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だいじょうぶかなぁ。アリスはちょっとこわい。相手の女と鉢合わせしたらどうしよう。なんて言おう。そうなったとき、ダニエルはアリスの味方になってくれるんだろうか。
「なにしに来たんだ。帰れよ」
なんて言われないかな。シンシアとザカリーがいっしょだから、かばってくれるだろうけど。
でもなー。うじうじうじ。
「ほらっ! シャキッとする! わたしたちがついているんだから、大船に乗った気持ちで!」
シンシアが頼もしい。
「そうだぞ。安心しろ、おれたちがついてる。フェードアウトなんてダニエルに都合がいいだけで、アリスにはいいことなんて1個もないんだ。泣き寝入りなんかするなよ」
そうだ、このままなんて、癪に障る。はっきりさせなくては。この2人が付いてきてくれるのなら勇気100倍。
アリスはこくこくとうなずいた。
そうして迎えた1週間後。3人の休みがうまく重なった日、作戦決行だ。
突撃である。だって知らせたらうまいこと避けられるに決まっている。ダニエルをとっちめるのはもちろんだが、できるなら決定的証拠をつかみたい。
口約束の婚約でも破棄ってできるのか。法務に詳しい先輩職員に相談した。
受け取った手紙に結婚云々と書いてあれば、十分な証拠になる。加えてアリスの場合、学生時代から友人たちが周知していたから、相手の不貞を理由に婚約不履行を申し立てられる。
という答えだった。
そうか、よかった。
よくはないが。アリスの心はいろんな感情でぐしゃぐしゃだ。気合を入れていないと涙が出る。この1週間奥歯を噛みしめ、眉間にぎゅっと力を入れてがんばって仕事をした。おかげであごと目が痛い。
早朝に駅で待ち合わせをして、始発列車に乗り込んだ。西部の街に着くのは夜になってからだ。当然一泊になる。宿はザカリーが騎士団経由で取ってくれた。お財布にやさしいお手軽な宿だ。
昼のお弁当やおやつ、果物に魔法瓶にいれたお茶まで持ち込んで、形だけは旅行である。
なんか、むなしい。
到着したのは、日もとっぷりと暮れてから。さっそく西部騎士団の支部へと向かう。待ち伏せだ。
「ちょっとこわいなぁ」
アリスは怖気づく。へっぴり腰だ。
「わたしたちがついているから! だいじょうぶ!」
そういうシンシアがとても心強いが。
「そうだぞ。ここまで来たんだ。きっちりけじめをつけようぜ」
ザカリーも心強いが。
アリス自信が弱々なのだ。自信がない。2人に頼りっきりだ。どんな顔をしてダニエルに会えばいいんだろう。
不安しかない。
ちょうど交代時間で人の出入りが激しい。少し離れた物陰から出入り口をうかがうことしばらく。やがて、見覚えのある姿が支部の中から出てきた。たくさんの騎士たちの中でもひときわ背が高くて人目を引く姿。
ああ、こうして見てもカッコいいな。
こんなときでもアリスは見とれてしまう。
「来た来た」
ザカリーがひそっと言った。
「行きましょう」
シンシアがアリスの手を掴んだ。そのときだった。
「ダニエルー」
やたらと甘ったれた声がした。3人ははっとそっちに目を向けた。
「ごめんよ、ミア。待った?」
ダニエルが駆け寄った。そして、彼女の肩に手を回して抱き寄せた!!
ええー、マジで?
