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宮廷女官の婚活事情  作者: 吉田ルネ
file3 ロジャー・ダルトン(中央騎士団市中警邏係所属)

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閑話 クラレンス・ハワード(法務局コンプライアンス対策室室長)


 ハワード家は王国きっての名門貴族である。

 王家にならぶほどの権力と財力を持つハワード侯爵家。それがクラレンスの生家。

 それゆえに、いろいろと面倒が多い。たとえば結婚。相手に求めるのはとにもかくにも家柄。名門侯爵家に見合う家柄ならば、少々正確に難があっても構わない。そういう考え。

 クラレンスは3男だから少しくらい外れてもよかろう。なんて考えは通用しない。なんて面倒。


 クラレンスにもかつては婚約者がいた。18才のころである。

 もちろんハワード侯爵家に似つかわしい公爵家の3才年下のお嬢さんだった。そんな家で生まれ育ったせいか、やたらと高慢な娘だった。ヴィジュアル命とでも言うように派手に着飾り、大ぶりなジュエリーを首にも耳にも指にもつける。

 重くない?

 帽子にも羽やら造花やらがたくさん刺さっている。

 フラワーアレンジメントかな?

 どうもそのセンスは、クラレンスには理解できなかった。


 そして、ハワード家のメイドにも居丈高に命令する。少しでも気に食わないと、容赦なく叱責、罵倒する。

 ちょっとちょっと、あなたのメイドではありませんけど。

 平民など、塵芥のように見下す。


 そしてクラレンスに対する要求も多い。

 毎週お茶に誘って。

 買い物に連れて行って。

 オペラが見たい。

 美術展に行きたい。

 ジュエリーが欲しい。

 お友だちに紹介するから来て。

 そして毎回必ず迎えに行かなくてはいけない。しかも花束を持って。花束についての注文も多いのだ。季節の花を入れて。黄色は嫌。ピンクを多めに。


 クラレンスは辟易していた。はっきり言って彼女が嫌いだった。

 クラレンスも名門貴族らしく、それなりの教育を受けたけれど、こんなに高慢ちきではない。たしかに父も母も貴族至上主義ではあるが、その生活を担っているのは召し使いたちだ。決して虐待なんかしない。むしろ気持ちよく働いてもらうために、労働環境には気を配る。


「ぼく、あの子嫌いです」

 クラレンスはとうとう両親に気持ちをぶちまけた。無理だ。うまくやっていける気がこれっぽっちも感じない。

「これから行儀見習いとして、教えていきますから安心なさい」

 何度か結婚に対する異議を申し立てたが、毎回母のこのセリフで流されてしまう。

 ならば自分でなんとかしないと。


 クラレンスは海を渡った遠い国へ留学することにした。2国間での交換留学である。一か八かで申し込んだら通ってしまった。

 やった! クラレンスは思わずガッツポーズをした。

「留学期間は3年。それまでは結婚できない」

 そう言ったら、彼女はあっさりと引き下がった。3年後といったら彼女も19才。適齢期が過ぎる。そこまで待ちたくなかったのだろう。

 しめしめ。うまくいった。

 少々渋面の両親に別れを告げて、クラレンスはわきわきと遠い異国へと旅立ったのだった。




 そして帰国後、留学経験を活かし文官として法務局に勤務。現在に至る。

 名門貴族といってもクラレンスは3男だから、いずれ家を出ることになる。跡継ぎの兄はすでに結婚し、2男1女をもうけ、ハワード侯爵家は安泰だ。いつまでも独身の弟が家にいては、さぞかし邪魔だろう。かといって、すぐに結婚する気もない。

 結婚も引っ越しもそのうちそのうち。先延ばしに延ばして過ごすこと数年。

 クラレンスは28才になっていた。




 もはやあきらめたのか、両親が結婚について口を出してくることはなくなった。コンプライアンス対策室室長なんて肩書もついているから、文官とはいえ面目が立つ。はじめは「文官なんて」と言っていた両親も納得したようだ。

 よかった、よかった。


 こうなったら、もう結婚などしなくていいか。

 クラレンスがそう思ってしまったのも仕方のないことである。


 が、事態が変わったのは1年ほど前のことだ。

「アリス・バーネットです。どうぞよろしくお願いいたします」

 新卒で着任した彼女は、そう自己紹介するとにっこりと笑った。


 ……かわいいんだが。


 ブラウンのゆるっとウェーブした髪にヘーゼルの瞳。くりっとした目が、くりくりっと楽し気に動く。見惚れそうになった。いやいや、部下だ。クラレンスは頭を振って、不道徳な考えを追い出した。

 そうそう、部下だ、部下。しかも10コも下だー!


 仕事は一生懸命にやる。わからないことは積極的に聞き、ちゃんと理解する。打てば響くというのか、1を聞いて10とは言わないが、7くらいは知る。頭がいいのだな。

 それにどこぞの高慢ちきな娘と違って、身分を振りかざして威張り散らしたりしない。子爵家の娘で父親も文官だというから、それほど家柄とか権力とかにこだわっていないのだろう。誰とでも気さくに話す。

 実は独身男子に人気がある。ちょっとひやひやする。


 クラレンスが気に掛けたところで、もし付き合って結婚なんてことになったら、あの面倒な生家がなにやかにやと口出ししてくるに決まっている。そんなことになったら、かわいそうなのはアリスなのだ。

 家柄最優先のあの親だ。子爵家なんてと眉を顰めるはずだ。ぜったい。

 アリスにそんな嫌な思いはさせたくない。

 アリスの笑顔に癒されながら、遠くから見守るのが一番いいのだ。

 そう思って、クラレンスは自分の思いにふたをしたのだった。




 ところがだ。この部下、どうにも危なっかしい。男関係が。

 最初のカレシに浮気されて別れた後、なにを思ったか婚活に力を入れ始めた。そしてロクでもない男に引っかかってばかりいる。

 焦ったって、ロクなことにはならないぞ。そう言ってやりたい。

 今はまだ、最悪の事態には至っていないが、このままではいつオオカミに食われてしまうか、気が気じゃない。


 どうする、おれ。

 名乗り出るか?

 でもその前に、あの家柄至上主義の生家をなんとかしなければ。

 もしかしたら、あきらめていた3男の結婚が決まるのなら、うるさく言わないかもしれないな。

 まあ、言ったら言ったで握りつぶすけど。


 どうする? どうしよう?


 クラレンス・ハワードの苦悩は続く。


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