↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古代遺跡と父の謎 ~僕だけが、初めての経験で強くなれる~  作者: 明日葉 優太
風と水路の町編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/45

第30話 光の地図

目を覚ますと、広間はうっすらと青白い光に満ちていた。


膝をついた番人は、昨日と同じ姿のまま、静かに眠っている。その足元の石の板の上で、昨夜の光の線がまだゆっくりと形を作り続けていた。


「ノア……あれ」


隣で目を覚ましたリーナが、かすれた声でつぶやいた。宙に光の地図が浮かんでいた。


細い光の糸が、海の線や、山の線や、川の線を描いていく。その上に、いくつもの点がちらちらと光っていて、そのうちの三つがほかの点よりも強く輝いていた。


見覚えのある形だった。僕は胸元から父さんの手帳を取り出して、島の記録のページの次のページを開いた。


そこには、父さんの右上がりの線で、同じ形の点の並びが描かれていた。丸で囲まれた点は一つだけ。


光の地図の中で、いちばん東の、大きな湖のほとりにある点だった。


「父さんの字がある」


丸の横に小さな字で、こう書かれている。


――王都の湖。


「王都……」


リーナが目を丸くした。


「この国の、いちばん大きな町だよね。王様が住んでて、軍隊がいっぱいいるっていう」


「うん。港で海賊を追っていた軍もきっとそこから来てたんだ」


そう答えた時、背後から、視線を感じた。振り返ると、壁にもたれたシオンが、黙って光の地図を見上げていた。


その目が僕たちとは違う点を見つめている。地図のいちばん北、白く線を引いた山々の中にある、もう一つの強い光。


「……ここか」


聞こえるか聞こえないかの声だった。


「シオンさん?」


「何でもない」


シオンはすぐに視線をそらした。


光の地図は夜通し、そこに浮かんでいたらしい。僕は手帳の余白に、点の位置と海の形を写し取った。


【精密操作】のおかげで、線は思ったよりずっと正確に引けた。写し終えて、石の板に目を向けると、【仕掛け看破】が板の縁にある小さなくぼみを教えてくれた。


「たぶん、ここを押せば、止められます」


指でそっと押し込むと、かちり、と音がして、光の地図がすうっと薄れていった。板の文字の光も消えて、石の板はゆっくりと地面の中へ沈んでいく。


最後には、床の石が元通りに閉じて、そこに何かがあった跡さえ分からなくなった。シオンが小さく目を見開いていた。


地上へ戻る道は、昨日よりずっと長く感じた。


シオンの魔力はまだ戻っていなかった。足取りがふらつくので、僕が肩を貸すと、シオンは嫌そうな顔をしたけれど、振り払いはしなかった。


「……歩きにくい。もう少し、離れろ」


「文句を言うなら、自分で歩いてください」


「ふん。これくらい、一人で歩ける」


二、三歩進んで、よろけて、また僕の肩につかまる。そのやり取りが、なんだか少しおかしかった。


通路の途中で、シオンが足を止めた。外套の内側から、黒い杭を一本、取り出す。


ランプの明かりにかざして、杭の側面をじっと見つめていた。


そこに小さな印が刻まれている。黒い円の中に、細い線が三本。


シオンの顔からすうっと血の気が引いた。


「その印、知ってるんですか」


「……知らん。ただの金属の飾りだろう。見覚えがあるように見えただけだ」


シオンは僕と目を合わせないまま、そう答えた。杭を外套の奥にしまって、僕の肩から手を離す。


「もう一人で歩ける。俺のことは気にせず、先に行け」


嘘だと思った。けれど、聞かなかった。


この人にも話せないことがある。僕にも、リーナにも、あるのと同じように。


井戸のロープをよじ登ると、まぶしい光が目に飛び込んできた。


「兄ちゃん! お姉ちゃん!」


ピコが泣きそうな顔で、僕に飛びついてきた。


「ばか! ばか! 日が暮れるまでには戻ってって言ったのに、夜になっても戻ってこないから、おいら、おいら……!」


「ごめん、ごめん。ちゃんと帰ってきたよ」


僕はピコの頭をくしゃりとなでた。ピコの肩が小さく震えていた。


役所の窓口は、前に来た時よりもずっと静かだった。一昨日の夜の地鳴りのあと、昨夜はぴたりと静かになったので、町の人たちが少しずつ落ち着きを取り戻しているのだ。


窓口の役人は僕の顔を見るなり、目を丸くした。


「戻ったのか。……本当に、戻ったのか」


「はい。古い通路の調査は、終わりました」


僕は写した地図と、許可の札を差し出した。隣でシオンが、外套の内側から杭を取り出して、窓口の机に置いた。


「地下の異変の原因は、これだ。誰かが、わざと守り手の仕組みを狂わせていた。この子たちは、調査の協力者だ」


役人は杭と僕たちを、交互に見た。


「協力者……」


「それ以上は、聞くな」


シオンの声は低くて、有無を言わせなかった。


役人はごくりと喉を鳴らして、うなずいた。それから机の引き出しから、重たい革袋を二つ取り出した。


「エドの依頼の報酬が、銀貨三枚。それに、地下の異変が止まった礼として、町から礼金を渡すよう言われている。銀貨十七枚だ。合わせて、銀貨二十枚になる」


