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学園を卒業して、アリス・バーネットは法務局へ就職した。貴族は貴族でも下っ端の男爵家の娘である。上級貴族ならば良縁もあろうが、それほどの資産もない末端貴族ともなればそれも望めない。
アリスがとてつもない美貌の持ち主であれば、それもあったかもしれないが、あいにくアリスはいたって平々凡々な娘であると思っている。(ちなみに本人は知らないが、おとなしめでまじめで清楚でかわいいお嬢さんと認められているアリスは、学園ではお嫁さんにしたい女子No.1だった)
兄というりっぱな跡継ぎがいるから、アリスは比較的自由に将来を選択できた。
さいわい成績もよかったので、学園からの推薦もあり、宮廷文官の採用試験に無事に合格できたのだ。配属先は法務局。これまたさいわいなことに、コンプライアンス順守の最前線だから、セクハラやパワハラとは無縁である。
とはいっても女官はまだまだ少ない。アリスの部署ではアリス1人。お局さまもいないので、いじめの被害にもあっていない。いまのところ快適に仕事をしている。
仕事は順調だが、ひとつ順調でないものがある。
それは恋人のダニエル。騎士を志望した彼も無事に騎士団に入ることができた。が、配属先は西部騎士団。王都からはるかに離れた王国の西の果てである。列車でも丸1日かかる。
任期は3年。
「最初から遠距離恋愛なのー?」
不安を口にしたアリスに
「帰ったら結婚しよう」
ダニエルはそう言った。
「手紙を書くよ」
「うん、わたしも書くね」
「寂しいけれど、おれ昇級できるようにがんばるよ」
「うん、待っているから」
そうして涙ながらにダニエルを見送った。だからアリスは働きながら、ダニエルが王都へ戻って来るのを待とうと思ったのに。
はじめはこまめに手紙が来た。アリスもこまめに手紙を出した。週に1度のペースで王都と西部を行ったり来たり。年に2回の長期休暇にはかならず帰って来て、デートを重ねた。
それがそろそろ1年になろうかというあたりから、間隔が空くようになってきた。ダニエルから届く手紙は週に1度から2週間に1度、3週間に1度と減っていく。この前来たのはもうひと月以上前だ。
この前の休暇には、用事があるから帰れないと一言だけの手紙が来た。こうなったら手紙というよりメッセージカードだ。
「おかしいわよね」
アリスは学園時代の親しい友人シンシアに相談した。シンシアは卒業してから宮廷侍女になっている。同じ宮廷勤めだから、連絡さえ取れば休憩時間に会うことができる。
宮廷の勤め人は2つに分けられる。行政側で働く役人と、王族のプライベート側で働く使用人たちである。
アリスは役人、シンシアは使用人。職場のエリアは違えど、宮廷内にはちがいない。
「……おかしいわね。チャラ男復活してる?」
話を聞いたシンシアは言った。
「わたしもそう思うのよ」
アリスは答えた。
「次の休暇も帰って来ないっていうの。用事があるんだって」
「そうなの!? 帰ってこれない用事ってなによ。婚約者をほったらかすほどの用事って!?」
「え、ええー? こ、婚約者ぁ?」
アリスがテレテレした。
「そうよ。結婚の約束をしたんだから婚約者でしょう?」
「そ、そっか。えへ。婚約者かぁ」
「テレている場合じゃないわよ! その婚約の危機かもしれないんだから!」
一瞬忘れた。浮かれている場合じゃなかった。
はあ、2人でため息をついた。
「そうだ、ザカリーに聞いてみましょうよ。なにか聞いているかもしれないわ」
シンシアはぽんっと手を打った。アリスもそうは思った。思ったが、それがちょっと怖い。
聞いて「そうなんだ、浮気しているんだ」と答えられたらどうしよう。それどころか浮気じゃなくて、心変わりだったらどうしよう。向こうでできた彼女の方が本気なんだ、なんて言われたら立ち直れない。底なし沼に沈む。
