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3.期待のできない将来

 電車内。

 結婚相談所の広告が視界に入る。


「結婚、ね」


 憂鬱な気分になる。

 高校を卒業したばかりなので、結婚はまだ早いかもしれない。

 けれども、将来を想像したら、自分の心が抉られてしまった。

 今まで、彼女がいた試しがない。

 それどころか、僕はクラスの女子に「あのオタク、キモ」と思われていたり「あんなヤツいたっけ」と思われていたり。そんな感じの存在だった。


 親族以外に僕を好いてくれる異性なんて、いるのだろうか。


 いたとしても、相手を不幸にさせてしまう気がする。


 僕はあたりまえのことができない。だから、相手に負担をかけさせてしまう。

 話も噛み合わないだろうし、そもそも相手が興味を持つような話ができない。

 聞き手にまわるのも苦手だ。話そうとしても、相手の話を遮って自分の話をしてしまいがちだ。

 意識すれば多少は改善できるが、それでもうっかり無意識に自分の話をしてしまうだろう。

 他人への興味が薄いのかもしれない。そんな人間と一生を添い遂げたい、なんて思う異性はあまりいないだろう。


 負担をかけさせてしまうのは、相手だけではない。

 仮に結婚して、二人の間に子どもを授かったとしよう。

 僕の挙動不審な動き、低コミュニケーション力、あたりまえのことができない性質、そういったマイナスな部分が子どもにも遺伝してしまう可能性は非常に高い。生まれてきてくれた子どもに、僕と同じような苦痛を味わわせてしまうような気がする。


 だから、僕は独り身でいいや。


 独り身『が』いいや、ではなく、独り身『で』いいや、なんて思ってしまっている自分が情けなかった。

 自己肯定感が低いのだろうか。

 あたりまえのことができないから。何をやってもダメダメだから。人生、怒られてばかりだから。

 理由を探した。言い訳を探した。自分が救われるために。

 だが、救われるわけではない。これは一時的でわずかな安心感を得るだけにすぎず、現状が何か改善されるわけではないのだ。


 困っている人間をヒーローは助けてくれるわけではない。

 困っている人間であると認識できたときのみ、ヒーローは助ける場合もある、というのが適切なのだろう。

 ヒーローに助けてもらうには、まず自発的に自分が困っている人間であるとヒーローにアピールしなければならない。そこではじめてヒーローはその人間を助けるか助けないか、という選択肢を得る。しかも、最終的に自分が救われるためには自分が動くしかない。ヒーローはあくまで、助力してくれるだけにすぎない。


 自発性。そんなものは僕にはない。


 助力してくれたところで、自分が救われるかは不明瞭。ヒーローにだって、他人の未来はわからないのだ。


 追い詰められる。追い詰められ続ける。

 僕はずっとこんな人生なのかもしれない。


「あっ」


 ハッとした。

 電車の扉が開く。駅員のアナウンスが僕の耳に届いた。

 会社の最寄り駅をすでに過ぎていた。

 急いで、反対方面の電車に乗り換える。

 しかし、遅刻は確定してしまった。


「終わった」


 額から冷や汗が流れ出ているのを感じる。

 すぐに上長に電話しないと。

 ピタッ、と手が止まる。

 電話したら、どういう反応が返ってくるのだろう。

 ぼうっとして、下車する駅を過ぎて、遅刻。

 雷が飛ぶだろうか。呆れ声が聞こえてくるだろうか。

 気分が悪くなってきた。

 これは完全に僕が悪い。

 とりあえず、上長に電話だ。

 スマホを手に取ろうとする。


「ま、満員電車」


 スマホを手に取れる状況ではなかった。

 それに、電車内で電話するなんて、マナー的にどうなんだろう。とか気にしてしまっている僕。


 結局、会社の最寄り駅で下車したのち、上長に電話で遅刻する旨を伝えた。上長の反応は実に事務的で、雷が飛ぶわけでも呆れ声が聞こえるわけでもなかった。


 走らず、焦らず、かつ急いで会社に向かう。

 道中で、正面から来た若い女性と、ドスン、とぶつかった。


「ごめんなさい」


 お互いに謝る。

 女性は急いでいるらしく、スタスタと去っていった。

 僕も急がなくては。


 始業時間から三十分オーバーして、会社に到着した。


 上長からは心配された。何かあったんですか、と。

 教育係の先輩からは、どぎついお叱りを受けた。ただ、この叱責は正当なものである。

 次やったら、解雇宣告が入るかもしれない。一度信頼を失うと、信頼を取り戻すのは難しいものだ。気を引き締めなければ。


 今日の先輩は、僕に対して隙あらば嫌味を言ってきた。

 メモを取りながら話を聞いているのに「なぜメモを取らない」と言ってきたり、他のチームの人間に「今教えてる僕さん、仕事サボるんですよ。教育係交代してほしいですわ」とか言ってたり。

 断っておくが、僕は仕事をサボっていない。

 上長はきちんと見てくれていた。僕が先輩から与えられた仕事をしっかりやっていたところを。

 設計書を確認する。文書を作成する。電話応対をする。

 決して、サボってはいない。

 しかし、先輩視点の僕は、すでにそういう評価になっているようだ。


 遅刻した僕が悪い。そう思うことにしよう。

 新入社員の立場で口答えなんかしたら、どうなるかわかったものではない。


 僕の心がメキメキと折れていく音が聞こえてきた。

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