「あちゃー」
と言ったのはザカリー。シンシアの手の中でバッグの取っ手がめりっと言った。
「ううん、そんなに待ってない」
語尾にハートマークがついてそう。なによりもアリスがショックだったのは、抱き寄せるしぐさがとても慣れたものだったことだ。
いつもやっているんだな。そう思わせる仕草だった。
「うぐぅー」
わあーーっと叫びたいのを我慢したら、変な声が出た。涙も出た。
やっぱりかというあきらめと、間違いであってほしかったという望みが入り混じる。
シンシアが手を握ってくれた。
「アリス、だいじょうぶか。あいつを捕まえるぞ」
ザカリーが言った。アリスは泣きながらも「うん」とうなずいた。
「よし!」
ザカリーがこぶしを握って、一歩踏み出した。
「おい!」
久しぶりに会う友人にかける声にしては、トゲがありすぎる。
「楽しそうだな、ダニエル」
近づいたザカリーは腕を組んで仁王立ちだ。
「あっ、あれっ! ザカリー、なんで?」
「おう、てめえの様子を見にな! わざわざ来てやったぜ。なあアリス」
アリスとシンシアは手をつないだままザカリーとならんだ。
「えっ、ええー!? アリス、なんで」
さっきから「なんで」ばっかり言っているが、なんで来たのかと責めているんだろうか。浮気がバレるから?
ダニエルはパッとミアとやらから手を離したが、もうおそい。しっかりと見た、そして聞いた。
ぐすぐすぐす。泣くアリス。
「なんてかわいそうなアリス。せっかく婚約者に会いに来たのにねぇ。婚約者のダニエルは婚約者のアリスをほったらかして、浮気の真っ最中だなんて。ひどい話だわぁ」
シンシアがわざとらしく「婚約者」と連発する。
場所は西部騎士団の支部の前である。行き来する騎士団の関係者が「お? なんだなんだ。修羅場か?」とおもしろそうに立ち止る。
「な、なによ! ダニエルはわたしと付き合っているのよ! おじゃま虫は消えなさいよ!」
本命カノジョが来たのに、引かないミア。すごい。
「おいおい、婚約者のいる男にすり寄る節操のない女が、えらそうになに言ってるんだ?」
「だって別れるって言ったもん」
おい! やめろ。とダニエルがミアの口をふさいだ。それをミアは押しのける。
「遠くのカノジョより近くのカノジョって、だーくん言ったじゃない!?」
だーくん!? ダニエルのことそう呼んでいるの!? マジで?
「ちがうちがう! そんなこと言ってない!」
「言った!ぜったい言った!」
わー、出た。リアル水掛け論。アリスは冷めた目で眺めていた。
っていうか、知っていて付き合っていたのか。
……がっかりだ。
「いいかげんにしろよ、2人とも」
ザカリーがずいっと前に出た。ミアはダニエルの腕にしがみついて、てこでも離れない。
「ダニエル、おまえが今考えなくちゃいけないのは、その女じゃなくてアリスのことなんじゃないのか」
「あ、ああ。そう、そうだな。アリス、こいつは違うんだ。ちゃんと話そう」
ダニエルは、おろおろしている。
「なにが違うの? あなたは近くのカノジョを取ったんでしょ」
「だからこいつはただの遊びなんだって」
えー、サイテー。
方々からそんな声が上がった。アリスはどんどん冷めていく。
「えっ、ひどい! 旅行に行く約束だってしたのにっ」
ミアはダニエルの腕をぶんぶんと振り回した。
……旅行だ?
「もしかして今度の休暇の用事ってそれ?」
「ちがう!」
「そうよ!」
ダニエルとミアの声が重なった。
しくしくしく。ひどいー。しくしくと泣くアリスを、シンシアが慰める。
「王都に戻ったら結婚しようって言ったのにぃー。うわーん、ダニエルがウソついたー。うわーん。待ててくれって言ったのにぃー」
人だかりが大きくなっていく。
「う、うそよ! ダニエルはわたしと結婚するのよ! 約束したもん!」
ミアも訴える。
「おい! うそつくな! おまえと結婚の話なんかしていない!」
ダニエルは必死だ。
「ひどいー!」
とうとうミアはヒステリックに叫んだ。
もう、なにが本当でなにがうそなのか、わからない。
え、婚約者がいるのにミアと付き合っていたのか?
ミアと結婚するんだと思っていたよ。
二股か? やべぇだろ。
「おい、ダニエル! はっきりしろよ!」
ザカリーの追い打ち。
「そうよ! ちゃんと浮気を認めて謝りなさいよ!」
シンシアの追い打ち。
ダニエルに逃げ道はあるのか。




