突撃訪問そのに
「随分と大きくなったね」
「はい、もう半年は経っているので。……所で」
「なんだい?」
「来る時はせめて先触れをお願いしますね」
私の膨らんだお腹を見て興味深そうにするのは、レオナルド王子殿下。因みにノーアポです。
最早慣れた事なのですが、本人曰く一応王族という立場なレオナルド王子殿下が突撃訪問をするのは如何なものかと思うのです。一応じゃなくて歴とした王族ですからね。
もし何かあったらどうするんですか、と視線で咎めるものの、レオナルド王子殿下は「僕に敵うやつも早々居ないけどね」と仰るのです。……いやそうですけど、不意を突かれたらどうするのでしょうか。
「それに、先触れ出したらロルフが邪魔してくるし」
「……まあ過保護ですからね、あの方も」
「僕が何かすると思ってるのかな。人妻に手を出すつもりはないのに」
「前聞いたらレオナルド王子殿下が面白半分で何かしないか不安、だそうですよ」
「人を信用しないなあいつも」
ロルフ様はただいま絶賛警戒心MAX状態ですので、何かしようものなら直ぐに飛んできます。まあ今は仕事なのですけど。寧ろ仕事中を狙って来ていますよね、レオナルド王子殿下。
やれやれといったポーズをするレオナルド王子殿下は、ソファに腰掛けた私の隣に座ってじっと膨らんだお腹を見ています。
不躾、とは思いません。ロルフ様の知人、というのと、純粋に不思議そうな眼差しをしているからでしょう。私が見ている事に気付いたレオナルド王子殿下は「不躾だったね、ごめんね」と謝罪を一つ。
「そこにロルフとエルネスタ夫人の子が居るんだな、と思うと感慨深くて。ロルフはほら、朴念仁だし女心ちっとも分からないし周りから性欲あるか危ぶまれてた奴だからさ」
「ま、まあ、ロルフ様も研究熱心だったという事なのでしょう。女心は……まあ、その……はい……」
そこは否定出来ないので言葉を濁すしかないのですけど、でも最近はロルフ様、私を喜ばせる為に勉強してくれているみたいです。そう、レオナルド王子殿下から貰った本で。
「……レオナルド王子殿下、ロルフ様に送った本なのですが」
「ああ、あれかい? 役に立ったようで何よりだよ。マニアックなのじゃなくてロルフに分かりやすい本を選んでみたんだけどね」
「本当に何を渡してるんですか、あんな恥ずかしいもの……!」
「おや、エルネスタ夫人も中身を見たのかい?」
……ええ、見ましたとも。ロルフ様がどんなもので勉強してるのか気になりましたし、もしその本から得た知識で間違いがあったら困る、という事で一緒に見ましたとも。羞恥で死にそうになりながらも一緒に見ましたとも。
……三分の二程は本当に恋愛小説だったから良いのです。残りが問題でした。幾らロルフ様の為とはいえ、あんなもの……!
お綺麗で人畜無害そうな顔をしているのにああいうものをロルフ様に渡した諸悪の根元であるレオナルド王子殿下。私の反応に楽しげに眉を揺らしています。
「でもためになっただろう?」
「あれのせいでロルフ様が変な事覚えて大変になったんですからね!?」
「役立ったなら良いじゃないか」
いえそうですけど、そうですけど……! 私の身が持たないのです、ロルフ様が実践しようとするから!
取り敢えず我慢ならなくてロルフ様からは没収しておきましたけど、ロルフ様の記憶力は本当に素晴らしいので完全に覚えています。……その部分だけ記憶を消せたらどれだけ良い事か。
恨みがましげにレオナルド王子殿下を見やると、本人は至って愉快そうだったので、もう……っ!
