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「だってそれが一番丸く収まるじゃないですか」
ロジャーは平気でそんなことを言う。信じられない。いったい、この事態のどこが丸いのか。
一同ぽかんである。ロジャーだけがドヤっている。不思議だ。言葉は通じているのに、話が分からない。
「わたしはバカなのかな?」
思わずアリスが言った。
「いいえ、わたしもバカになったようだわ」
シンシアも首をかしげた。
「うん、おれも……。いやっ! ちがう! ちがうぞ! だまされるな! バカはおれたちじゃない。こいつだっ!」
ザカリーがビシッとロジャーを指さした。
「だよねぇー」
アリスもシンシアも、ほっとしたように息を吐いた。
「よかったあー」
……いやいや、ぜんぜんよくない。
それなら、わたしをなんだと思っているんだろう。エマだって、喜んで妾になるタイプには見えないのだが。
「で、でも、い、いっしょになろうって、いっ言った」
はじめてエマが口をきいた。消え入りそうな声だ。
「そんなこと言ったの⁉」
あ、やっぱり、と思った。
「それじゃあ、結婚の約束をしたと思われてもしかたがないですよ!」
シンシアもそう言った。
「結婚するとは言っていない!」
「「「サイテー‼」」」
3人の口がそろった。うっうっうっ、とエマはえずき始めた。お母上も涙目でエマの背中をさすっている。お父上はぎりぎりと歯ぎしりをしながら、ロジャーを睨んでいる。
当のロジャーは悪いとはちっとも思っていないようだ。なぜだ。不思議だ。どんな思考回路をしているのか。
だいたい、結婚前から恋人がいるなどありえない。たとえ妾を囲う貴族がいるとしても、それは結婚後の話だ。……まあ、たまにいるかもしれないが。
だとしても!
「まっぴらごめんです」
アリスははっきりと言い放った。シンシアとザカリーもうんうんとうなづいた。
ロジャーだけがポカンとしている。だから、それがありえないんだって!
「結婚の話はなしです。破棄です。当然ですよね。もちろんあなたの有責です。では」
アリスは立ち上がった。シンシアとザカリーも立ちあがる。
「そちらの話は、そちらでどうぞ。わたしに関係ありませんから」
アリスは残った4人に向かって言った。
「ちょっと待って!」
止めようとするロジャーを遮って、3人はパン屋の家を出た。玄関の周りには、近所の人たちだろうか、数人が立っていた。アリスたちが出て行くと、ばつの悪そうな顔で、へらへらと笑った。立ち聞きでもしていたんだろう。
好きに吹聴するがいいさ。
ロジャーはどう落とし前をつけるのだろうか。
……バーカ!
アリスはパン屋に向かって、思いっきり顔をしかめてみせた。
***
無事に? 婚約は破棄となった。
ロジャーの両親からは、涙ながらの謝罪を受け、多額の慰謝料も貰った。当然ロジャーも来て謝罪をした。
たったの数日で、見るも無残にやつれ果てていた。かわいそうに、とは思わないことにする。だってそれだけのことを仕出かしたんだもの。
2人の乙女心の傷を思い知るがいい。
ロジャーの市中パトロールの担当区域が6番街で、パトロールの最中にエマと知り合ったらしい。かわいらしい子ではあった。
騎士には貴族だけじゃなくて平民もいる。ただの市民ではなれないが、裕福な家の子とか、商家の子とかは入れる。
ロジャーは身分を言わなかったので、金持ちの平民の息子だと思われたらしい。
確かめろよ。
確かめもせず、うやむやに流されるから、こんなことになるのだ。いくらイケメン騎士だからって、のぼせ上っちゃいけない。
結局エマにもそこそこのお金を渡して、別れさせたらしい。
エマ、かわいそうに。婚約者のいる騎士と付き合って、破談にさせた。なんて言われるんだろうな。大っぴらにキスなんかしちゃったもんな。
この先、まともな恋愛ができればいいのだが。
ちなみに、貰った慰謝料で例のサブレの詰め合わせを買った。買ってやけ食いした。
***
「また、ひどい目にあったね」
噂が巡るのは早い。ハワード室長の耳にもさっそく届いたようだ。
「……はあ」
返事もめんどくさい。
「ダルトンは西の果てに飛ばされることになったよ」
「また西の果てですか」
ハワード室長は苦笑した。
「騎士の信用を損なう重大インシデントだからね」
「え! そんなにですか」
「もちろん! 担当地区の女の子に手を出した挙句に、ほかの女性と何食わぬ顔で結婚し、妾にしようとしたんだからね」
改めて言葉にされると居たたまれない。
「はあ、そうですね」
「騎士団全体の信用問題だからね」
「そうですね。西の果てって、浮気者の墓場ですかね」
ハワード室長は、くっくっと笑った。
「ほら、厳しい団長に代わったから。だいぶしごかれるんじゃないかな」
「そうですね。エマさんの気持ちを考えて、どん底に落ちればいいと思います」
「きみはどうなの?」
聞かれて改めて思う。
あれ? わたしはどうかな?
「だまされて悲しくはないの?」
……悲しくはなっかたな。どっちかっていうと、怒り狂ったというか。
ロジャーに対しても、それほど思い入れはなかったような気がする。
「きみはなんのために結婚するのかな? そんな相手と結婚して、この先幸せなのかな?」
幸せってなんだっけ。
アリスは首をかしげた。
あれ? どうして結婚を急いだんだっけ? そんなに急いで結婚する必要あったかな?
見上げたらハワード室長は、いつもと違って真剣な目でアリスを見ていた。
じっと見つめられて、ドキドキしてしまった。
あ、あれ? なにかな、この感じ。
ハワード室長は、ふっと気を緩めるといつものように穏やかな口調に代わった。
「ちょうどいい機会だ。少し考えてみたらどうかな? それに相手なんて、わざわざ探さなくてもその辺にいるかもよ。灯台下暗しってね」
そう言うと「はい」とアリスの手に小さな紙袋を乗せてくれた。
アリスはそっと中をのぞいて見た。
「あっ、これはデニスの琥珀糖ではないですか!」
今、美しいお菓子と評判の琥珀糖である。ガラスの瓶に、海を思わせる青や緑の透明な琥珀糖が詰められている。
「わ、わたしのためにわざわざ買ってくれたんですか⁉」
アリスはお茶らけてそう言ったのだが。
「うん、そうだよ。きみのために買ったんだよ」
ハワード室長にそう言い返されて、返事に詰まってしまった。
「や、やだー。またまたぁ。いつもみたいについでですよね」
ハワード室長は、ふふっと笑って「さあ、仕事だよ」と言って席に着いた。
こ、これは、どう受け取ったらいいんだろう。
ばくばくする心臓を抱えたアリスは、午前の仕事をこなすのに必死だった。
これにて「file3 ロジャー・ダルトン(中央騎士団市中警邏係所属)」おしまいです。アリスの婚活は続くのか。ハワード室長の意図は?
楽しみにお待ちいただけると幸いです。