「なによ、こんなの2回目じゃない! あ、3回目か!」
シンシアがケラケラと笑った。
……蒸し返すな。あの時はけっこう傷ついたんだ。
その日の終業後、アリスの心中なんか構いもせずに、シンシアはアリスの腕を引っ張るように城門のすぐ横にある中央騎士団の事務所に向かった。
同じく騎士団に入ったのに、ダニエルは遥か彼方の西部騎士団、ザカリーはお城から徒歩数分の中央騎士団に配属。
なんでよ。不公平じゃない? と言ったら、これはランダムに決まるのであって、個人的な事情が配慮されているわけじゃない、と言われた。
「おれだって、そのうち遠方に異動になるんだぜ」
とザカリーは言うのだけれど、「今」と「あと」ではいろいろ違うとアリスは思う。
だって、3年後に異動になったらその時は結婚すると思うもの。卒業したてだったから「待って」とダニエルは言ったのだ。
ちょうど交代時間で帰り支度をしていたザカリーは、呼び出しをたのむとすぐに出てきた。アリスの顔を見たとたん、ちょっと眉をひそめた。
あ、やっぱりなにかあるんだ。
「あ、やっぱりなにかあるのね!」
声に出ていたのかと驚いたが、言ったのはシンシアだった。
「いやいやいや」
ザカリーはあわてて首を振ったが、もうおそい。
「知っているんでしょ。吐きなさいよ」
シンシアは胸ぐらをつかむ勢いだ。
「いやいやいや」
ザカリーは両手を上げて、降参のポーズをした。
もう、クロ決定だな。
「なにか知っているんなら教えてほしいな。わたしも考えないといけないから」
アリスが伏し目がちに言う。まあ、かわいそうなアリス。とシンシアが肩を抱き寄せて、ハンカチをアリスの目元に当てた。いや、まだ泣いていないけど。
目の前の茶番に気づいたのか気づいていないのか、ザカリーはとうとう白状した。
「いやー、同期のヤツからのまた聞きだよ。なんか、あっちで仲良くしてる女の子がいるみたいでさ」
「やっぱり! チャラ男が復活してたのね! サイテーだわ」
「あー、うん、アリスとは別れたのかって、そいつも気にしてたよ」
……別れてませんよ。浮気だって広めてくれませんかね。
「おれも気になっていたんだよ。でもさ、アリスに聞くわけにもいかないじゃん」
「そうね。ダニエルが浮気しているみたいだよって、わざわざ教えないものね」
浮気ということばが、ぐさぐさとアリスの胸に突き刺さる。
「3年待ってて、って言ったのに」
ぽろっと涙がこぼれた。
シンシアが背中をさすってくれる。
「あんた、どうにかできないの?」
シンシアがザカリーを軽く睨んだ。
「他人が口を出してもなぁ? 余計に拗れそうだし」
「同じチームチャラ男なのに?」
「勘弁してくれよ。おれはもう卒業したんだ」
ぽろぽろと涙を流し続けるアリスをはさんで、2人はため息をついた。
「ダニエルのヤツはなにも言ってこないのか?」
「言ってきてないのよね?」
シンシアがアリスに確認を取る。アリスはうなずいた。
「手紙が来なくなって、今度の休暇も帰って来ないって。もしかしてフェードアウトする気かな」
だんだんと声が小さくなってしまう。
「そんなのゆるさない!!」
叫んだのはシンシアである。
なぜ、あなたが熱くなっているのですか。
「結婚の約束だってしたのよ!? それをうやむやにしようだなんて、あんまりだわ! 騎士の風上にもおけないっ!」
「お、おう! そうだ! そうだな! そんなヤツは騎士とは認めん!!」
「騎士」ということばを出されて、ザカリーまで熱くなっている。
「行こう、アリス! 西の果てへ! 行ってとっちめよう!」
「そうだ! フェードアウトなんかぜったいに認めない! 行って白黒はっきりさせようぜ!」
なぜか3人で行くことになった。




