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「まあ! こちらの小娘、じゃなくてお嬢さまのお父上でいらっしゃいますの? わたくし、こちらにおりますロジャー・ダルトンの婚約者アリス・バーネットですわ」
口を開こうとしたロジャーを制して、アリスはいち早く名乗り出た。ロジャーは「しまった」という顔をしたが、時すでに遅し。
「な、なんですと? こ、婚約者?」
「はい、わたくしが、婚約者でございますのよ」
聞き慣れない令嬢言葉に、「お父上」は腰が引けている。
「こ、婚約者とはあの婚約者でございますですか」
「ええ、あの婚約者ですわ」
アリスはつんっとあごを上げた。
「い、いやいや。こっこっこっ、これには訳が……」
ロジャーは、あたふたと言い訳をしようとした。こっこっとうるさいな。ニワトリか!
「ど、どういうことだ! ロジャーさんっ!」
相手が貴族、ということも忘れて、お父上はロジャーにつかみかかった。
「あらやだ。平民が貴族に狼藉を!」
「警邏隊を呼んだ方がいい!」
ギャラリーから非難の声が上がった。こいつが警邏隊だがな、といじわるくザカリーがつぶやいた。
はっと我に返ったお父上は、あわてて手を離した。
「す、すみません、ロジャーさん。みなさん、中へお入りください。ここではなんですから」
わたくしは、ここでも構いませんことよ? なんてアリスは思ったが、ザカリーとシンシアにうながされて、一同はパン屋へ入っていった。
店の奥が居住スペースになっていて、こじんまりとはしているが、温かみのある居心地のよさそうな家である。焼き立てのパンの匂いが、家じゅうに沁みついているようだ。
通されたダイニングでは、テーブルの上に4人分の料理が乗っていた。お父上とお母上と小娘と、そしてロジャーの分。
「あらまあ、あなたもこちらで召し上がる予定でしたの?」
わざとらしくアリスが聞いた。
「あ、うん。いや、そうじゃなくて」
どっちだよ!
「構わなくってよ」
偉そうにアリスが言った。
「でも、さすがにこのままというわけにはいきませんでしょ? 帰ったら両親に話しますわ。もちろんダルトン伯爵にも」
「ま、ま、待ってくれないか」
「待ったら、なにかありますの?」
「いや、そうじゃなくてせっ、説明を。そう! 説明をするからっ!」
この期に及んで、なにを説明するというのだ。まったくもって厚かましい。
アリスはこの時になって、はじめて小娘の顔を見た。小柄でちんまりとお母上の隣に立っている。さすがにロジャーからは離れたが。真っ青になってぷるぷると震えている。
そんなにわたし、怖かったですかね。
アリスはそれにもムカついた。ここにいると、自分が悪者みたいだ。権力を振りかざして、弱い平民をいじめるお貴族様。そんな構図がすでに成り立っている。
理不尽だ。非常に腹が立つ。被害者は自分なのに。
お父上が勧めてくれたので、アリスたち3人は遠慮なくイスに腰かけた。小さなダイニングテーブルで、イスは4つしかない。ザカリーがイスを一つ引っ張って来て、3人はならんですわった。
パン屋の親子は立ったままで、ロジャーは中間のあたりに立っている。見た通りの微妙な立場(笑)。
ロジャーはずっとおろおろしている。イケメンが台無しだ。がっかりが募っていく。アリスはため息をつきたくなった。
「じゃあ、その説明とやらを聞きましょうか」
アリスはイスにふんぞり返った。
「う、うん……」
ロジャーはそう言ったっきり、なかなか話し始めない。
「さっさとしてくださる?」
都合が悪くなると黙り込むとか、ありえないんだけど。アリスの眉間のシワが深くなっていく。なんなんだ。往生際が悪い。もうバレてしまったんだから、潔く白状しやがれ。
「エマは平民だから、ぼくとは結婚できない」
ほう。小娘はエマというのか。っていうか、結婚できないのに堂々と付き合っていたのか。当のエマは、涙を溜めてスカートをぎゅっと掴んでいる。
そりゃあ、そうだよね。往来でキスまでしていたのに、結婚できないなんて言われて。見ている人だって、たくさんいたのに。しかも昨日今日の話じゃない。ずっとこうやって付き合っていたのだろうに。
これじゃあ、貴族に遊ばれて捨てられたみじめな娘だ。
ちょっとかわいそうになってきた。
「それに両親にも交際は反対された」
でしょうね。
「ちゃんとしたご令嬢と結婚しろと急かされるし」
でしょうね。
「だから、結婚はしようと思った。それで相手を探すために婚活パーティーに参加したんだ」
……どういうこと?
ロジャーは脂汗を流しながら話した。
「アリスと結婚して、エマは恋人として付き合っていこうと思った」
一瞬間をあけて、エマのお父上がロジャーにつかみかかった。
「なんだと⁉ うちのエマを妾にするってのか⁉」
そういうことですよね。お父上が逆上するのも無理はない。
エマはとうとう泣き出してしまった。ところで、あなたは結婚するつもりだったんですか?




