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古代遺跡と父の謎 ~僕だけが、初めての経験で強くなれる~  作者: 明日葉 優太
はじまりの島編

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第7話 知る夜と、選ぶ夜

差し出されたリーナの手を、僕はすぐには取れなかった。


取ってしまえば、もう後戻りはできない気がした。かといって、断る言葉も出てこない。


宙ぶらりんのまま固まっていると、僕たちの間にぬっと一本の杖が割り込んできた。


「組むだの組まんだの、わしの前で物騒な相談をするでない」


村長だった。白いひげの奥で、眉がこれ以上ないほど吊り上がっている。


「リーナ、お前は罰として、今日一日、家の水汲みと薪割りじゃ。港町の坊主は、長旅で疲れとるじゃろう。まずは中に入って休みなさい」


「えー! なんで私だけ! 見張りの人たちだって、私が夜中に出ていくのを、いつも見逃してるくせに!」


「それはお前の逃げ足が速すぎるだけじゃ。言い訳はいいから、さっさと井戸へ行け」


リーナは頬をぷくっと膨らませて、空の桶を乱暴につかんだ。それからくるりとこちらを振り向いて、僕の鼻先にびしっと指を突きつける。


「ねえあんた、返事はあとで絶対に聞かせてもらうからね。逃げたら承知しないんだから」


それだけ言い残して、リーナは金色の髪を揺らしながら、井戸のほうへ駆けていった。


答えを出さずに済んで、ほっとしている自分がいた。それが少しだけ情けなかった。


その日の夕食は、なんとも言えない空気の中で始まった。


大きな葉を重ねた屋根の下、ランプの柔らかな灯りが食卓をぼんやりと照らしている。並んでいるのは、焼いた銀色の魚と、芋を練って丸めた団子、それから、昼間に見た紫色の果物を煮込んだ、とろりと甘いスープだった。


村長と、僕と、リーナ。三人で囲む食卓は、なぜか誰もしゃべらない。


リーナは一日中水汲みと薪割りをさせられたせいで、明らかに機嫌が悪かった。腕をさすりながら、黙々と団子を口に運んでいる。


僕はその気まずさから逃げるように、皿に添えられていた紫色の果物を皮ごとかじった。


甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。


「……あ」


リーナが僕の顔を見て、小さく声を漏らした。


「その果物、皮ごと食べると舌が紫色になるんだよ。島の外から来た人は、みんな引っかかるの。……あ、もう遅かったね」


「え、うそ、紫!?」


慌ててスプーンに顔を映してみると、そこには毒でも食べたみたいに真っ紫になった僕の舌があった。


「なんで食べる前に教えてくれないの! 絶対わざとだよね、今の!」


「さあね。薪割りを全部押しつけられた恨みかも」


リーナはつんと澄ました顔でそう言って、スープをすすった。


けれど、その肩が小刻みに震えているのを、僕は見逃さなかった。笑いをこらえているのだ。


「明日の朝には、元に戻っとるわい。……リーナ、お前もやられた口じゃろうが。三つの時に、泣きながら舌を出してわしのところへ来たのを、忘れたとは言わせんぞ」


「じ、じいちゃん! そういう昔の話はしなくていいの!」


今度はリーナの顔が真っ赤になる番だった。僕が思わず吹き出すと、リーナはむっとした顔で僕をにらんだけれど、その口元は少しだけ緩んでいた。


食事が終わりに近づいた頃、リーナがちらりと僕の脇に置いた手帳を見た。


「ねえ、その手帳さ、ちょっとだけ見せてくれない? あんたのお父さんが、あの場所のことを何か書いてるかも……」


「飯の時に、あそこの話は禁止じゃ」


村長の声がぴしゃりと遮った。


リーナは何か言い返そうとして、ぐっと唇を噛んだ。それから空になった皿を乱暴に重ねると、「ごちそうさま!」とだけ言って、足音も荒く自分の部屋へ引っ込んでいった。


ばたん、と扉の閉まる音が家じゅうに響いた。


その夜、村長に誘われて、僕は家の外の縁側に腰を下ろした。


虫の声が草むらのあちこちから聞こえてくる。遠くでは、波が浜に寄せては返す音が、ゆっくりと繰り返されていた。


見上げると、空には港町で見るよりもずっとたくさんの星が、こぼれ落ちそうなほどに瞬いている。


村長は細長いパイプに火を入れて、ふうっと煙を吐き出した。白い煙が星空の中に溶けていく。


「……あの子のことを、少し話しておこうかのう」


村長は夜空を見上げたまま、ぽつりと言った。


「島の者はな、あの子を浜で拾った子じゃと思っとる。わしが、そう言いふらしたからじゃ」


「言いふらした……?」


「本当はな、十五年前、あの子は、あの入ってはならん場所の入口の前で、泣いておったんじゃ」


僕は思わず村長の横顔を見た。


「入口の前で……? でも、なんで浜で拾ったなんて、嘘を」


「本当のことを言えば、島の者は祟りの子じゃと言って、あの子を遠ざけたじゃろう。石を投げる者だって、おったかもしれん。それだけは、どうしても避けたかったんじゃ」


村長はパイプの灰を、とんとんと縁側に落とした。


「あの子はな、見たこともない模様を織り込んだ布にくるまれておった。わしはその布を、ずっとたんすの奥に隠しておったんじゃが……数年前、あの子に見つけられてしもうてな。同じ模様が、あの場所の入口の石壁にも刻まれておる。それに気づいてからじゃ、あの子があそこへ通うようになったのは」


