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古代遺跡と父の謎 ~僕だけが、初めての経験で強くなれる~  作者: 明日葉 優太
風と水路の町編

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第21話 見えない風

依頼所を出ても、リーナの怒りはおさまらなかった。


「なによ、あの態度! 怖がりの素人? 足手まとい? 自分だって、愛想のない本の虫のくせに!」


「リーナ、声が大きいよ。みんな見てる」


「見せときなさいよ!」


石畳の広場の端、噴水のふちに、リーナはどすんと腰を下ろした。ふくらませた頬をぷいと横に向ける。


僕も隣に座った。


腹が立つ気持ちは僕にもある。でも、それ以上にシオンの言葉が、頭から離れなかった。


足手まといが死んでも、助けない。


あの男には、返してもらわなければならないものがある。


「……ねえ、ノア」


リーナがふと声を落とした。


「あいつ、レベル8って言ってたよね。私たち、実際のところどれくらい戦えるんだろう」


「どうだろう。ちょっと確かめてみようか」


僕は頭の中で、ステータスを開いた。


===============

名前:ノア

レベル:5

固有能力:【天与の手】 道具を扱う才能に恵まれる

固有スキル:

【道具理解】 初めて触る道具でも、使い方が分かる

【精密操作】 投げる・結ぶ・当てるが正確になる

【即席使い】 その場にある物を、武器や道具として使える

【仕掛け看破】 罠や仕掛けの仕組みを、見抜ける

変換スキル:

【踏ん張り Lv3 MAX】 恐怖の中でも、体が震えなくなる

【平衡感覚 Lv2】 細い足場や不安定な場所でも、走れる

【夜目 Lv1】 暗闇の中でも、物の形が見える

【縄抜け Lv1】 締めつけや縛りから、体をひねってすり抜けられる

【武器絡め Lv1】 鞭で、相手の武器を絡め取って、手から奪える

【追跡 Lv1】 一度見た相手の逃げる先を、読み取れる

【毒耐性 Lv1】 毒が、体に回りにくくなる

===============


こうして並べてみると、島を出たばかりの頃より、ずいぶん増えた。


「えっと……僕は、レベル5。変換スキルが七つ。でも、攻撃に使えるスキルは一つもないんだ」


「私は、レベル5で、【連突き】があるよ。ノアと違って、ちゃんと攻撃できる!」


リーナが少しだけ得意そうに胸を張る。


僕は画面の一番下の方に、目を止めた。


【武器絡め】。


鞭で相手の武器を絡め取って、手から奪える。便利な力だけれど、武器を持っている相手にしか働かない。


あの人は剣も杖も持っていなかった。


もし、あの冷たい風があの人の力だとしたら。風は絡め取れない。


「……リーナ。あの人のこと、もう少しだけ調べてみたい。ピコが言ってた、地下の入口に行ってみよう。入るんじゃなくて、外から見るだけ」


「見るだけ、ね。……いいよ。あいつの顔、もう一度見てやりたいし」


「そっちが目的なの?」


路地でピコを見つけて、案内を頼んだ。


町外れまで、石畳の道はだんだん細く、さびしくなっていった。人の声が遠ざかって、代わりにひやりとした空気が、足元からのぼってきてくる。


「ここだよ」


ピコが立ち止まって、指をさした。


古い石の門だった。


苔におおわれた二本の柱の間に、地下へ下りていく石の階段がぽっかりと口を開けている。入口には、役所の太い縄が張られ、「立入禁止 調査中」と書かれた木の札が風に揺れていた。


