第42話 谷道の待ち伏せ
夕方、僕は一人でドルゴ爺さんの鍛冶屋を訪ねた。
「来たか」
作業台の上に僕の剣が置かれていた。鞘から抜くと、刃こぼれは跡形もなく消えている。刃全体が水を通したように、すうっと澄んでいた。
「ありがとうございます。見違えました」
「砥ぎ直しただけだ。手入れが良い。いい剣は、いい持ち主を選ぶもんだ」
ドルゴ爺さんはそう言って、ふん、と鼻を鳴らした。それから金槌の柄を指でとんとん叩きながら、ぼそりと続ける。
「……王都の金物街で、聞いてみろ」
「え?」
「エドは王都にも寄った。わしに板を彫らせた後、確かそう言っておった。あの街の金物街に昔なじみの店があるとな」
僕は息を呑んだ。
「店の名前は、分かりますか」
「覚えとらん。ただ、それだけは確かだ」
爺さんはもう背を向けて、炉の火を見つめていた。
「……ありがとうございました、ドルゴさん」
深く頭を下げて店を出る。背中の向こうで、また、かん、かん、と鉄を打つ音が始まった。
翌朝、荷馬車の列はロスタの石畳を後にした。
街を出ると、道は川沿いに続く谷道になった。右手に切り立った岩壁、左手に深い木立。木漏れ日がまだらに道を照らしている。
荷馬車の車輪ががたごとと鳴っていた。
「ねえノア、昨日の夕方、鍛冶屋さんに行ってたでしょ。何か分かった?」
リーナが横を歩きながら、小声で聞いてきた。
「うん。王都の金物街に、父さんの知り合いの店があるかもしれないって」
「王都! それなら、ちょうど行くところだね!」
「うん。ついでに探してみる」
リーナはにっと笑って、僕の肩を軽く叩いた。
昼前のことだった。
谷道が、大きく右に曲がる手前で、僕は足を止めた。
何かが引っかかった。
はっきりした理由はなかった。ただ、道の先の茂みがやけに静かだった。鳥の声がそこだけ途切れている。
僕はそっと息を吐いて、【索敵】を前へ伸ばした。
その瞬間、視界の中で世界が止まった。
荷馬車の車輪の回転も、リーナの揺れる髪も、ぴたりと動きを失う。
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◆ スキル成長 ◆
【索敵】 Lv1 → Lv2
効果:暗闇でも見通せて、風と気配から、周辺の状況や眠っていても近づく危険が分かる。気配の数と動きまで、はっきり読み取れる
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淡い緑の光が、視界に広がった。
音が戻ってくる。止まっていた世界が、ふたたび動き出した。
そして、気づいた。
さっきまでぼんやりしていた道の先の気配が、くっきり浮かび上がっている。茂みの奥に人が十人。弓を持った者が二人、岩壁の上に。残りは道の両側に散らばって、息を殺していた。
「……待ち伏せだ」
「ノア?」
「リーナ、ガルドさんに知らせてくる。ここで待ってて」
僕は列の先頭へ駆け出した。
「ガルドさん!」
「何だ、ノア」
「この先の曲がり角に、待ち伏せがいます。全部で十人です。二人は弓を持って、右の岩壁の上にいます。残りの八人は、道の両側の茂みに隠れています」
ガルドの目がすっと細くなった。
「……間違いないか」
「はい。曲がり角の手前で、動かずに待っています」
ガルドは僕の顔を少しだけ見つめた。それから短くうなずいた。
「分かった。お前の目を信じる」
この前までなら「本当か」と聞き返されたかもしれない。その一言が胸の奥に、じんわりと残った。
「イルゼ」
「……ここ」
「右の岩壁に回れ。上の二人を黙らせろ」
イルゼは無言でうなずくと、木立の中へ消えていった。
「バルド、前に出ろ。盾を構えて、曲がり角で止まれ。トビは左だ。ハンスは荷馬車の上から、弓の二人に気を配れ」
「承知」
「了解!」
ガルドの目が僕とリーナに向いた。
「坊主たちは、荷馬車の列の脇だ。抜けてくる奴だけ、止めろ。深追いするな」
「はい」
列が静かに止まった。ロベルトが顔を青くして、御者たちを荷馬車の中央に集める。
曲がり角の先から笑い声が聞こえた。
「ちょうど良いところで止まってくれたか。ありがたい。手間が省けたぜ」
茂みの中からぞろぞろと、男たちが姿を現した。ぼろぼろの革鎧を着て、錆びた剣や棍棒を握っている。先頭の髭面の大男が、にやにやと笑った。
「荷を置いていきな。そうすりゃ、命までは取らねえ」
「……止まったのは、偶然じゃない」
ガルドが低い声で言った。
「お前たちが、そこに隠れていたのは、最初から分かっていた」
「なに?」
髭面の顔から笑いが消えた。
その瞬間、右の岩壁の上で、どさり、と二つの体が落ちる音がした。弓を持っていた男たちがイルゼに引きずり下ろされて、地面にのびている。
「やりやがったな! 野郎ども、手加減するんじゃねぇぞ!」
髭面の号令とともに、男たちが一斉に飛びかかってきた。
バルドが盾で正面を受け止める。トビの槍が横から男たちの足元をなぎ払う。ハンスの矢が後ろの男の肩をかすめた。
その中の一人が混乱を縫って、荷馬車の方へ駆けてきた。
大柄な男だった。錆びた幅広の剣を頭の上に振りかぶっている。
「どけえ!」
僕は一歩前に出て、剣を抜いた。
足は動かなかった。迷いもなかった。狙うのは人じゃない。
その男の剣の刃の付け根。【弱点看破】の白い光が錆びた鋼の一点で、かすかに瞬いている。ひびが入って、今にも折れそうな場所だ。
「うおおっ!」
振り下ろされた刃に、僕の剣を斜めに当てる。
がきん、と鋭い音。次の瞬間、男の剣が白い光の場所から、ぽきりと折れた。
「な……っ!?」
折れた刃がくるくると宙を舞う。男が呆然と立ち尽くした一瞬、僕はその胸元に剣の柄を叩き込んだ。
「ぐはっ!」
男はくの字に折れて、その場に倒れ込んだ。
その時だった。
視界の真ん中に赤い光が浮かんだ。
世界の音が遠のく。倒れ込む男の姿が宙に浮いたまま、ぴたりと止まった。
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◆ 経験変換 ◆
「初めて、剣で相手の武器を折る体験」を検知
力に変えますか?
