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古代遺跡と父の謎 ~僕だけが、初めての経験で強くなれる~  作者: 明日葉 優太
風と水路の町編

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第25話 月のうた

その夜、屋根裏部屋が大きく揺れた。


ごとん、と寝台が跳ねる。天井からぱらぱらとほこりが降ってきた。


「な、なに!?」


飛び起きたリーナが、僕の腕にしがみつく。


「地震……じゃない。下から、突き上げられてる」


ゴウン。


ゴウン。


これまで夜ごとに聞こえていた低い音が、今夜ははっきりと床を震わせていた。


階段を駆け下りる足音と、宿のおかみさんの悲鳴が聞こえる。窓の外では、町じゅうの犬が吠えていた。


僕は小さな窓を開けて、外をのぞいた。町外れの石の門のある方角から、冷たい風がゆっくりと流れ込んできている。


【風読み】が肌にそっと教えてくれる。


うずも、流れもない。ただ、深いところから、ふくれあがってくるような冷たさ。


さっきまでより、ずっと強かった。


揺れはしばらくしておさまった。けれど、その夜は二人とも、ほとんど眠れなかった。


朝の役所の前は、人だかりでごった返していた。


「地面が揺れたんだ!」「あの音のせいだろう、早くなんとかしてくれ!」


怒鳴り声が飛び交う中、僕たちは人の波をかき分けて窓口にたどり着いた。


「あの、父の依頼のことなんですが」


眠そうな目の役人が、今日は目の下にくまを作って、書類の山に埋もれていた。


「ああ、エドの息子か。悪いが、今は構っていられん」


「待ちな」


横から声がして、振り向くと、マーサが立っていた。


「あたしが口添えするよ。この子たちは、エドの地図を持ってる。この町で、あの水路の奥を知ってるのは、今はこの子たちだけなんだ」


役人は書類の山の向こうから、ちらりと僕を見た。


「……地図を、持っているのか」


僕は役所の図面の裏に写した地図を、広げて見せた。役人の目が少しだけ大きくなった。


「日没までに戻る、という条件は、取り下げよう。二日以内に戻れ。戻らなければ、探しに人を出す」


「ありがとうございます!」


マーサが僕たちの肩をぽんと叩いて、声を落とした。


「それと、シオンのことだけどね。昨日の夜から、戻ってこないんだよ。依頼所にも、宿にも、顔を出してない」


僕とリーナは顔を見合わせた。シオンは昨日の夜のうちに、奥へ向かうと言っていた。


「気をつけて行っておいで。あの子を見つけたら、愛想のない顔に、あたしが心配してたって伝えておくれ」


「分かりました」


役所を出てから、僕たちは市場で二日分のパンと水、それにランタンの油を買い足した。


昨日の夜の宿代で、手元のお金は銀貨七枚になっていた。買い物のあとには、銀貨五枚と、銅貨五枚。


リーナがぎゅっとお金の袋を握りしめる僕を見て、くすっと笑った。


「ノア、すごい顔してる」


「だって、あと少しでなくなるんだよ。この依頼の報酬、銀貨三枚じゃ全然足りない」


「じゃあ、早く片付けて、もっと稼ごうよ」


古い井戸の前では、ピコが心配そうな顔で待っていた。


「兄ちゃん、お姉ちゃん……昨日の夜の音、すごかったね。路地の子たち、みんな広場に集まって、震えてたんだ」


「大丈夫。ピコも、みんなのそばにいてあげて」


「うん……気をつけて」


僕はピコの頭を、くしゃりとなでた。


井戸のロープを下りて、乾いた石の通路へ入る。


水門の部屋を過ぎて、写した地図を頼りに、結び目の道しるべをたどった。通路の紋様は進むにつれて、少しずつ増えていく。


【追跡】の感覚が、床のほこりの上に一人分の靴跡を拾った。


シオンの跡だ。


歩幅は昨日よりずっと狭い。ところどころ、足を引きずったような乱れがある。


「……疲れてる」


「どうして分かるの?」


「歩き方が、全然違うんだ。無理して進んでる」


リーナは何も言わずに、短剣の柄に手を添えた。


半日以上歩いて、ようやく通路の突き当たりに出た。そこには巨大な丸い扉があった。


天井まで届くほど大きな石の扉だ。表面には五つの石の輪が、重なるように埋め込まれている。


輪には、びっしりと古い文字と、いくつもの月の形が彫られていた。


そして、その扉の前に濃紺の外套が、ぐったりと座り込んでいた。


「……シオン!」


シオンは扉に背を預けて、顔を上げた。


髪は乱れ、目の下のくまはひどく濃くなっている。頬の傷あてははがれかけていた。


足元には使い切った炭と、くしゃくしゃになった紙が、いくつも散らばっている。


「……なんだ、お前たちか」


かすれた声だった。


「予備のランプの油も、そろそろ切れそうだな」


「大丈夫ですか」


「大丈夫に見えるか」


シオンは疲れ切った顔で、小さく笑った。


「帰れ。ここは、お前たちには手に負えない」


「手に負えないって……もしかして、昨日の夜から、ずっと」


「ああ。この扉の文字を、全部読んだ。月の満ち欠けを、順に環へ刻む仕組みだということも分かった」


シオンは扉の石の輪を指さした。