階段の奥から、ひゅう、と細い風が吹き上げてくる。


夏だというのに、頬が冷たくなるほどの風だった。


「おいら、ここまでしか行けないよ」


ピコはそう言って、近くの木箱の陰にさっと隠れてしまった。


僕は門の柱に目をやった。


石の表面に細い線が、いくつも刻まれている。


ルナリア島の遺跡で見たものとよく似た紋様だった。


そして、その柱の前に、一人の青年が立っていた。


濃紺の外套。銀に近い灰色の髪。


シオンは左手に古い本を開いて、右の手のひらを柱の紋様に押し当てていた。


僕たちの足音に気づいたのか、シオンは振り返らないまま、口を開いた。


「……つけてきたのか」


「つけてなんかないわよ!」


リーナがすぐに言い返す。


「道がたまたま同じだっただけ!」


「町外れの行き止まりまで、たまたまか」


シオンは本を閉じて、ゆっくりと振り向いた。


僕は一歩前に出た。


「教えてください。父さんが十二年前、ここで何をしていたのか。あなたは、何を知っているんですか」


「何も知らない。名前と、字を知っているだけだと言ったはずだ」


「でも、返してもらうものがあるって」


「それは、お前が知らなくていいことだ」


取りつく島もない。それでも僕は引き下がらなかった。


「僕は、地下に降ります。父さんが調べていた場所だから。この目で、確かめたいんです」


シオンの目がすっと細くなった。


「降りて、どうする。お前に、何ができる」


「……分かりません。でも、行きたいんです」


「地下には、お前たちの手に負えないものがいる。足手まといに死なれると、目障りだ」


シオンが外套の前を、静かに払った。


「通りたければ、俺を退けてみろ。……できるものならな」


その右手がゆっくりと持ち上がった。


何も握っていない。ただ、手のひらを僕たちに向けただけだ。


それなのに、足元の砂がさらさらと動き始めた。


外套の裾がふわりと持ち上がる。シオンの周りの砂が小さなうずを巻いて、舞い上がっていく。


風だ。


見えないのに、確かにそこにある。


「ノア、下がって!」


リーナの金色の髪がふっと揺れた。次の瞬間には、もう地面を蹴っていた。【急加速】。


リーナの体が砂の上を、矢のように滑っていく。短剣を低く構えて、一直線にシオンの懐へ――。


どんっ、と何かにはね返された。


リーナの体が宙に浮いて、僕の頭の上を後ろへ吹き飛んでいく。


「リーナ!」


リーナは空中で体をひねって、石畳の上にごろごろと転がった。すぐに跳ね起きたけれど、短剣を握る手が悔しそうに震えている。


「なに、今の……! 壁にぶつかったみたい!」


見えない壁だった。


僕は腰の鞭を抜いた。【精密操作】の感覚が腕に満ちてくる。狙うのはシオンの右手だ。


腕を振り、縄を放つ。


縄はまっすぐ、シオンの手首へ飛んでいって――。


手前で、くにゃり、と曲がった。


見えない何かに横から叩かれたように、縄の先が大きく逸れる。力の抜けた縄が地面に落ちて、からんと転がった。


武器を絡め取る以前の問題だった。


縄が、届かない。


「それで、終わりか」


シオンの声は少しも乱れていなかった。


右の手のひらが軽く横に払われた。


風が、うなった。


体の真ん中に、巨大な拳でなぐられたような衝撃がたたきつけられる。息が一気に口から抜けた。


足が地面から離れた。


【踏ん張り】が踏みとどまろうと、足の裏に力を込める。でも、風の勢いがそれを上回った。


背中から石の柱にたたきつけられる。


「ぐっ……!」


目の前がちかちかと白くなった。それでも、膝は折れなかった。


怖さで震えているのは膝じゃない。心臓だ。どくん、どくんと胸の内側で暴れ回っている。


その時だった。


視界の真ん中に赤い光が浮かび上がった。


===============

◆ 経験変換 ◆


「初めての、魔法を受ける体験」を検知


力に変えますか?

