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古代遺跡と父の謎 ~僕だけが、初めての経験で強くなれる~  作者: 明日葉 優太
はじまりの島編

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第14話 島を出る日

扉を内側から押し開けると、外の森は白い朝もやに包まれていた。


夜ごと青白く光っていた森の奥は、もう光っていなかった。


あれだけいた狼たちの姿もどこにも見当たらない。その代わりに、木々の枝のあちこちから小鳥のさえずりが降ってくる。


朝の光がこんなにまぶしいものだったなんて、知らなかった。


僕とリーナはどちらからともなく、大きく息を吐いた。


ただ、二人とも泥だらけだった。


僕の服は大蛇のうろこに裂かれてぼろぼろで、リーナの額には柱にぶつけた時の大きなこぶができている。


「……ねえ、ノア」


森の中の道を歩きながら、リーナがぼそりと言った。


「じいちゃんに、なんて言えばいいと思う? 夜中に抜け出して、禁足地の奥まで入って、でっかい蛇と戦ってきました、って」


「それ、そのまま言ったら、僕たち二人とも、島から追い出されるかもしれないね……」


「だよね……」


二人で同時にため息をついた。


そうして森を抜け、村の入口が見えてきた時、僕たちは思わず足を止めた。


村の入口に人だかりができていたのだ。


島の男たちがそれぞれ松明や銛を手にして、今にも森へ駆け出そうとしている。そして、その先頭には、杖をついた白いひげの村長が立っていた。


すると、村長がこちらに気づいた。


次の瞬間、村長は手にしていた杖を放り出して、駆け寄ってきた。年寄りとは思えない速さだった。


「リーナ!」


村長はリーナを、両腕でぎゅっと抱きしめた。


「じいちゃん、ちょっ、苦しい……」


「この、馬鹿者が……! どれだけ、どれだけ心配したと思っとるんじゃ……!」


村長の声は震えていた。リーナの肩に顔をうずめた白いひげが、小刻みに揺れている。


リーナは何か言い返そうとして、やめた。それから、村長の背中にそっと腕を回した。


「……ごめんなさい、じいちゃん」


しばらくして、村長はリーナから体を離した。そして、ゆっくりと僕のほうへ向き直った。


その目は、昨日の夜、縁側で頭を下げた時と同じ目をしていた。


「……お前に、頼んだはずじゃな」


村長の声は静かだった。けれど、それが怒鳴られるよりも、ずっと胸に刺さった。


「あの子を、あそこへ連れていかんでくれと」


心臓がどくんと跳ねた。喉がからからに渇いていく。


それでも、目は逸らさなかった。


「はい。約束を守れなくて、本当にすみませんでした」


僕は深く頭を下げた。


「でも、夜中に、リーナが一人で森へ入っていくのを見たんです。一人で行かせたら、きっと戻ってこられなかった。どうしても、放っておけなかったんです。……どんな罰でも、受けます」


長い、長い沈黙だった。


やがて頭の上に、何かがそっと置かれた。しわだらけの、温かい手だった。


「……わしは、あの子を失いたくないと言った」


村長がぽつりと言った。


「お前は、あの子を連れて帰ってきた。それで、十分じゃよ」


顔を上げると、村長はほんの少しだけ目元を緩めていた。


その日の昼、村の広場に島の人たちが集まった。


僕とリーナは広場の真ん中で、昨夜のことを話した。


禁足地の奥にあった、光る柱の広間のこと。夜ごとの光の正体が、その柱だったこと。広間を守っていた大きな番人が、何かに暴れさせられていたこと。そして、その番人が今は静かな石の姿に戻って、眠っていること。


話が進むにつれて、島の人たちがざわめき始めた。


「じゃあ、あの光は、祟りじゃなかったってことかい」


「あそこは、島を守ってた場所だったのか……」


「ずっと、怖がってたのにねえ」


やがてざわめきが静まった頃、村長が杖をついて、広場の真ん中へ進み出た。


「皆に、言わねばならんことがある」


その声に、広場がしんと静まり返った。


「わしは、十五年間、皆に嘘をついておった」


村長は隣に立つリーナの肩に、そっと手を置いた。


「この子は、浜で拾った子ではない。十五年前、あの禁足地の入口の前で、泣いておったんじゃ。本当のことを言えば、皆はこの子を、祟りの子と呼んだじゃろう。それが怖くて、わしは、ずっと隠しておった」