昼間の、リーナのこわばった顔が、頭に浮かんだ。「海から来た子」という言葉。


あれは、浜で拾われた子という意味だったのだ。そして本当は、浜ですらなかった。


村長はしばらく黙って星を見上げていた。それから、独り言のようにつぶやいた。


「……十五年前といえば、ちょうど、お前の親父がこの島に来た年じゃな」


胸の奥がざわりと騒いだ。


偶然だ。そう思おうとした。


十五年前に島へ来た旅人と、十五年前に見つかった赤ん坊。ただ、同じ年だったというだけのことだ。


それなのに、その言葉はいつまでも頭の中から離れてくれなかった。


不意に、村長が僕のほうへ向き直った。そして、白い頭を深々と下げた。


「頼みがある。あの子を、あそこへ連れていかんでくれ」


「そ、村長さん、頭を上げてください」


「あの子は、自分が何者なのか知りたがっとる。その気持ちは、痛いほど分かる。分かるからこそ、わしは何も言えんかった。じゃが……わしはあの子を、失いたくないんじゃ。あの子は、わしの、たった一人の家族なんじゃよ」


しわだらけの手が、膝の上でかすかに震えていた。


僕は何も答えられなかった。


「……この部屋じゃよ」


案内された部屋の前で、村長は足を止めて振り返った。


「十五年前、お前の親父が寝泊まりしとったのは。あの男は毎晩、その窓から森を眺めては、夜が明けるまで何かを書きつけておった」


小さな部屋だった。寝台と、小さな机が一つずつ。


開け放たれた窓の向こうには、黒々とした森の影が広がっていて、その上を満天の星が覆っている。


村長は窓辺に立った僕の横顔を見て、ふっと目元を緩めた。


「……親子じゃのう。お前も、同じ顔で窓の外を見とる」


おやすみ、と言い残して、村長は自分の部屋へ戻っていった。


僕は寝台に横になって、天井を見上げた。


父さんもこの窓から、同じ森を見ていたのだ。


夜が明けるまで書きつけていたのは、手帳のどのページだったのだろう。それを思うと、顔も思い出せない父さんが、すぐ隣にいるような気がした。


けれど、目を閉じても、眠りはなかなかやってこなかった。


村長の、震えていた手。リーナの、まっすぐに差し出された手。


その二つが、交互に頭に浮かんでは消えていく。


どれくらいそうしていただろう。


ふと、まぶたの裏が明るくなった気がした。


目を開けると、窓の外がぼうっと光っていた。


慌てて身を起こし、窓辺に駆け寄る。


黒い森の奥のほうが、青白い光に包まれていた。


月の光とは違う。もっと冷たくて、どこか呼吸するように、ゆっくりと明るくなったり暗くなったりを繰り返している。


そして、その光に向かって、一つの人影が森の中へ駆け込んでいくのが見えた。


月明かりに金色の髪がきらりと光った。


「……リーナ」


心臓がどくんと大きく跳ねた。


頭の中で、いくつもの声がぶつかり合う。


――危ないと思ったら、格好つけずに逃げて帰ってくること。


母さんとの約束だ。


――あの子を、あそこへ連れていかんでくれ。


村長の、震える声。


――一人で行くより、二人のほうがずっとましでしょ。


リーナの、にっと笑った顔。


行っちゃいけない。怖い。夜の森なんて、入ったこともない。村長を起こせばいい。それが一番正しいはずだ。


でも、その間に、あの子に何かあったら?


足がすくんで動けなくなったって、あの子は言っていた。今夜も一人きりで、あの暗い森の中にいるのだ。


膝ががくがくと震えている。それでも、僕は窓枠をぎゅっと握りしめた。


母さん、ごめん。約束は、ちゃんと守る。絶対に、生きて帰る。でも、今だけは、逃げるわけにはいかないんだ。


僕は鞭と小刀を腰に差すと、窓枠を乗り越えて、夜の中へと飛び出した。


初めて足を踏み入れた夜の森は、昼間とはまるで別の場所だった。


木々の葉が幾重にも重なって、月明かりさえほとんど届かない。湿った土とこけの匂いがむっと鼻をつく。


足元では、太い木の根が蛇のようにのたうっていて、少しでも油断すると、ぬるりと足を取られそうになる。


それでも僕は一度も転ばなかった。


【平衡感覚】のおかげだ。ぬかるみに足を取られそうになっても、木の根に乗り上げても、体のどこに力を入れればいいのかが、足の裏から自然と伝わってくる。


船酔いを力に変えた時は、まさか森の中で役に立つなんて思ってもいなかった。


どこか遠くで、ぱきり、と枝を踏む音がした。


僕は思わず足を止めた。


今の音は、僕じゃない。リーナかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。


喉がからからに渇いていた。


木々の隙間から漏れてくる、青白い光だけを頼りに、僕は奥へ、奥へと進んでいく。光は少しずつ強くなり、それにつれて肌がぴりぴりして、鳥肌が立つような嫌な感覚が増していった。


その時だった。


森の奥から甲高い悲鳴が響き渡った。


「いやっ……! 来ないで……!」


リーナの声だった。

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