33. 五年後(アスター視点)
「アスター! 聞いて!」
クロエと面会したエラは頭から湯気を出すように、俺に駆け寄ってきた。
ここは王都外れの修道院――クロエが収監されている場所だ。
クロエが出頭してから、五年が経っていた。
クロエの裁判は、長引いた。
貴族殺害は慣例上、死罪だ。
クロエは、エラの父親であるシモンズ伯爵殺害の罪に問われ、アルバート・グレイ弁護士の弁護を受けた。
そして、自分がかつて商品として扱われた公爵へエラまで渡されることを防ぐための犯行だったことや、エラが独立できるまで伯爵家を存続させようと、破綻寸前の家計をなんとか維持していたことなどが新聞で報じられ、世間の同情を集めた。
陪審員の間では無罪を求める声さえ上がった。
それでも、本人が殺害を認めている以上、罪そのものをなかったことにはできなかった。――結局、最終的に、死罪は免れ、『修道院における奉仕活動二十年』が言い渡された。
それが相応しい判決なのかどうかは、俺には判断できない。
けれど――修道院から出ることはできないが、エラやグレイ夫妻、友人などとの修道院内での面会はある程度自由に認められている。
エラは休みのたびに修道院を訪れているので、それはよかった。
エラは俺の服の袖を引っ張った。
「ちょっと、聞いてる? クロエってば、私にはマーメイドラインのドレスは合わないっていうのよ」
俺は「ああ、聞いてるよ」と頷いた。
五年経った今、エラはグレイ家を辞め、現在は俺の実家の雑貨商を手伝っている。
父と母は、「店はエラがいればいいから、お前は新聞でも書いてろ」とまで言っている。
そして――俺とエラは今度、結婚式を挙げる。
「『マーメイドラインは、私くらいの背がないと似合わないわ』だって。確かに私はクロエより背は低いけれど、それでも世間では高い方よ」
エラはクロエに結婚式のドレスをどのデザインにするかを相談してきたようだ。
「――それで、クロエはどのドレスがいいって?」
「プリンセスライン。『あなたは、お姫様みたいだから』って」
エラは俺を見つめた。
「……プリンセスラインにするわ」
俺は思わずずるっとこけた。
「何だ、それは。結局、クロエの薦めるデザインにしたんだな?」
「ええ。だって、クロエはセンスがいいでしょう?」
俺は頭を掻いた。
さっき怒っていたのは、何だったんだ。
いろいろと聞きたいことは頭の中を回るが、俺は言葉を飲み込んだ。
「――とにかく、ドレスのデザインは決めたんだな。じゃあ、それで進めよう」
「ええ。――来週はクロエに髪型の相談をするわ」
「わかった――好きにしてくれ」
エラは俺を見上げた。
「――アスターは、お墓参りは終わったの?」
「ああ」
俺は後ろを振り返った。
王都の直轄修道院であるこの建物の裏には、共同墓地がある。
身寄りのない者、犯罪者――そんな者はここへ葬られる。
そして、ここには“切り裂きリック”の墓もあった。
そしてこの五年間に『切り裂きリック』の事件にも進展が見られた。
俺は孤児院と《銀月の大広間》の過去のやりとりを調査した。
口を閉ざしていた女主人は、クロエの肖像画を見せると嗚咽した。
――手のひらほどの絵画に描かれた、無防備な姿でこちらを睨みつけるように見つめる黒髪の少女。その視線には、人を動かす何かがあった。
女主人は過去の記録を提供してくれた――俺はそれと、孤児院の記録を照合した。
――その結果、第一の被害者であった『レベッカ』とリックは親子と思われるという結論に至った。そして、公爵邸からレベッカが戻された時期を考えると、リックはレベッカと公爵の子どもである可能性が高いこともわかった。
第一の被害者レベッカとリックの間に関係があったこと、そしてレベッカの遺体だけは衝動的に刺された形跡があり、猟奇的に解体されていた他の被害者とは状態が異なっていたことから、警察はトマス警部を中心に再調査を始めた。
その結果、レベッカ以外の被害者については、リックではなく、別人による犯行と判断された。
再捜査では当時の診療記録や証言も改めて洗い直され、三人が殺害された夜、娼婦街に出入りしていた一人の外科医が捜査線上に浮かんだ。
そしてついに、事件から八年が経った先日、その外科医が犯人として逮捕された。
結局、レベッカを殺したのはお前だった。――けれど、お前は連続殺人犯ではなかった。
俺は事件の一区切りとして、今日は修道院を訪れるついでにリックの墓に花を供えた。
クロエは公爵について、『最悪の客だった』と法廷で語っていた。
『私は黒髪だったせいか、早く返された。幸運だった』とも。
公爵邸に長く留められた少女の中には、その後、心身の調子を崩した者も少なくなかったようだ。
長い期間公爵邸にいたレベッカは、《銀月の大広間》へ戻されリックを産んだ後、仕事を続けられなくなり、出身地へ返された。
――しかし、また王都に戻ってきて、貧民街で酒浸りになり、その日その日、客を取って暮らすようになった。
なぜリックがレベッカを殺したのかは定かではない。
貧民街で酒浸りになり、その日暮らしで客を取っていたレベッカだが、殺される直前リックが演じる演劇を鑑賞しに行ったという証言を聞いた。
リックとはそこで接点ができたのかもしれない。
しかし、二人の間にどんな会話がなされたのか、誰も知る由もない。
レベッカについて調べる中で、俺は、俺を孤児院に預けた母親についても知ることになった。やはり、俺とリックは同じ経路で同じ孤児院に送られていた。
俺の母親は《銀月の大広間》にいて、レベッカと同じく、公爵邸に送られ、身籠って戻ってきた少女――名前は、クロエ。
このことは、エラにも、誰にも言うつもりはないし、公にするつもりもない。
彼女――クロエと、そのことについて話したこともない。
ただ一度だけ、クロエに唐突に聞かれたことがある。
エラと結婚することを報告に行ったときだ。
『……あなたの名前は、星にちなんでいるわよね。誰がつけたの?』
彼女の視線は、俺の首にある星座の形の黒子に注がれていた。
『父母がつけてくれました。――この黒子が星座のようだから、と』
あえて、養父母とは言わなかった。
俺にとっての父さんと母さんは、俺を育ててくれた二人だから。
俺は付け加えた。
『……この黒子、気に入ってるんですよ』
クロエは静かに目を伏せて、微笑んだ。
『……そう』
それから、俺の肩をたたいた。
『エラをお願いね』
俺は、「はい」と頷いた。
「アスター! どうしたの?」
エラの声で、俺ははっとして彼女を見つめた。
それから笑った。
「お姫様のドレスか。君にぴったりだろうな」
「楽しみにしていて」
エラはにっこりと微笑んだ。
俺たちは今度、この修道院で結婚式を挙げる。
クロエにも出席してもらえることになった。
きっと、お姫様のドレスを身につけたエラは、おとぎ話の挿絵のようにきれいだろう。
けれど式が終わったら、お城ではなく、俺たちはいつものように、二人で家へ帰るのだ。