ずしりと重い袋が僕の手に乗った。これで、剣が買える。


隣でリーナが小さくガッツポーズをした。


役所を出て、僕たちはマーサに無事を知らせるために、青い看板の依頼所の扉を開けた。シオンも黙ってついてきた。


受付の机から顔を上げたマーサが、僕たちを見て、ほっと息をついた。


「無事だったんだね。まったく、あんたたちは無茶ばっかりして。……あんたもだよ、愛想のない顔が、ぼろぼろじゃないか」


「うるさい」


シオンは受付の机の前で足を止めた。


「俺は、宿の荷物をまとめたら、町を出る」


外套をはおり直して、シオンは言った。


「北へ向かう」


「北……」


さっき、光の地図で見ていた、あの山々だ。


「ノアたちは、どこへ行く」


「王都の、近くの湖です。父さんの手帳に、印がありました」


「そうか」


シオンは短くうなずいた。それから、リーナの方に目を向けた。


「リーナ」


初めて、名前で呼ばれた。リーナははっとして背筋を伸ばした。


「その文字のことは、誰にも話すな。お前が思っているより、ずっと危ういものだ」


「……うん。分かってる」


「それと」


シオンは僕に向き直った。


「ノア」


「はい」


「次に会った時は、もう一度勝負しろ。頬の傷の分は、きっちり返してもらう。今度は、俺が勝つ」


まっすぐな目だった。冷たいはずのその目に、ほんの少しだけ熱が混じっていた。


「はい。僕も、強くなっておきます」


「口の減らない奴だ」


シオンは、ふん、と鼻を鳴らして、扉の方へ背を向けた。受付の机で、マーサがにやにやと笑っていた。


「あの子が、人の名前を呼んだよ。愛想のない顔でね。あたしゃ、嬉しいねえ」


「うるさい」


シオンは振り返らずに言い捨てて、扉を開けた。


濃紺の外套が、扉の向こうの石畳の通りをまっすぐに遠ざかっていく。足元の砂がふわりと舞い上がって、風がその背中を押した。


その姿が角を曲がって消えるまで、僕とリーナは、黙って見送っていた。


その夜、宿の屋根裏部屋で、僕は父さんの手帳を開いていた。


丸で囲まれた、王都の湖の印。その横の、父さんの小さな字を指でそっとなぞる。


「王都かあ。どんなところだろうね」


リーナが寝台に寝ころびながら言った。


「人がいっぱいで、市場も大きくて、おいしいものも、きっとたくさんあるよ」


「リーナは、すぐ食べ物の話になるね」


「だって、大事でしょ」


僕は笑った。


それから、腰の袋の重みを確かめる。銀貨がたくさん入った袋は今までで一番、ずっしりと重い。


「リーナ。お金が入ったから、片手剣を買いたいんだ。……使っても、いいかな」


「いいに決まってるでしょ。ノアに絶対合ってるから、買おうよ」


リーナは跳ね起きて笑った。それからふと黙り込んで、少し考えるように視線を泳がせた。


「ねえ、ノア。私も、もう一本、短剣を買っていい?」


「どうしたの? 今の短剣、使いづらい?」


「ううん、違うの」


リーナは自分の手のひらを見つめた。


「【連突き】を使った時にね、両手に一本ずつ持ってたら、すごく強くなれる気がしたの。だから、買いたいんだけど……いいかな」


「もちろん。明日、一緒に探そう」


リーナはぱっと顔を輝かせた。


その時だった。


窓の外の向かいの屋根の上に、人影が立っているのが見えた。


背の高い黒い服の人。月明かりの中で、その両手の指先だけが、闇よりも黒く光っていた。


手袋だ。


「リーナ」


「なに?」


僕が声を落とした、その瞬間。人影は屋根の上から、すうっと消えた。


風もなく、足音もなく、最初からそこにいなかったみたいに。窓の外には、ただ静かな夜の町が広がっていた。


【追跡】の感覚を広げても、屋根の上には何の跡も残っていない。【風読み】にも人の気配は引っかからなかった。


あの人は、何者だったんだろう。どうして、僕たちを見ていたんだろう。


胸の奥に小さなとげが刺さったような感じが残った。けれど、追う手がかりはどこにもない。


「ノア、どうしたの? 窓の外に、何かいた?」


「……ううん、何でもないよ。それより、リーナはどんな短剣がいいの?」


僕は手帳をそっと閉じて、笑ってみせた。


「えっとね、軽くて、握りが手になじむやつ! ノアは、どんな剣がいい?」


「鞭と一緒に使いやすい、扱いやすいやつがいいな」


二人で、あれこれと話し合っているうちに、夜はゆっくりと更けていった。


風と水路の町で過ごす夜はおだやかだった。けれど、窓の向こうの暗がりのどこかで、誰かがまだ僕たちを見ているような気がした。


明日、新しい武器を選んだら、王都へ向かう旅が始まる。


あの黒い手袋の影はまた現れるのだろうか。今夜だけは、考えないことにした。

ここまでお読みいただきありがとうございます! 少しでも『面白い、続きが気になる』と思っていただけましたら、下部の【ブックマーク】や【評価】(☆☆☆☆☆)で応援していただけると、執筆の凄すさまじい励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。