7.人生の最後
コンビニ。自動ドアは開く。
ブンブン飛んでいる虫。
時が止まっている、とは言っても、どうやら完全に時が止まっているわけでもないらしい。
止まっているのは、僕たち以外の人間だけのようだ。
「ど、どうしましょう」
と、女性が。
「いっそ、楽しんでみる、というのは」
楽観的な僕。
「私たち以外、だれも動かないんですよ。こんな異常な状態で楽しむなんて」
女性の言うことはもっともな話だと思う。
しかし、僕には気になることがあった。
「やっぱり、踏みとどまりたい理由があったのかな」
「え?」
「だって、あなたは、一度は人生を投げ捨てようとしたじゃない?」
「そうですけど。その節は、ご迷惑をおかけしました」
「僕たち以外の人間が、みんな動かなくなってしまっているこの状況に対して、あなたは焦燥感を覚えている。それって、生きたい理由ができたか、あるいは――本当は死にたくなかったからなんじゃないの?」
「……ちがいますよ。どう考えたら、そうなるんですか」
女性は、プイッ、と顔を横に向けた。
頬が少し膨らんでいる気がする。
もしかして、怒ってる?
これ以上、この話をするのは女性の機嫌をさらに損ねそうだ。やめておこう。
さて。とは言っても、何を話したらいいのだろうか。
僕は極度の人見知りだ。会話をうまくできた試しがあまりない。
親相手だったら普通に話せるんだけどなあ。
だれかと話すのって、とても緊張する。
相手の顔色をうかがって。変なことを言ってないだろうか、とか。怒られないだろうか、とか。失望されないだろうか、とか。いろいろと考えてしまう。
相手を楽しませたい、って気持ちはある。
でも、基本的に僕は空回りしがちだ。何かをやろうとしたら、それが裏目に出てしまうことが多々あった。
こういうとき、社交的なイケメンは何を話すんだ?
「つ、月が、月が、その、月が、きれい、ですね」
僕は何を言っているんだろう。
え、告白?
突然、そんなことを言ったら、だいたいの人間は「この人、気持ち悪っ」みたいな反応をするんじゃなかろうか。
訂正したい。訂正させてほしい。
僕は何も考えてない。何も考えてないから、こんな変なことを言ってしまったんだ。
ごめんなさい。ごめんなさい、間違えました。
「ブッ。急にどうしたんですか?」
どういうわけか、女性のツボにハマったらしい。
あ、そうか。冗談だ。冗談として捉えられたんだ。そういうネタとして解釈されたんだ。
よかった。
いや、よかったのか?
まあ、悪い感情を抱かれるよりは、よっぽどいい。
気持ちが楽になる。
「私ね」
「はい」
「フラれちゃって」
「んー、うーん……」
「それ、どういう反応?」
「一度もフラれたことないから、どう反応すればいいかまったくわからなくて」
「何それ。嫌味?」
「ちがいます。僕、彼女いたこと一回もないんで。ほら、見た目こんな感じだし、中身もこんな感じだし」
「あー、元気出して。ファイト」
なぜか、応援される僕。
話の流れ的に、応援するのはむしろ僕のほうだったのでは。
わからない。なぜ、応援されたんだろう。
「それにしてもさ」
「はい」
「こんな偶然、何回も会うなんて、それってもはや運命なのかも?」
「えっと、僕とあなたがですか?」
「うんうん。まあ、全然好みのタイプじゃないけど。なんか、暗そうだし」
ひどい言われようである。
結構、思ったことをズケズケと言う人だ。
「あの」
「うん?」
「さっきの男の人との騒ぎは、やっぱり、死のうとしたことと関係あるの?」
僕がそう言うと、女性の表情が悲しげな表情に変わった。
しまった。この話はやめておこう、って思ったばかりなのに。
するりと口から出てしまった。
女性からしたら、話したくないはずだ。深追いしてほしくない話題のはずだ。
やってしまった。やらかした。
「うん。関係ある。そう言ったら、どう反応する?」
「ご、ごめんなさい」
答えは謝罪だった。
「謝ってばかり、負けてばかりの人生って、楽しくないから」
「だから、死のうとしたんですか?」
「悪い?」
「悪い」
即答していた。
ムキになって、即答してしまっていた。
「たしかに楽しくないけど、でも、それで死んでしまうと、自分が惨めなまま終わってしまう。それだけは僕はイヤだ。それだけは絶対にイヤなんだ。僕だって、僕なりに必死に生きてきたんだから、最後は笑って人生を終えたい」
熱くなって、本音をぶちまけてしまった。
「そっか」
「はい。ごめんなさい、ナマイキなこと言って」
しばらくは沈黙が続いた。
お互い、何も言わず、歩いて、僕たち以外にも無事な人間がいないか探している。
でも、探しても、探しても、動かない人間しかいない。みんなみんな、ピタリと止まっている。
歩きまわっていたら、歓楽街を抜け、いつの間にか住宅街にいた。
住宅街のなかに、ぽつりと小さな公園がある。
夜の公園には、だれもいない。
僕たちはベンチに座って、空を眺めた。
「たしかに、そうだね」
唐突に、女性が立ち上がった。
「私だって、最後は笑って人生を終えたい」
女性の瞳から涙が溢れた。
女性は涙を拭かず、石ころを手に持った。
そして、だれもいない方向へ――おもいっきり投げる。
「バカヤロー!」
女性の叫び声は、よく響いた。
「あの、顔だけの筋肉ダルマ。ふざけんな!」
女性はもう一度おもいっきり石ころを投げた。
静寂のなか、地面に石ころが当たる音がする。
「私、野球選手にでもなろうかな」
「きっと、各球団から引っ張りだこだよ」
お互い、クスッ、と笑い合った。




