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古代遺跡と父の謎 ~僕だけが、初めての経験で強くなれる~  作者: 明日葉 優太
街道と王都編

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第43話 ヴェルンの関所

ヴェルンの関所は灰色の石壁に囲まれた、大きな門だった。


門の前には荷馬車や旅人の列が、長く伸びている。壁の上では槍を持った兵士が行き来して、門の両脇の詰め所からは、役人が出入りしていた。


「ここを越えれば、王都まではあと一日半ほどです」


先頭の馬車の上でロベルトが言った。


「十二日目の昼です。今日のうちに通れれば、十四日目には着けます」


「うん。間に合うね」


リーナがほっとした顔でうなずく。


順番が来ると、荷馬車の列は詰め所の前に止められた。ガルドが縛り上げた野盗たちを引き連れて、前に出る。


「谷道で待ち伏せされた。十人だ。引き取ってくれ」


出てきたのは、背の高い痩せた役人だった。胸に検査官の印をつけている。名前はハイデンというらしい。


ハイデンは野盗たちをちらりと見ただけで、すぐに兵士へ顎をしゃくった。


「連れて行け。取り調べは、こちらでやる」


「待て。こいつらは、知らない男から前金をもらったと言っている。その男のことを――」


「それは、こちらで調べると言っている。護衛が口を出すことではない」


ガルドの言葉をハイデンは遮った。あまりに早い。野盗の髭面がほんの一瞬だけ、ハイデンの方を見た。ハイデンは目をそらした。


――今の、何だろう。


引っかかったけれど、僕は黙っていた。


「次は、荷だ。通行許可証を見せろ」


ロベルトが懐から丸めた書類を取り出して、差し出した。ハイデンは書類を広げ、押された印に目を落とす。それから分厚い帳簿を机の上に開いた。


「……ふむ。この印は、規定の見本と合わんな」


「え?」


「偽造の疑いがある。荷の検査と、印の照合に、三日はかかるだろう」


三日。


ロベルトの顔から血の気が引いた。十二日目に三日足したら、十五日目だ。そこから王都まで一日半かかれば、期限を過ぎてしまう。


「そんな……。この許可証は、マルカの役所で、正式に出していただいたものです」


「それは、こちらで判断する」


ハイデンは声を落とした。


「ただし、急ぐ事情があるなら、書類の手続きを早める方法もある。手数料として、金貨を三枚ほど――」


「お断りします」


ロベルトははっきりと言った。


「規則にない金は一枚も払いません。それが、私のやり方です」


ハイデンの目がすっと冷たくなった。


「そうか。ならば、三日、待つことだな」


詰め所の前に重い空気が落ちた。ガルドの拳が固く握られている。ミレイが不安そうにハンスの袖をつかんだ。


僕は机の上の帳簿を見ていた。


【道具理解】と【仕掛け看破】が、頭の奥で静かに動いている。さっきから、何かが気になっていた。


ハイデンが開いたページの端。


「……ロベルトさん」


僕はロベルトの袖を、そっと引いた。


「あの帳簿、見本の印が載っているページだけ、綴じ糸の色が違います。他のページは、黄色く古びた糸なのに、そこだけ、白くて新しい」


ロベルトの目が見開かれた。


「それに、紙の端も、そこだけ少し厚いです。たぶん、後から足したページです」


「……ノアさん」


ロベルトは静かにうなずいた。それからハイデンの前に進み出る。


「検査官どの。もう一つだけ、お願いがあります。その帳簿の、前の頁も見せていただけませんか。私の許可証と同じマルカの印が、以前にも通っているはずです」


「な……」


ハイデンの顔がこわばった。


「規定の見本が、本物かどうかを確かめたいのです。前の頁と、見比べるだけで構いません。やましいことがなければ、問題ないはずですが」


その時だった。


「何を騒いでおる」


詰め所の奥から白い髭の老人が出てきた。関所長の印をつけている。年は取っているけれど、目つきは鋭かった。


事情を聞いた関所長は無言で帳簿の頁をめくった。何枚か前にはっきりと、ロベルトの許可証と同じ印が押されている。


「……この印は、本物だ。見本のほうが、おかしい」


老関所長の声が低く響いた。


「ハイデン。この頁は、いつ綴じ直した」


「そ、それは……」


「後で、私の部屋に来い」


老関所長はロベルトに向き直った。


「失礼をした、商人どの。通行を許す。荷の検査も、通常の手続きで構わん」


「ありがとうございます」


ロベルトは深く頭を下げた。ハイデンは顔を真っ青にして、詰め所の奥へ消えていった。


ガルドが僕の隣で、ぼそりと言った。


「……今のは、お前か」


「少し、気づいただけです」


「そうか」


それだけ言って、ガルドは前を向いた。その口元が、ほんの少しだけ上がっていた。


その夜はヴェルンの宿に泊まった。


「ノアさん、リーナさん。今日は、本当に助かりました」


夕食の席でロベルトが改めて頭を下げた。


「明日の朝に出れば、十四日目の昼には着けます。もう、大丈夫でしょう」


そう言って、ロベルトは笑った。けれど、僕は昼間の野盗の髭面の目が、頭から離れなかった。


夜更け、宿の二階の窓から外を見ていた。


石畳の通りの向こう。関所の裏口から一つの灯りが、こっそりと出てくる。外套を深くかぶった背の高い影。歩き方に、見覚えがあった。


「ハイデンだ」


「ノア?」


隣でリーナが小声で聞いた。


「リーナ、ついてきて。静かに」


「分かった」


僕は音を立てずに宿を出た。ハイデンの背中が通りの角を曲がる。


――あの人は、どこへ向かう?


