんか」
「そこはきっちりとそれなりの処分をしますよ。約束します」
そうでしょうがね。
「ただですね、こうして見ると所内は乱雑ですし、ゴミも落ちています」
そう、アリスが気になったのは所内の汚さと、騎士たちの服装の乱れだった。
机の上に書類が置きっぱなし。飲みかけのカップも放置。新聞やなにかの紙袋も放置。床にもごみが散乱。タバコの吸い殻も散乱。モップがけはいつしたのか、砂でごそごそしているし。
騎士たちも首元のボタンは外しているし、姿勢もだらしない。髪もぼさぼさで、制服もよれっとしている。ブーツもいつ磨いたんだか。宮廷にいる者の靴は文官も騎士もツヤツヤピカピカだ。
それが当たり前だと思っていたから、びっくりした。
挙句に酔っぱらって怪我して休むとか。
「こんな状態で有事の際、安心して国防をお任せできるんでしょうか。甚だ不安です。王都に帰ったら諸々上司に報告しますね」
「え? 上司?」
ウィリアムズはじめ3人の騎士は、びくっと顔を上げた。
「はい、わたくし法務局に勤務しておりますので。コンプラ順守は担当ですから」
「は……、法務局?」
「自分も中央騎士団の上層部に報告しておきます」
ザカリーもピシッと敬礼した。
「じゃあ、わたしたちはこれで失礼しますね」
アリスたち3人は、そろって立ち上がった。部屋を出る間際にアリスは振り返った。情けない顔のダニエルと目が合った。アリスはすうっと息を吸い込んだ。
それから……。
「バーーーカ!」
腹の底から大きな声で言ってやった。
シンシアとザカリーがぶふっと笑った。
ダニエルが大きく目を見開いて、あんぐりと口開けている。イケメンが形無しだな(笑)。ちょっとだけすっきりした。
アリスたちは呆然とする面々を残して西部支部を後にした。
法律に関しては、架空世界の法律ですので、ゆるっと流してください。




