6.醤油ラーメンをすする
ぼんやりと夜の空を見ていた。
先輩にいったい何があったのだろう。
そういえば、あの女性は今、どうしているのだろう。
頭のなかが疑問だらけになる。
「ラーメンでも食べに行こうかな」
アパートを出て、ラーメン屋へ向かう。
夜の街は暗いけれど、都会はネオンでぎらぎらだった。
街は賑やかで、話し声があちこちから聞こえてくる。
くたびれた顔をした中年男性。お酒を飲んで陽気になっている中年男性。同じ中年男性でも、姿が少しちがう。
似ているけど、ちがう。
コロッケとメンチカツみたいなものだろうか。
なんて。ヘタクソなたとえ。
劇場の前を通る。
映画、か。でも、映画を観賞する体力は残っていないな。それに、この時間だとレイトショーになりそうだ。通常より、チケット代が高くなってしまう。
「ああ。食っちゃ寝生活で、毎月五千万円の収入があったらな。今日は一日中映画観賞しよう、なんてできるのに」
欲望が独り言として虚しく漏れる。
僕の独り言は街の喧騒にかき消された。
早く、ラーメン屋へ行こう。ここにずっといると邪魔になるかもしれないし、それに、いつの間にかポップコーン片手に映画を観ている自分の姿を想像できてしまう。
ガマンだ。ポップコーンより、ラーメン。今日はラーメンを食べるのだ。
劇場からなんとか離れることができた。
そんなこんなで、なんとかラーメン屋に到着。
食券を買い、席に着く。ラーメンのいいにおいがしてくる。
濃厚な醤油。やはり、これが正義。
一分も経たずに、ラーメンが運ばれてきた。
麺。チャーシュー。ナルト。ねぎ。メンマ。煮たまご。もやし。煮干しの効いた醤油味のスープ。
望んでいたものは、すべてこの器に揃っている。
「うむ。実に美味である」
ラーメンをすすり、お殿様のような発言をしてしまう僕。
千円するかしないか程度のラーメンをすすっただけで、気分が上がった。気分がいいので、チャーハンも追加してみる。
「美味、美味。これこそ食の喜び」
もう何を言っているのかわからない。
自分でボケて、自分でツッコミをするのである。
いや、ツッコミは心のなかだけ、にしておいたけれども。
「ふいい、ごちそうさま」
食べ終わり、店を出る。
このあとは特に用事もないので、アパートに戻って、ゆっくりお風呂に浸かったりテレビでも見たりしようかな。
あっ。忘れてた。目覚まし時計の電池が切れてたんだっけ。一回、コンビニに寄ろう。
てくてくと、コンビニまで歩く。
コンビニは帰り道に何軒かあるが、アパートから一番近いコンビニにしよう。
ついでに、コーラでも買うか。
「ん?」
この前の女性が、道端に座っていた。
大柄の男にすがりついて「ヤダ、ヤダ、捨てないで」なんて大声が響く。
気がつけば人集りができ、女性をスマホでパシャパシャと撮っているおじさん、おばさん、お兄さん、お姉さん。女性からしたら、これは見せ物じゃないだろうに。
よし。ここは僕の出番だ。
僕は変人だと言われ慣れている。どうせパシャパシャと撮られたところで、流行りのコミュニケーションアプリだとかそんなのはやっていないから、ノーダメージだ。
観測しなければ、わからない。つまり、僕が観測できなければ、僕はネット上で笑われているという事実も知らずに済む。
蓋を開けるまでは、本当に知らないだれかを笑わせるための道化とされてしまっているのかどうかなんて、僕にはわからない。
だから、僕が犠牲になろう。
「アウッ、アウッ、ウー!」
周囲の人間たちの注目が僕に向いてきた。
「あっ、あっ、あううおっ、お空にでっかい花火が浮かんでる!」
間髪入れずに、もう一つ、支離滅裂なことを言おう。
「に、逃げろ。大厄災だ、逃げろ!」
女性ではなく、僕に完全に注目が移った。
これでいい。たくさんの見知らぬ人間たちに変人とは思われただろうが、そんなのどうでもいい。どうせ、僕は変人だ。
それより、女性は大丈夫だろうか。
「あれ」
スマホのシャッター音が聞こえない。
なんなら、ひそひそ声すら聞こえない。
なんだろう。どうしたと言うのだろうか。
スマホを僕に向けている若い男性に「おーい」と言ってみる。しかし、反応はない。
肩をトントンと叩いたり、もう一度「おーい」と言ってみたりする。やはり、反応はない。
道路を見る。信号は青なのに、自動車がまったく動かない。動く気配すら見せない。
明らかに、おかしい。
「あ、あの、そこの方!」
涙目になっている女性が、僕を呼ぶ。
「はい。どうされました?」
「どうして、あんなマネをしたのですか」
「え。助けたい、って思ったからかな。でも、この前みたいに、余計なことしちゃっていたとしたら、ごめんなさい」
「えっ?」
女性も僕に気がついたようだ。
「それより、なんか、みんな動かなくなっちゃってるんだけど、これ、なんでみんな動かないの?」
「えっ?」
「えっ、えっ?」
どうやら、女性も知らないようである。
というか、これって。
「……時が止まってる?」
僕がそう言うと、女性がポカンとした顔をした。