レオナルド王子殿下は案外むっつりです、と小声で漏らすと「友人の成功を祈っての応援だよ」と至極当然のように言われてしまって、もう押し黙るしか手は残されていませんでした。
一頻り私の反応に笑ったレオナルド王子殿下は、ふと真顔、とうか興味深そうな表情になって、私の腹部を見つめます。
「……そこにロルフの子が居るんだよね」
「え? ええ、居ますよ。最近はよく胎動があるので」
「……不躾なお願いなんだけど、触っても良いかな……?」
どうやらかなり気になっていたみたいなので「優しくお願いしますね」と微笑みつつ頷くと、レオナルド王子殿下はおっかなびっくりといった様子で腹部を撫でます。
慎重に、壊れ物に触れるように。
「……温かいな」
「人間の体ですもの。……レオナルド王子殿下?」
「いや、……母親というものは温かいものなのだな」
小さく呟いたレオナルド王子殿下。
「……僕の母は、産後の肥立ちが悪くてね。産褥熱で亡くなった。別に、それが悲しいとは思わない。抱かれた記憶すらないのだから」
「それは……」
「どうとう事はないし、事実は事実として受け入れている。……ただ、母親というものは温かいのだな、とエルネスタ夫人に触れて染々と思っただけだよ」
おかしいよね、同じ人間なんだから当たり前なのに、と笑ったレオナルド王子殿下は、少しだけ懐古の眼差し。
私は、レオナルド王子殿下の生い立ちを詳しく知る訳ではありません。本人は気にしていない、らしいので、同情するのも烏滸がましいのでしょう。
ただ、少し寂しげなレオナルド王子殿下に……不思議と、触れたくなって。
ぽん、とお腹に近付いて少し低い位置にあった金糸を、そっと撫でてしまって。
びっくりしたように顔を上げたレオナルド王子殿下に、私もなんでこんな恐れ多い事を、と自分でもびびってしまったのですが、こうしてあげたかった、のです。
「……女性は不思議なものだな、子を宿すと一気に母性が出るのだから。エルネスタ夫人は、まだまだ可愛らしい少女だと思っていたのだが」
「す、すみません、勝手に触れて」
「いや、良いよ。こうして誰かに撫でられるのは初めてだ。温かいものだな」
穏やかな笑みは、何処か幼く。私よりも歳上のレオナルド王子殿下は、子供のように笑って、瞳を閉じます。
時間にして数十秒、少しだけ黙っていたレオナルド王子殿下が、いつもの読めない笑顔に戻ります。
「さて、あまり触れていると旦那さんが怒るからそろそろ止めておこう。私も命が惜しい」
「流石にロルフ様もこれぐらいでは……」
「ロルフの溺愛具合を客観視出来ていないんじゃないかな? ロルフ様は、君狂いだから」
「狂いって……」
「今のロルフは、君が居なくては成り立たない。君がロルフ様の心の奥に根を張っていて、支えているんだ。君が居なければあいつは発狂するよ」
……もし、誘拐されたあの時、私に何かあろうものなら、ロルフ様は多分、理性を失っていた。それは実感しているので、レオナルド王子殿下の言葉も分からなくはないのですが……。
でも、そこまでなのかな、とちょっと考えてしまった私に、レオナルド王子殿下は苦笑。
「まあ、知らない方が身の為かもね。……溺愛というか執念というか、兎に角エルネスタ夫人に何かあったら直ぐに爆発するよ、あれ」
「……そういう意味でなら、存じていますよ。でも、最初に惹かれたのは私で、あの人の腕の中に収まったのも私の意思です。幸せだと感じる私は、おかしいでしょうか?」
「いいや。……君らには君らの幸せがあるし、僕から何か言う事じゃないだろう。それでバランスが取れてるんだから、良いと思うよ」
それに、ロルフは夫人にしか受け止められないと思う――という言葉に、私は小さく微笑みます。
私とロルフ様二人でぴったりというなら、嬉しい。どちらが欠けても駄目。私はロルフ様じゃなきゃ駄目で、ロルフ様は私じゃなきゃ駄目。互いで完結したこの関係性は、きっと、幸せなものです。
ひっそりと笑った私に、レオナルド王子殿下もまた苦笑を浮かべて「ほんと愛し愛されてるねえ、この夫婦は」とひとりごちるのでした。
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書影は活動報告にありますのでご興味のある方はご覧頂けたらなと思います。
それでは宣伝失礼致しました。これからも旦那様は魔術馬鹿を宜しくお願い致します。




