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それは、いったいどういうことだろう?
「その恋人って、いつから?」
口を噤んでしまったアリスに代わって、シンシアが聞いた。さすがシンシア様、頼りになる。
「あんまりくわしくはないけど、ずいぶん前からだと思うぜ」
「ひと月、ふた月の話じゃないのね?」
「そうだな。おれが聞いたのも去年だ」
「そんなに前から……」
アリスの目が虚ろだ。意識があらぬ方向へと飛んで、体がゆらゆらと揺れている。「ちょっと! しっかり!」とシンシアがアリスの肩を掴んで揺する。首がゴキッといきそうで、ザカリーははらはらする。
「あのね、アリスはそのロジャー・ダルトンと結婚の約束をしたのよ。両家も了承済みで、結婚式の手配も済んでいるのよ」
「な、なんだって――‼」
せっかくシンシアが声を潜めたのに、ザカリーが絶叫して台無しにしてしまった。
「ん“ん”っ」
咳ばらいをされた。たぶん上司だ。
「あ、ヤバい。もうちょっとで終業だから、ちょっと待っててくれるか。ゆっくり聞くよ」
ザカリーがそう言って、アリスとシンシアは近くのカフェで待つことにした。30分ほどで、ザカリーは息を切らしてカフェに飛び込んできた。
「なになに? どういうことだよ?」
彼は座るなり、前のめりに聞いてきた。
「はあ、あのね」
まったり甘くてあたたかいミルクティーを飲んで、遠くへ行っていた意識が戻ってきたアリスは、ため息を一つついて話はじめた。
「婚活パーティーで出会ったのよ。総務局主催のヤツ」
「ああ、あれか」
「だったら結婚相手を探しているのでしょう? じゃなきゃ来ないわよね」
「そうだな」
「そこからお付き合いが始まって、結婚の申し込みをされて、うちの両親にもちゃんと結婚したいとあいさつをして、わたしもダルトン家にあいさつをしたのよ?」
「そりゃあ、本決まりでまちがいないな」
「そうよねえ⁉ わたし、間違ってないわよねえ⁉ 勘違いじゃないわよねえ⁉」
ついつい声が大きくなる。
「わかったから、落ち着けよ」
シンシアとザカリーが2人がかりでなだめる。
「どういうつもりだろうな? 例の恋人と別れて、結婚を考えたのならわかるが……」
「そっちはそっちで継続中ということね。つまり二股だ」
シンシアが容赦ない。アリスはもう「二股」恐怖症だ。
「またか」
ザカリーも容赦ない。メキメキメキ。アリスの手の中で、ティーカップが嫌な音を立てた。
「またーっ⁉ まただとぅ⁉ ぐあぁーっ‼」
アリスが限界突破したようだ。どうどう、とシンシアが背中をさする。
「はっきりさせなくてはいけないわね」
シンシアが言った。
「そうだな。向こうの親はどういうつもりなんだろう。二股を知っているのか、いないのか。もし知っているのなら婚約破棄ものだぞ」
「こ、婚約破棄?」
アリスは、ふすーふすーと鼻息を吐いている。
「そうだぞ。このまま結婚なんてできないだろ?」
そうか、そうだな。それは絶対に無理だ。
「どうする? 現場に乗り込むか?」
またですか。西の果ての悪夢がよみがえる。
「だいじょうぶよ! わたしたちがついてるから!」
シンシアが両手でグーを握った。それも心強いのか?
「ねえ、その平民の小娘、どこの家かわかる?」
「いや、わからないな。あ、ちょっと待て。聞いてくる」
ザカリーはそう言って、カフェを飛び出していった。いったい、なにをしに行ったのやら。待つことしばし。10分ほどでザカリーは戻ってきた。
「わかったぞ。ダルトンと同じ係のヤツに聞いてきた」
騎士団まで戻って聞いてきたらしい。
「6番街のパン屋の娘だと。行ってみるか? 今なら現場を押さえられるかもしれないぞ」
たしかに2人は今デート中だ。
う、ううー。アリスはうめいた。はっきりさせなくてはいけないのはわかる。わかるが、いいのか。せっかく決まった結婚を両親もあんなに喜んでくれたのに。またがっかりさせてしまう。
「なに言ってるのよ! このままじゃ泣き寝入りよ! そんなのご両親だって喜ばないでしょ! こんな不誠実な男じゃ、アリスだって幸せになれないじゃないの。焦ってクズを掴んじゃダメよ!」
「そうだぞ、アリス。見切ることも大事だぞ!」
「そ、そ、そうよね。そうだわ」
じゃあ、行こう! と2人に急かされるようにアリスは立ち上がった。




