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古代遺跡と父の謎 ~僕だけが、初めての経験で強くなれる~  作者: 明日葉 優太
風と水路の町編

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第29話 月の民

広間は静かだった。


膝をついた番人は、もう動かない。胸の核はおだやかな青白い光を、ゆっくりと明滅させていた。


その足元に石の板があった。


大きさは僕とリーナが並んで立てるくらい。表面にはびっしりと古い文字が刻まれている。


シオンが壁にもたれたまま、板をにらみつけた。


「……読めん」


悔しそうな声だった。


「扉の文字とは、系統が違う。一文字も手がかりがない」


僕は板に近づいて、【仕掛け看破】の感覚を広げた。


板の下の方に、手の形をしたくぼみが二つ並んでいる。


「これ、手を置く場所です。二つとも同時に触れないと動かない仕掛けだと思います」


「二つ、同時に?」


シオンが眉をひそめた。僕はリーナと目を合わせた。


島で見た、あの石の板と同じだ。リーナが小さくうなずく。


「やってみよう、ノア」


「うん」


僕は左手を、リーナは右手を、それぞれのくぼみに置いた。左腕の傷が熱を持つ。


青白い光が袖の下から、すうっとにじみ出した。シオンがはっと息をのむ気配がした。


板の文字が一つずつ、光り始める。とくん、とくん、と僕たちの鼓動に合わせて明滅していく。


そして、光の糸が宙に昇った。何本もの細い光が板からあふれ出して、そのうちの何本かがリーナの右腕へ流れ込んでいく。


「あ……」


リーナの目が大きく見開かれた。


「……読める」


「え?」


「読めるよ、ノア。この字、ぜんぶ」


リーナは板を見つめたまま、ゆっくりと声に出し始めた。


「ここは、月の民が築いた、扉の一つ。守り手は、鍵と読み手が来るまで、眠り続ける」


その声は、ふしぎなくらい落ち着いていた。


「眠りを乱す者あらば、守り手は狂い、道を閉ざす」


そこまで読んで、リーナはふっと息を吐いた。


「ここから先は、まだ光ってなくて読めないや」


背後で、どさり、と音がした。振り返ると、シオンが壁から体を起こして、立ち上がっていた。


目が大きく見開かれている。


「……お前」


かすれた声だった。


「なぜ、その文字が読める」


「え? 分かんない。見たら勝手に頭に入ってきたの」


「俺は一晩かけても、扉の文字しか読めなかった。この板は、一文字も読めなかった」


シオンは板の前まで歩いてきて、リーナと光る文字を、交互に見た。


「何年も、あらゆる文献を調べて、ようやくあれだけの文字に辿り着いた。それを、お前は一瞬で……」


言葉が途切れた。シオンの手が小さく震えている。


「……師匠が、探していた文字だ」


ぽつりとこぼれた。


「師匠、ですか?」


「忘れろ」


シオンはすぐに顔をそむけた。けれど、その横顔はいつもの冷たさとは違っていた。


僕はリーナがさっき読んだ言葉を、頭の中で繰り返した。


月の民。


聞いたことのない言葉だった。僕は思わずシオンに尋ねた。


「シオンさんは、月の民という人たちのことを、知っていますか」


「聞いたことがない」


シオンは低い声で答えた。


「どんな文献にも載っていない。名前も、国も、歴史も、何一つ分からん」


それなのに、この遺跡は、その人たちが築いた。


そして、リーナの欄に、最初に浮かんだ文字は「月」だった。僕は横目で、リーナの顔を見た。


リーナは唇を結んで、板の文字を見つめていた。


光の糸はやがて、ゆっくりと薄れていった。板の文字も一つずつ、静かに暗くなっていく。


シオンは番人の足元に落ちていた黒い杭を拾い上げた。


関節から抜けた四本と、背中の一本。それを、ぼろぼろの外套の内側に丁寧にしまう。


「これは、役所に出す。誰かがわざと守り手を狂わせた証拠だ」


シオンは僕たちに背を向けたまま、続けた。


「お前たちのことは、役所には詳しく話さない。文字のことも、その傷のこともだ」


「えっ……いいんですか?」


「借りは返す」


短い言葉だった。


「助けられた。それだけだ」