① 【風読み】 風の流れが、肌で分かる

② 【魔法耐性】 魔法で受ける傷が、少しだけ軽くなる

③ 【受け流し】 受けた衝撃を、体をひねって逃がせる

===============


初めて、魔法を受けた。


【経験変換】がそれを力に変えてくれようとしている。


②か③を選べば、きっともう少し楽に耐えられるようになる。


でも、耐えるだけでは、一歩も前に進めない。


この人に手も足も出なかった。それは、あの風が僕には見えなかったからだ。


見えるようになれば。


「……①だ」


選んだ瞬間、腕にざわりと鳥肌が立った。


さっきまでただの寒さにしか感じなかった空気が、細い筋になって全身をなでていくのが分かる。


シオンの手のひらから風が広がっていく。


まっすぐ外へ。けれど、それはただ吹き飛ばしているわけじゃなかった。


風はシオンの体の周りを、ぐるりと右回りに回っている。


うずだ。


砂や外套が舞うのは、このうずに巻き込まれているからだ。そして、そのうずの外側を回る風の筋は、手のひらの前よりもずっと緩やかだった。


「ノア、大丈夫!?」


リーナの声が聞こえる。


僕は柱から体を起こして、鞭を握り直した。


「……リーナ、もう一度だけ、投げさせて」


シオンがわずかに眉をひそめた。


「まだ、立つのか」


右手がまた持ち上がる。


風が僕の正面に集まってくるのが、肌で分かった。その風に向かって鞭を投げても、さっきと同じだ。


だから、僕が狙ったのはシオンじゃなかった。


シオンの右の、少し外側。


何もない空間だ。


腕を振る。縄がしなりながら宙を走る。


風が縄を受け止めた。


さっきなら、そこで縄は逸れていたはずだ。でも、今は違う。僕は風の流れの上に、縄をすっと乗せていた。


縄が風に運ばれる。


うずに沿って、大きくゆるやかな円を描いて。シオンの右から後ろへ、そして左の側面へ。


「……っ!」


シオンが初めて顔を動かした。


縄の先がぱしっと、その頬をかすめる。


風がぴたりと止んだ。


舞い上がっていた砂がさらさらと地面に落ちる。外套の裾が力なく垂れ下がる。


静かだった。


シオンはゆっくりと、左手の指先を自分の頬に当てた。


離した指先に、細い赤い線がうっすらとついている。


シオンはそれを、じっと見つめていた。


それから、僕に目を向けた。


「……今のは、偶然か」


心臓はまだ、うるさいほど鳴っていた。手のひらは汗でびっしょりだ。


偶然じゃない。でも、【経験変換】のことはこの人には言えない。


「……偶然じゃ、ないです」


僕はそれだけを、しぼり出した。


シオンはしばらく黙っていた。


切れ長の目に、さっきまでの冷たさとは少し違う色が、ちらりと浮かんだ気がした。


「たった一度、かすめただけで、いい気になるな」


けれど、その声は、さっきよりも少しだけ低かった。


「次は、通じない」


シオンは本を脇に抱え直して、外套の裾を翻した。


すれ違いざま、足を止める。


「地下に降りたいなら、役所で許可を取れ。その縄を勝手にまたぐな」


それだけ言い残して、シオンは砂の道を遠ざかっていった。


姿が見えなくなって、ようやく僕はその場にへたり込んだ。


「ノアぁぁ!」


リーナが駆け寄ってきて、僕の肩をばしばしと叩く。


「痛い痛い! 背中、さっき打ったところだから!」


「やったじゃん! あいつの顔に、傷つけた! ざまあみろ、って感じ!」


「かすめただけだよ。それに、また撃たれたら、何もできないと思う」


僕は笑おうとして、うまく笑えなかった。


「……でも、分かったことがある。あの人の風は、うずを巻いてるんだ。それが【風読み】で、分かった」


「風読み?」


「さっき、【経験変換】が来たんだ。初めて魔法を受けた体験を、力に変えた」


リーナが目を丸くして、それからにっと笑った。


「やっぱり、ノアのその力、ずるい」


僕は息を整えながら、立ち上がった。


石の門の奥からはまだ冷たい風が吹き上がってくる。


その風に肌を向けてみた。


さっきのシオンの風とは、どこか違う。


うずも、流れもない。ただ、深い、深いところから、じわじわと染み出してくるような、冷たさだった。


「……リーナ。この風、あの人のとは違うよ」


「え?」


「うまく言えないけど。もっと、古くて、冷たい」


階段の奥の暗がりは、何も答えてくれなかった。


けれど、父さんは十二年前に、この闇の奥を見たのだ。

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