広場がどよめいた。リーナはぎゅっと唇を噛んで、うつむく。


「じゃが」


村長の声が広場に響いた。


「この子は、祟りなんぞではない。あの場所に眠っていた番人を鎮めて、島を守ってくれた子じゃ。わしの、自慢の孫じゃ」


誰も、何も言わなかった。


すると、その静けさの中で、一人の女の人が人垣から進み出た。


見覚えがあった。


僕がこの島に来た日、村長の家の前で、「やっぱり、海から来た子は、どこか違うのかねえ」と囁いていた人だ。


その人はリーナの前に立つと、深々と頭を下げた。


「リーナちゃん、ごめんね。何にも知らないで、ひどいことを言ってた。……ありがとう、島を守ってくれて」


リーナがはっと顔を上げた。


何か言おうとしたけれど、言葉にならない。唇をぎゅっと噛んで、目をぱちぱちさせている。泣くのを必死にこらえているのだ。


その女の人に続くように、一人、また一人と、島の人たちがリーナの周りに集まってきた。


「ありがとうね」「よく頑張ったな」「怪我は大丈夫かい」。いくつもの声が、リーナを包んでいく。


それは、島でずっと浮いていた子が、初めて島の子として受け入れられた瞬間だった。


僕は少し離れたところから、その光景を見ていた。なぜだか胸の奥が、じんと熱くなった。


夕方になると、村長の家に島の人たちが次々とやってきた。


干した果物の入った籠。干し魚の束。それから、小さな布の袋。


村長はその袋を、僕の手のひらに載せた。ずしり、と思った以上の重みがあった。中で銀貨がちゃりんと鳴る。


「旅には、何かと金がかかるじゃろう。島の者たちが、少しずつ出し合ったものじゃ。大した額ではないが、受け取ってくれ」


「こんなに……」


僕は言葉に詰まった。


小さな島だ。誰もが裕福なわけじゃない。


それでも、みんなが少しずつ出し合ってくれたのだ。


「ありがとうございます。大事に、大事に使います」


港で何年もかけて貯めた銀貨よりも、この袋の銀貨のほうがずっと重く感じた。


その夜、僕は縁側の隅で、星を見上げていた。


少し離れたところでは、リーナが村長と向き合って座っていた。


盗み聞きをするつもりはなかった。けれど、静かな夜には、二人の声が自然と耳に届いてしまう。


「じいちゃん」


リーナの声はいつもの元気な声とは違って、とても静かだった。


「私、ノアと一緒に、島の外へ行きたい」


村長は何も言わなかった。


「あのね、じいちゃん。ずっと、言えなかったことがあるの」


リーナは膝の上で両手を握りしめたまま、うつむいた。


「私のステータスにはね、固有能力の下に、誰にも読めない字で書かれた欄があるの。小さい頃から、ずっと。島の外から来た子だって、もっと言われる気がして、じいちゃんにも話せなかった」


村長がわずかに目を見開いた。


「でも、禁足地の奥の石の板に、ノアと二人で触れたら……最初の一文字だけ、読めるようになったの。『月』って」


「……月、か」


村長がかすれた声でつぶやいた。


「あの石の板が見せてくれた地図の先に、私がどこから来たのか、答えがある気がするの。もっと先へ行けば、もっと読めるようになって、もっと分かる気がするんだ」


そこで、リーナの声が少しだけ揺れた。


「……育ててくれたじいちゃんを、一人で置いていくのは、すごく怖い。ひどいことをしてるって、分かってる。でも、それでも、知りたいの」


村長はしばらく黙って夜空を見上げていた。それから、ゆっくりと口を開いた。


「あの子守唄はな、この島に、ずっと昔から伝わっておるものじゃ」


リーナが顔を上げた。


「誰が作ったのかも、なぜ月のことばかり歌うのかも、もう誰も知らん。わしも、母親から聞いて覚えただけじゃった。……じゃが、まさか、あの扉を開ける答えが、あの唄の中に隠れておったとはのう。島の者は、ずっと昔から、知らぬうちに、あの場所と繋がっておったのかもしれん」