「だが、最後の一文が、分からない。何度読んでも、同じ言葉だ」


僕は扉に近づいて、石の輪を見上げた。シオンがかすれた声で読み上げる。


「月の歌に合わせ、満ち欠けの順に、輪を回せ」


「歌?」


「歌だ。だが、どの歌のことか、どんな文献にも載っていない。歌が分からなければ、輪は動かない」


それは、確かにそう書いてあるのだろう。僕には古い文字は読めない。


けれど、【夜目】Lv2が目に入ってきたものを、僕に教えてくれた。シオンのランプの明かりではとても見えない、細い、細い溝。


輪の縁に髪の毛ほどの深さの線が、いくつも刻まれている。


「あの、この輪の縁に、小さな印があります」


「印?」


「輪のふちに月の形の印が、順番に並んでます。一番外の輪が満月で、二番目が半月。三番目が三日月で、四番目が新月……」


僕は指で輪をなぞった。


「一番内側の輪は、もう一度、満月に戻ってる」


シオンの目が見開かれた。


「そんな細い印が、なぜ見える。ランプの明かりでは、俺には何も――」


「なんとなく、です」


僕は笑ってごまかした。


その時だった。


隣でリーナが小さく口ずさんでいるのに気づいた。


「……満ちた月は、半ばに欠けて」


僕ははっとして振り向いた。


「リーナ?」


「あ、ごめん。なんとなく、この印を見てたら、口が勝手に」


リーナは赤くなって口を押さえた。


けれど、僕の頭の中で何かが、かちりとはまる音がした。満月、半月、三日月、新月、そしてまた満月。


島の月の扉の時と同じ順番だ。


「リーナ、その歌、もう一度歌って。最初から、ゆっくり」


「え、ここで!?」


「お願い。多分、それなんだ」


リーナは戸惑いながらも、すうっと息を吸った。細い、澄んだ声が石の広間に、静かに響いた。


「満ちた月は、半ばに欠けて……」


その瞬間、一番外の石の輪がほんのかすかに、青白く光った。シオンがぴたりと動きを止めた。


「その歌は……どこで知った」


低い、震えた声だった。


「島の子守唄だよ。じいちゃんが、私が泣き止まない夜に、よく歌ってくれたの。誰が作ったのかも、なんで月のことばっかり歌うのかも、誰も知らないんだって」


「誰も、知らないまま……」


シオンは扉を見上げたまま、言葉を失っていた。


何年も、古い文献を読み続けてきた人が、探しても見つからなかった答え。それが、何も知らないまま歌い継がれてきた、島の子守唄の中にあった。


その横顔は、悔しそうにも、少し寂しそうにも見えた。けれど、シオンはすぐに顔を上げた。


「……輪が、光った。歌っている間だけ、輪がゆるむのか」


シオンの声はもう、疲れ切っていなかった。僕は、歌詞を頭の中で数えた。


満ちた月は。半ばに欠けて。細く痩せて。闇に眠り。また満ちて、海を照らす。


「区切りが、五つある。輪も、五つだ」


「歌の一区切りごとに、一つの輪をその月の形に合わせる。そういうことか」


シオンが静かにうなずいた。


「歌が止まれば、輪は固まる。リーナ、最後まで止めるな。俺は、歌詞と月の形が合っているか見る。ノア、お前は輪を回せ」


「はい!」


リーナがもう一度、すうっと息を吸った。


「満ちた月は」


一番外の輪が青白く光って、ふっとゆるんだ。


僕は【精密操作】の感覚を頼りに、輪に手をかけた。満月の印が真上に来るまで、ごり、と重い音を立てて回す。


かちり。


輪は青白く光ったまま、ぴたりと止まった。


「半ばに欠けて」


二番目の輪が光る。半月の印を、真上へ。


かちり。


「細く痩せて」


三日月。かちり。


リーナの声がほんの少しだけ、かすれた。すると光が薄れて、次の輪が石のように固くなった。


「リーナ、止めないで!」


「う、うん!」


もう一度、歌声が響く。光が戻って、輪がすっとゆるんだ。


「闇に眠り」


新月の印を、真上へ。かちり。


「……また満ちて、海を照らす」


最後の輪を、満月に合わせる。


かちり。


五つの輪が、そろった。扉の中心に、小さなくぼみがぽっかりと現れた。


僕は長袖をまくって、左腕をくぼみに近づけた。


傷が熱を持つ。服の下から青白い光があふれ出した。


「ノア!」


「うん」


くぼみに傷を、そっと押し当てる。ごごご、と地の底から響くような音がして、巨大な扉がゆっくりと内側へ開き始めた。


青白い光が扉の隙間からあふれ出す。僕たちは息をのんで、その光の中を見つめた。


扉の向こうは巨大な空洞だった。遥か下まですり鉢のように落ち込んでいて、壁には無数の紋様がびっしりと刻まれている。


その紋様が青白く光っていた。けれど、光はところどころ、赤く濁っていた。


脈打つように、赤が青を飲み込もうとしている。


「……これが、暴走か」


シオンがかすれた声でつぶやいた。


空洞の奥で、何かがゆっくりと動いた。低い、地の底から響くようなうなり声が広間じゅうを揺らした。


僕は鞭を握りしめた。【風読み】が肌に、はっきりと教えてくれる。


冷たい風は扉の奥から、まっすぐにこちらへ吹いてきていた。それは風というより、何かの息づかいのようだった。

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