第31話 新しい相棒
翌朝、僕はリーナにゆすり起こされた。
「ノア、起きて! 剣! 短剣! お店、開いちゃうよ!」
「まだ日も上がりきってないよ……」
窓の外では、水路の水面が朝日を受けて、きらきらと光っていた。寝台の端でリーナが足をばたばたさせている。昨夜の夜更かしなんて、なかったみたいな元気さだ。
階段を降りると、宿の前の石段にピコが座っていた。僕たちを見るなり、ぱっと立ち上がる。
「兄ちゃん、お姉ちゃん! 今日はどこ行くの?」
「武器屋さん。ピコ、安くて、ごまかさないお店を知らない?」
「知ってるよ。港通りの裏の、鉄屋のじいちゃんのとこ。口は悪いけど、安物を高く売ったりはしないんだ」
ピコは得意そうに胸を張って、先頭を歩き出した。
港通りの裏手の路地を、三つほど曲がった先に、その店はあった。看板もなく、鉄を打つ音だけが石壁の向こうから響いている。
扉を開けると、油と鉄のにおいがした。壁一面に剣や槍や斧が、整然と掛けられている。
店の奥の作業台で、白髪の老人が黙々と刃を研いでいた。僕たちが入っても、顔を上げない。
「あの……すみません」
「……剣か」
「はい。片手で使える剣を一本探しています。腰に鞭を下げているので、それと一緒に使えるものがいいんですけど」
老人はようやく手を止めて、ちらりと僕の腰を見た。それから僕の手を見る。
「右手を出せ」
言われるままに差し出すと、老人は僕の手のひらをぐいと開かせて、指の付け根の固い皮を親指でなぞった。
「縄を握ってきた手だな。力任せに振る手じゃない」
「港で、ロープを扱う仕事をしていました」
「だろうな。大剣は要らん。持ち方を見れば分かる」
老人はのそりと立ち上がると、壁の端から一本の剣を外して、作業台に置いた。
飾り気のない、まっすぐな両刃の片手剣だった。刃の長さは肩から指先までほど。片手でしっかり握れる柄の先に、小さな丸い鉄がついている。
手に取った瞬間、不思議なことが起きた。
教えられてもいないのに、どこを握って足をどう開けばいいのかが分かる。【武器の心得】のおかげだ。剣先が自然とまっすぐ前を向いた。
【道具理解】が剣の中身も教えてくれる。重心は握りに近くて、片手でも振り回されない。使い込むほど手になじむ、質のいい鉄だった。
「……いい剣ですね」
「売り物だ。いい剣しか置いとらん」
老人はぶっきらぼうに言ったけれど、口の端がほんの少しだけ動いた気がした。
「裏で振ってみろ」
店の裏の小さな試し場に出ると、藁を巻いた木の杭が何本か立っていた。
右手に剣を持って、左手で腰の鞭を抜く。鞭の先を杭の頭へ絡めて、ぐいと引き寄せながら、同時に剣を真横に払った。
藁の束がすぱりと切れて、地面に落ちた。
「かっこいい! 本当に鞭で引っ張って、剣でばしっ、ってなってる!」
リーナが両手を握りしめて、目を輝かせた。ピコは口をぽかんと開けている。
剣を持つのは今日が初めてだ。それなのに体はちゃんと動いた。ただ、視界の端にあの赤い光は浮かばなかった。きっと本当に誰かと剣で戦う時に、また何かが起きるのだろう。
「いくらですか」
「銀貨十二枚」
「ちょっと高いんじゃ……」とリーナが言いかけると、老人はじろりと睨んだ。
「値切りは受けん。代わりに鞘の革帯はつけてやる」
袋から銀貨十二枚分の重みが消えて、代わりに腰に新しい重みが加わった。鞭と剣、左右のバランスがちょうどいい。
背負い袋の底には母さんの小刀が入っている。あれは戦うための刃じゃなくて、縄を切ったり、木を削ったり、食べ物を切ったりするための、毎晩母さんが研いでいた道具だ。剣を持っても、これからも大事に使っていこうと思った。
「じゃあ、次はリーナの番だね」
リーナは少しだけもじもじしていた。
「あの……私の短剣と同じ長さの、もう一本ってありますか」
老人はリーナの腰の短剣を、一目見た。
「革紐を巻いた握りか。手入れは悪くない」
そう言って、棚の下の箱から、一本の短剣を取り出した。リーナの短剣とほとんど同じ長さと重さの、飾り気のない一本。握りには何も巻かれていない。
「銀貨四枚」
リーナは両手に一本ずつ構えて、くるりと手首を返した。刃がひゅん、と空気を切る。
「……うん。やっぱりしっくりくる」
「二本持ちは扱いが難しい。両手が同じ速さで動かんと、ただの重りになる」
「大丈夫。私、逃げ足だけじゃなくて、手も速いんだから」
「口の減らん小娘だ」