そう思った瞬間、世界がふっと止まった。


===============

◆ スキル成長 ◆


【追跡】 Lv1 → Lv2

効果:一度見た相手の逃げる先や、向かう先を、読み取れる

===============


淡い緑の光が視界に広がった。


音が戻ってくる。止まっていた世界が、ふたたび動き出した。


ハイデンの足取りの先が、見える。この通りを抜けて右の細い路地。そして、その奥にある、古い倉庫の裏。まだ見えていないのに、行き先がはっきりと分かった。


「こっち」


リーナと一緒に近道を通って、先回りする。倉庫の裏の路地に身を潜めると、ほどなくしてハイデンの灯りが近づいてきた。


ハイデンは積まれた樽の前で立ち止まった。あたりを見回してから、懐を探って、小さく折りたたんだ紙を取り出す。それを一番上の樽の蓋の下に、そっと差し込んだ。


「……これで、伝わる」


ぼそりとつぶやいて、ハイデンは来た道を戻っていった。灯りが角の向こうに消える。


「手紙を置いていっただけだね」


リーナが囁いた。


「うん。誰かがここに取りに来るんだと思う」


僕は樽に近づいた。蓋の下から紙を抜き取って、広げる。灯りは持っていなかったけれど、暗闇でも見通せる【索敵】のおかげで文字ははっきり読めた。


『失敗。関所長が出てきた。三日の引き延ばしは、不可能。次の指示を待つ』


短い文だった。署名はない。


僕は紙を元通りに折りたたんで、同じ場所へ戻した。持ち去れば、受け取る相手に気づかれる。


その時、蓋の縁に目が止まった。


蓋の上にはうっすらと埃が積もっている。ただ、縁の一部だけ埃が薄く払われて、手の跡が残っていた。


指が長くて、細い。そして、手のひらの跡に革の細かな皺が写っている。


――革の手袋。


背筋がすっと冷たくなった。黒い革の手袋をはめた、背の高い痩せた男。オットーの話が頭をよぎる。


その時、リーナが僕の袖をぎゅっとつかんだ。


「ノア、後ろ。誰か、いる」


振り返ると、路地の奥の暗がりに大柄な影が立っていた。足音はまったくしなかった。ずっと積まれた木箱の陰で、息を殺していたらしい。手には太い棍棒を握っている。


「やっぱり、鼠がいやがったか」


男は低い声で笑った。


「その樽は、触っちゃならねえ決まりでな。見張りを任されてたんだ。……見ちまったな、その中身も」


見張り役だ。あの樽をずっと見張っていたのだ。


「僕たちは、道に迷っただけです。もう、帰ります」


「そうはいかねえ」


男は棍棒を肩に担ぎ直した。


「見たからには、帰すわけにはいかねえ。大人しくしてりゃ、痛い目は見ねえで済むぜ」


「……ノア、逃げる?」


リーナが小さく聞いた。僕は首を横に振る。背を向ければ棍棒は後ろから飛んでくる。


男の肩がわずかに沈んだ。


次の瞬間、棍棒が横から唸りを上げて薙ぎ払われた。


とっさに体を引く。


その瞬間、世界がもう一度、ふっと止まった。


===============

◆ スキル成長 ◆


【見切り】 Lv1 → Lv2

効果:動きの先が、はっきりと読める

===============


緑の光が全身に染み込んでいく。


音が戻ってくる。止まっていた世界が、ふたたび動き出した。


棍棒の軌道が見える。振り抜かれる直前の肩の動き、足の踏み込み、腕の角度。次にどこへ来るのかがはっきり分かる。


僕は半歩だけ横にずれた。


ぶん、と風が鳴って棍棒が空を切る。男の体が前のめりに傾いた。


「リーナ、今!」


言い終わる前に、隣からリーナが飛び出していた。体勢を崩した男の膝の裏に鋭い蹴りが入る。男は情けない声を上げて、地面に転がった。


「逃げよう」


「うん!」


僕とリーナは路地を駆け抜けた。後ろから男が起き上がる気配がしたけれど、追ってはこなかった。


宿に戻って息を整える。


「ノア、あの手の跡のこと、ロベルトさんに言う?」


「ううん。まだ、確かなことは言えない。でも、ガルドさんには、明日話そう」


窓の外はもう静かだった。


王都まで、あと一日半。けれど、黒い手袋の男は、僕たちのすぐそばにいる。


そんな気がして、僕はいつまでも眠れなかった。

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