そう言い捨てて、シオンは番人から少し離れた柱の根元に、どさりと座り込んだ。外套を引き寄せて、顔を伏せる。


しばらくすると、静かな寝息が聞こえ始めた。あれだけ強がっていたのに、限界だったのだ。


「……寝ちゃった」


リーナが小声で言った。


「うん。僕たちも、少し休もう。帰りは明日の朝にしたほうがいい」


僕とリーナは、シオンから離れた壁際に、並んで座った。袖をまくると、右腕に石の破片でついた傷があった。


リーナが持っていた布を水で濡らして、そっと巻いてくれる。


「痛くない?」


「大丈夫。ありがとう」


リーナは巻き終えた布を、きゅっと結んで、顔を上げた。


「ねえ、ノア。さっきの、確かめよう」


「うん」


僕は声を落として、頭の中でステータスを開いた。見慣れた緑色の光が視界に広がる。


===============

名前:ノア

レベル:6

固有能力:【天与の手】 道具を扱う才能に恵まれる

固有スキル:

【道具理解】 初めて触る道具でも、使い方が分かる

【精密操作】 投げる・結ぶ・当てるが正確になる

【即席使い】 その場にある物を、武器や道具として使える

【仕掛け看破】 罠や仕掛けの仕組みを、見抜ける

【武器の心得】 どんな武器でも、基本の構えと扱いが身につく

変換スキル:

【踏ん張り Lv3 MAX】 恐怖の中でも、体が震えなくなる

【平衡感覚 Lv2】 細い足場や不安定な場所でも、走れる

【夜目 Lv2】 暗闇の中でも、色や細かな文字まで見分けられる

【縄抜け Lv1】 締めつけや縛りから、体をひねってすり抜けられる

【武器絡め Lv1】 鞭で、相手の武器を絡め取って、手から奪える

【追跡 Lv1】 一度見た相手の逃げる先を、読み取れる

【毒耐性 Lv1】 毒が、体に回りにくくなる

【風読み Lv1】 風の流れが、肌で分かる

【見切り Lv1】 大きな動きの先が、少しだけ読める

【鞭撃 Lv1】 鞭の先に力を乗せて、一点を鋭く打てる

===============


「レベルは6。新しい固有スキルは、【武器の心得】。どんな武器でも、基本の構えと扱いが、身につくんだって」


「ノアに、ぴったりじゃない」


「でも、武器を持ってないよ。僕、鞭しか使えないし」


「じゃあ、お金が入ったら、買おうよ。ちゃんとした剣とか」


リーナがにっと笑った。


「鞭で動き回って、剣でどーん。かっこいいと思わない?」


「……片手剣、とか?」


「それ! 絶対、似合う!」


僕は少しだけ笑った。戦える力がまた一つ増えた。


そう思うと、胸の奥に小さな灯りがともった気がした。


「リーナは?」


「うん」


リーナは膝を抱えて、宙の一点を見つめた。


「レベルは6。新しい固有スキルは、【空中制動】。跳んでる間に、向きを変えられるんだって」


「すごい。【跳躍】と相性がいいね」


「でしょ」


リーナは嬉しそうに笑って、それからふっと表情を変えた。


「それと、あの欄」


僕は息をひそめた。


「さっき、板に触れた時、文字が増えたの。……『月の』って、読めた」


「月の……」


「うん。その後ろは、まだぐしゃぐしゃのままだけど」


リーナは膝に顔をうずめた。


「ねえ、ノア。さっき板が言ってた、月の民って……この欄と、関係あるのかな。私、島の子なのに。じいちゃんの孫なのに」


声が少しだけ震えていた。僕はリーナの隣で、そっと言った。


「リーナは、リーナだよ」


「……ノア」


「何が分かっても、リーナは、島で笑ってて、僕と一緒に、ここまで来たリーナだ。それは、変わらないよ」


リーナはしばらく膝に顔をうずめたままだった。


それから、ぐすっと鼻をすすって、顔を上げた。


「……ばか。そういうこと、さらっと言わないでよ」


目は赤かったけれど、笑っていた。僕たちは寄り添って、並んで座った。


青白い光が、広間をおだやかに照らしている。


眠る番人。眠るシオン。


そして、静かに光を失っていく、石の板。


その時、板の表面に最後の光が、ひとすじ走った。文字の間から光の線が、すうっと浮かび上がる。


それは、細い糸のように伸びて、宙に見覚えのある形を描き始めた。

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