そう言いながらも、老人は棚から細い革紐を一本取って、リーナに放り投げた。
「握りに巻け。滑る」
「いいの?」
「余りもんだ」
リーナは受け取った革紐を、新しい短剣の握りに巻きつけていく。もう一本の短剣に巻かれた、島から連れてきた古い革紐と、並ぶ形になった。
店を出て、僕は袋の中身を数えた。十二枚と四枚で銀貨十六枚。残りは銀貨九枚と、銅貨が少しだった。
「次は、マーサさんのところへ行こう。王都までの道のりを聞いておきたいんだ」
「それと、ごはんの食べられるところも!」
「リーナはそればっかりだね」
扉をくぐった瞬間、リーナが掲示板に向かって一直線に駆け出した。
「ノア、見て! ここ!」
大きな字でこう書かれていた。
――王都行き商隊 護衛募集。
その下に細かい字で条件が並んでいる。陸路十四日、護衛は三組を募る、推奨はレベル六以上、日当は一人につき銀貨二枚、食料と天幕は雇い主持ち。
リーナが「食料」の文字を指さして、ぷるぷると震えていた。
「ごはんがついてくる……!」
「そこなんだ」
「だって、大事でしょ!」
カウンターの向こうで、マーサが眼鏡を押し上げて笑った。
「ちょうどよかった。あんたたちに声をかけようと思ってたんだよ」
「僕たちに、ですか?」
「依頼主は、王都で去年から名前を上げてきた、若い商人でね。ロベルトっていうんだ。あたしも何度か取引したけど、支払いがきれいで、荷を粗末にしない。ずるい手を使わずに、のし上がってきた男さ」
マーサは帳簿をとんとんと指で叩いた。
「荷は布と香辛料で、馬車が五台。護衛は三組で、推奨のレベルは六以上。地下の件で、あんたたちの名前が少し知れたからね。……それに、どうせ王都に行く気なんだろう?」
「どうして、それを」
「昨日、言ってたじゃないか。王都の近くの湖だって」
あれを聞かれていたのか。僕は頭をかきながら、頭の中で計算した。二人で一日銀貨四枚。十四日分で銀貨五十六枚。
「す、すごい金額だ……」
「うわあ、おいらの案内料の、何倍だよ」
後ろでピコがつぶやいた。
「前金は半分の、銀貨二十八枚。残りは、王都に着いてから払うことになってる」
「受けます」
僕とリーナは顔を見合わせてうなずいた。マーサが帳簿にさらさらと名前を書き込んでいく。
「港町ポルトのノア。ルナリア島のリーナ。……はい、確かに」
渡された革袋は、ずしりと重かった。袋を腰にしまいながら、僕は思った。この中からピコには、これまでの案内の分をきちんと渡さないといけない。
「出発は、明後日の朝だよ。北門の前の広場に集合」
マーサがそう言った時だった。ピコがぽつりと言った。
「……十四日、かあ。往復で、一か月くらいかな」
「ううん。王都で用事があるから、しばらくは戻れないと思う」
「ふーん。じゃあ、おいらの案内役も、これでおしまいだね」
ピコはそっぽを向いた。別にさみしくなんかないけど、と小さな声で付け足す。
「ピコ」
僕はピコの前にしゃがんで、目を合わせた。
「出発の朝まで、案内役を続けてくれないかな。最後に、渡したいものがあるんだ」
ピコは少しだけ黙ってから、鼻をこすった。
「……しょうがないなあ」
その時、依頼所の扉が乱暴に開いた。
「おう、ばあさん! 新しい護衛の条件を見に来たぞ!」
「誰がばあさんだい」
大柄な男を先頭に、四人組ががちゃがちゃと鎧を鳴らして入ってきた。使い込まれた鎧に、無数の傷。ひと目で場数を踏んだ人たちだと分かった。
先頭の男が帳簿をのぞき込んで、眉をひそめた。
「待てよ。この名前、まさか子どもか?」
視線が僕とリーナに向く。
「ノアです。よろしくお願いします」
「礼儀のいい坊主だな。出発前に、帰る気はないか? 魔物が出たら、泣くことになるぞ」
後ろの仲間たちがくっくっと笑った。リーナの手が腰の短剣に伸びかけたので、僕はそっと袖をつかんだ。
「泣くかどうかは、その時に決めます」
男はほう、と目を細めて、豪快に笑った。
「口だけは達者だな。足を引っ張るなよ」
四人組はカウンターで手続きを済ませると、また鎧を鳴らして出ていった。
「ガルドの組だよ」とマーサが言った。「腕は確かさ。口の悪さもね」
「むかつく」
リーナが頬をふくらませる。僕は苦笑いしながら、腰の剣の柄をそっと握った。
王都まで、十四日。長い旅になりそうだった。
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