① 【武器砕き】 相手の武器の弱点を突いて、叩き折れる
② 【受け流し】 相手の攻撃の力を、剣で逸らせる
③ 【峰打ち】 相手を傷つけずに、剣で気絶させられる
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相手を傷つけずに止める。②や③も魅力的だった。
でも、さっき折れた剣は白い光の場所に、確かな弱点があった。あれを見抜いて、狙って、折る。それができれば、人を傷つけなくても戦いを止められる。
「……①だ」
選んだ瞬間、剣を握る右手にふっと確かな感覚が宿った。
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◆ 経験変換 ◆
【武器砕き】を習得しました
Lv1
効果:相手の武器の弱点を突いて、叩き折れる
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赤い光が消える前に、その隣に青白い光が浮かび上がった。
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◆ スキル統合 ◆
同じ系統の力が、重なり合っています
【剣術】 剣の振りが、正確になる
【武器砕き】 相手の武器の弱点を突いて、叩き折れる
一つに統合しますか?
【中級剣術】 剣を正確に操り、相手の武器の弱点を突いて折ることもできる
※元の力は、すべて引き継がれます
はい / いいえ
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剣を振る力と武器を折る力。どちらも剣を使う力だ。一つに重ねれば、もっと自然に剣を扱えるようになるかもしれない。元の力はすべて引き継がれると書いてあった。
「……はい」
選んだ瞬間、剣が腕の延長になったような感覚が、全身を駆け抜けた。
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◆ スキル統合 ◆
【中級剣術】を習得しました
Lv1
効果:剣を正確に操り、相手の武器の弱点を突いて折ることもできる
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音が戻ってくる。止まっていた世界が、ふたたび動き出した。
剣がさっきよりも、手の一部のように感じられた。狙った場所へ刃が迷わず届く感覚。
「ノア、後ろ!」
リーナの声に振り向くと、別の男が棍棒を振り上げて飛び込んできていた。
その横から銀色の二本の刃が閃く。
「えいっ!」
リーナの短剣が男の棍棒を、柄の近くで弾き飛ばした。そのままくるりと回って、男の足を払う。男は悲鳴を上げて地面に転がった。
「リーナ、ありがとう」
「どういたしまして! ノア、剣、かっこよかったよ!」
「見てたの?」
「ちょっとだけ!」
戦いはあっという間に終わった。
髭面はバルドの盾に弾き返されて、尻もちをついたところをガルドに首元へ剣を突きつけられていた。残りの男たちもほとんどがイルゼやトビに取り押さえられている。
「……降参だ。降参するから、殺さねえでくれ」
「誰に頼まれた」
ガルドが低い声で問い詰める。
「頼まれたわけじゃ……いや、その……」
髭面は目を泳がせた。
「道で、知らねえ男から、前金をもらった。この谷道に、荷馬車の列が来る。襲って荷を奪えば、残りの金をやると」
「どんな男だった」
「顔は、見てねえ。外套を深くかぶっていて……」
その言葉に、ロベルトがそっと目を伏せた。
ガルドは少し黙ってから、短く言った。
「縛り上げろ。次の関所で、役人に引き渡す」
男たちは手を縛られて、荷馬車の後ろに繋がれた。僕はさっき折れた幅広の剣の柄を拾い上げて、じっと見つめた。
持ち主の手入れが悪かった。ひびの入った剣を、振り回していたのだ。
「ノア」
ガルドが僕のそばに来た。
「待ち伏せに気づいたのは、お前だ。……助かった」
「いえ。皆さんが動いてくれたからです」
「そこは、お前の口癖だな」
ガルドは少しだけ口の端を上げた。それからいつもの無愛想な顔に戻って、先頭へ歩き出す。
谷道を抜けた頃には日が高く昇っていた。
道の先に灰色の高い石壁と、大きな門が見えてくる。壁の上には旗がはためいていた。
「あれが、ヴェルンの関所です」
ロベルトが少し硬い声で言った。
「ここを越えれば、王都までは、もうあと少し。ただ……」
「ただ?」
「関所の役人とは、少々手間のかかるやり取りになるかもしれません」
その言葉の意味を僕はまだ知らなかった。
けれど、リーナが握った拳の隣で、僕も腰の剣の柄をそっと握り直した。
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