そう言って、村長はふっと懐かしそうに目を細めた。


「お前を拾った夜のことを、今でもよく覚えとる。どれだけあやしても、お前は泣き止まんかった。困り果てて、あの子守唄を歌ってやったら、お前は、すうっと眠ったんじゃ」


村長はリーナの頭に、そっと手を置いた。


「まるで、ずっと前から、その唄を知っておったみたいにな」


リーナの肩が小さく震えた。


「……行っておいで、リーナ」


村長の声は穏やかだった。


「お前の名前は、わしが付けた。どこへ行っても、それだけは忘れるでないぞ」


その言葉で、リーナはもう泣くのをこらえなかった。


村長の胸に顔をうずめて、子どもみたいに声を上げて泣いた。村長は何も言わずに、その背中をゆっくりとさすり続けていた。


僕はそっとその場を離れた。


自分の部屋に戻ると、僕は小さな机に向かった。


母さんとの三つの約束の一つ目。町に着くたびに、手紙を寄越すこと。


ここは町じゃないけれど、それでもちゃんと書いておきたかった。


何を書こうか、長いこと迷った。


書きたいことは、山ほどあった。番人のこと、光の地図のこと、父さんの残した杭とロープのこと。けれど、どれもうまく言葉にならなかった。


だから結局、書けたのは、短い手紙だった。


――母さんへ。生きてます。


――島で、リーナという子と出会いました。父さんのことも、少し分かりました。


――これから、次の場所へ行きます。


――約束は、三つとも守ります。


字は相変わらず汚かった。でも、母さんなら、きっと笑って読んでくれる。


この島に交易船が寄るのは、七日に一度だけだ。


それから数日が過ぎ、僕が島に来て、ちょうど七日目の朝。ハーゲン船長の船が、再び島に寄った。


桟橋に降りてきた船長は、僕とリーナの顔を見比べて、片方の眉をわずかに持ち上げた。


「……ほう。生きてたか、坊主。おまけに、連れが一人増えてるな」


「船長、お願いがあるんです」


僕は母さんへの手紙を差し出した。


「これを、港町の母さんに届けてもらえませんか。それと……次の港まで、僕たち二人を乗せてもらえませんか」


船長は手紙を受け取って懐にしまうと、僕たちをじろりと見下ろした。


「二人分の船賃は、安くないぞ」


「それなんですけど……」


僕は島の人たちがくれた袋を、そっと握りしめた。この銀貨は、できるだけ大事に使いたい。


「船の仕事、何でも手伝います。荷運びでも、ロープの手入れでも、甲板の掃除でも。だから、船賃を、少しだけまけてもらえませんか」


船長はしばらく黙って、僕を見ていた。それから、ふん、と鼻を鳴らした。


「……ロープの手入れができる奴は、うちの船には一人でも多く欲しいところだ。嬢ちゃん、お前は何ができる」


「え、えっと……走るのは、誰よりも速いです! あと、高いところも平気!」


「なら、帆柱の上の見張りでもやってもらうか」


そう言うと、船長はくるりと背を向けて、船へ戻っていった。


「出航は昼だ。遅れたら置いていく」


リーナがぱっと僕の顔を見た。それから、二人で思わず小さくこぶしを握り合った。


昼になると、桟橋には島じゅうの人たちが見送りに集まっていた。


村長は杖をついて、一番前に立っていた。


広場でリーナに謝った女の人も、干し魚をくれた漁師のおじさんも、みんな手を振っている。


やがて綱が解かれ、船がゆっくりと桟橋を離れていく。


リーナは船べりに立って、大きく、大きく手を振った。


泣いてはいなかった。昨日の夜にもう全部、泣ききったのだろう。


金色の髪を潮風になびかせて、リーナはいつもの強気な笑顔で、島に向かって叫んだ。


「じいちゃーん! 行ってきまーす! 絶対、絶対、帰ってくるからねー!」


すると、村長が杖を高く掲げて、それに応えた。


島がだんだんと小さくなっていく。


白い砂浜も、深い緑の森も、切り立った崖も、やがて水平線の上の、小さな点になった。


それでもリーナは、しばらく船べりから離れなかった。だから僕は何も言わずに、その隣に立っていた。


「……ノア」


やがてリーナが、ぽつりと言った。


「私、島の外の海、初めて見る」


その声は少しだけ震えていた。怖いのか、それとも、別の何かなのか。きっと両方なのだと思う。


僕は前を向いた。船の進む先には、どこまでも青い海と空が続いている。


港町の桟橋から、毎朝眺めていた水平線。その内側に初めて立ったのは、ほんの少し前のことだった。


そして今、僕はそのさらに先へ向かっている。


「僕も、ここから先は、全部、初めてだよ」


胸の奥で心臓が、とくとくと鳴っていた。怖い。やっぱり、怖い。


けれど、それだけじゃなかった。


「……怖いけど、ちょっとだけ、楽しみだ」


リーナがこちらを見て、にっと笑った。


「うん。私も」


潮風が僕たちの背中を、そっと押していた。

第14話で一章は終わりとなります。

ノアやリーナは、どこまで成長していくのか、

私も書きながらワクワクしています。


ここまでお読みいただきありがとうございます! 少しでも『面白い、続きが気になる』と思っていただけましたら、下部の【ブックマーク】や【評価】(☆☆☆☆☆)で応援していただけると、執筆の凄すさまじい励みになります!

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