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まあ、そんな些細なことはどうでもいい。ともあれ、これで一安心だ。
アリスもアリスの両親もほっと胸をなでおろした。これで行き遅れにならずにすむ。しかもお相手は中央騎士団の騎士だ。いわば騎士の花形。西の果てに飛ばされた浮気者とはわけが違う。もし会うことがあったら、自慢してやろう。
新婚旅行で西の果てに行くのはどうだろう。ダニエルのついでにミアにも自慢してやろう。
せいぜい、西の果てのいなかで、つまらん見栄を張っていればいいさ!
はーはっはっは!
「どうしたんだい? 急に笑い出して」
おっと、ランチの時間だった。食堂でロジャーと二人で食事をしていたのだった。ロジャーに見惚れていたら、ついよからぬ想像をしてしまったのだ。
「いいえー、ちょっと思い出し笑いですぅ」
半年後くらいの結婚式を目指して、絶賛準備中である。結婚式とウェディングドレスの準備。一口にウェディングドレスといっても、ヘッドドレスや靴、ブーケにアクセサリーと決めることはたくさんある。
それに新居。新婚向けのこじんまりとした屋敷を、ダルトン家が用意してくれることになった。もちろん家具をはじめ、カーテンにリネン類、花瓶などの装飾品、食器類もそろえなくては。
たいへーん。なんて言いながらも、アリスはにやけてしまう。
「あっ、そうだ。今週の日曜日、展覧会に行きませんか? 古代文明展。人気なんですよー。友だちがチケットをくれたんです」
シンシアが「デートに行ってきなよ」と2枚くれたのだ。アリスとしては、それほど古代文明に興味はないけれど、ロジャーと一緒に行くのなら、古代だろうが現代だろうが喜んで行く。
「あー、ごめんよ。日曜日は用事があってね。来週は空けておくから、それでもいいかな?」
ロジャーは申し訳なさそうに、眉尻を下げた。ちょっとがっかりだ。でも会期はまだある。
「残念。じゃあ、来週は行きましょうね」
「うん、楽しみにしているよ」
にこ!
にこ!
というのが、水曜日の話。そして今はその日曜日の午後である。
先日の高額出費のせいで金欠の昨今、買い物はできないが見るくらいならしてもいいだろうと、街中をぶらぶらとしていたのだ。すてきなハンカチを1枚買って、店から出てきたところだった。
レースの縁取りがあって、角に小花の刺繍がしてあって、デートの時に持っていたらきっとロジャー―も「センスがいい」と思ってくれるはず。そんなすてきなハンカチだ。気分は上々で出てきたのに、目に飛び込んできたのは件のロジャーだった。しかも隣には見知らぬ女子が!
「えーと。あれは誰なのかな?」
通りの反対側で、ロジャーはこちらに気づいていない。
しっかりと腕を組んでいるんですが。
2人とも満面の笑みで、見つめ合いながら歩いているんですが。
キスしそうなくらい顔が近いんですが。
それは、ただの知り合いではありませんよね。
どうみても恋人なんですが。
あっ、キスした……。チュッて。
…………えー。
呆然と突っ立ているうちに、2人は遠ざかって行ってしまった。
…………えー。
わたしたち結婚するんですよね?
結婚するわたしの外に、そんなに馴れ馴れしい女がいるんですか?
……二股?
また? またまた二股?
「シンシア」
思わずつぶやいた。
そう! シンシアに言わなくちゃ! 困ったときのシンシア様!
アリスはシンシアの屋敷に向かって走りだした。
「どうしたの⁉」
シンシアは屋敷にいた。よかった。半べそで息を切らしたアリスを自室に招き入れると、薫り高いお茶を淹れてくれた。それから甘―いファッジも。
「さあさあ、お茶を飲んで、いったん落ち着こうか」
シンシアが背中を撫でてくれる。震える手でカップを持って、ふーふーと息をかけるが、ちょっと飲めそうもない。体まで震えている。
そんな様子を見たシンシアは、アリスの手からそっとカップを取る。
「話せる?」
しばらく、だまって背中を撫でられて、ようやく震えが収まってきた。
「ロ、ロジャーを見かけたの」
消え入りそうなか細い声で、アリスはさっき見たことを話し始めた。
「…………また?」
聞き終わったシンシアが言った一言がこれである。
「またって言うな。またって」
「でも、どう考えてもそうよね?」
「やっぱり、そうよね⁉ そうだよね⁉」
このときになって、アリスはロジャーの母親が言った「町娘」の意味がわかった気がした。あれは平民の娘だった。ずっとあの娘と付き合っていたのだ。
じゃあ、わたしは? わたしと結婚するのはなぜだろう?
「アリス! さあ行くわよ!」
シンシアが立ちあがった。
「ど、どこへ?」
「決まっているじゃない。ザカリーのところよ!」
困ったときのザカリー様。アリスはファッジをひとつ、口に入れるとシンシアに続いて部屋を出た。
ザカリーはこの日日勤で、騎士団の詰め所にいた。
「お? ひさしぶりだな? どうした?」
なにも知らないザカリーの能天気っぷりが気に障る。なにも知らないのだから仕方がないが。
「ねえ! ロジャー・ダルトンって知ってる?」
シンシアが直球で聞いた。
「ああ、知ってるよ。係が違うから話したことはないが、顔はわかる」
「そう。彼についてなにか知ってる? 恋人のこととか結婚のこととか」
「あー、なんか平民の恋人がいるらしいな。結婚しようとしたらしいが、親に反対されたとか」
はあぁぁー⁉




