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【完結】私の髪を切った継母が、父を殺して消えました~“灰かぶりの少女”と“鼠”の新聞記者は、悪しき継母の過去を追う~  作者: 夏灯みかん
【第六章】”悪しき継母"

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30.記事を書く(アスター視点)

「アスター! これは、すごいことになるぞ!」

 

 公爵邸で協力してくれた同僚が戻ってきて、俺の肩をたたいた。

 グレイ夫妻が帰ったあと、新聞社の中は妙な熱気に包まれていた。

 深夜だというのに、灯りは落ちていない。

 むしろ、これからが本番だった。


「朝刊に間に合わせるぞ!」


 編集長の声が飛ぶ。


 記者たちが、机の上へ紙を広げ、見たことを次々に書き出している。

 番号を振られた少女たちの肖像画。公爵の慌てた様子。

 夜会を突然打ち切ったこと。あの部屋を見た客の名前。

 証言を取れそうな相手。


 ――俺も机についた。隣にはエラがいる。

 少年服のまま。

 帽子だけは外して、短くなった金髪を耳へかけていた。


「私にできることはある?」


「とりあえず、明日の一報は『少女たちの部屋』の目撃記事、それから、君の父上――シモンズ伯爵の手紙と君が持ち帰った台帳についての記事だ。君が手紙と台帳を持ち帰った経緯を伝えなきゃいけない。――読者の反発を買わないように。……今回、君がこの記事を出したい一番の理由は?」


「――クロエの“悪しき継母”のイメージの払拭」


 エラは呟いた。


「それが君の希望。それと『王都新報』の意向を合わせなきゃならない。『王都新報』は一般市民が読むゴシップ寄りの新聞だ。貴族批判が好まれる。その読者に届く形で、事実を書く」

 

 エラは頷いて、小さい声で俺の耳元で囁いた。


「……公爵を眠らせたというのは、書く必要はないわね」


 俺は心臓がどきりと鳴って少し距離をとって、頷いた。


「……その通りだ。嘘は書かない。けれど、経緯を全て事細かにも書くのも違う」


 少年服のエラを見つめて、息を吐いた。

 ――危ない目に遭った直後は、妙に相手を意識してしまうものらしい。 

 五つも下の少女に心音を早くしてどうする。


 ――それにしても。


 俺はエラを見つめた。

 数か月前に会ったときよりも、ずいぶんと大人びて見える。

 初めて会ったときは、迷子になって途方に暮れた子どものようだったのに。


「私は公爵に個室に呼ばれて怖かった。――酒に酔った公爵は、お父様からの手紙を見せびらかした。お父様との間に話はついていた、と言って私の手を握った。けれど酔ったのか眠ってしまった。――私は、お父様の手紙を持って逃げ出したわ。そのときに、奥の部屋に入ってしまったの。――そこには、クロエに似た少女がいて――私はソファにあった台帳に手を伸ばした。そうしたら、本当にクロエだった。私はクロエを置いていけなくて、持って逃げたわ」


 ひと息ついて、エラは俺を見た。


「……嘘は言っていないわ」


「――いいと思う。それを記事にしてみよう」


 俺はエラを見つめた。


「台帳、もう一度見せてくれ」


「ええ」


 エラが分厚い冊子を俺の前へ置く。

 革張りの豪勢な表紙を開く。


 少女たちの写真。


 名前。年齢。出身。公爵邸へ入った日。出た日。その後の行き先。

 標本のように並べられている。

 ――そして、ヴァレンティン公爵自身が書いたらしい短評。


『笑顔がよい』『金髪が美しい』『気が強すぎる』『興味を失った。ハリス卿へ』


 言葉だけなら短い。短いからこそ、余計に嫌な気分になった。

 一人の人間の人生を、たった数行で、品物みたいに記録している。


 俺は眉をひそめながら頁をめくっていった。


 二十九。三十。三十一。三十二……そして――


「……待て」


 指が止まった。


「どうしたの?」


「これ」


 俺は頁を引き寄せた。


 『No.33』


 そこには、一人の金髪の少女の写真が貼られていた。

 名前は――『レベッカ』。


「……レベッカ?」


 エラが俺を見る。


 俺は返事をしなかった。写真へ顔を近づける。

 白黒写真だから、色はわからない。


 でも、左右の瞳が――写真でも、わずかに濃淡が違って見える。

 そして公爵の短評。


『左右の目の色が違う。左は緑、右は青。宝石のようで、金髪によく合う』


「……まさか」


 喉が乾いた。


 俺はさらに記録を追った。公爵邸に入った時期。

 滞在期間は――他の少女より、かなり長い。

 そして――退去先には、《銀月の大広間》へ戻す、とある。

 日付は――クロエ夫人が公爵のもとへ行く、五年ほど前。


「アスター?」


 エラが俺の顔を覗き込む。


「知ってる人?」


「……名前だけなら、いくらでも同じ人間はいる」


「うん」


「でも」


 俺は写真を指差した。


「左右の目の色が違う女なんて、そう何人もいない」


 エラの表情が変わった。


「このレベッカという少女は」


 一度――息を吸う。


「“切り裂きリック”事件の、一人目の被害者と同じ名前だ」


「……え?」


「しかも、特徴まで同じだ」


 俺は椅子へ深く座り直した。


 頭の中から、三年前に集めた資料を引っ張り出す。


 第一の被害者。レベッカ。


「当時、三十代後半。貧民街で、その日暮らしのように客を取っていた女だ。酒浸りで住む場所も定まらない。『あたしは昔、貴族の家にいたんだよ』と寝言みたいに、何度もそう言っていたと周りの人間が言っていた。――誰も信じていなかったけどな。落ちぶれた女の見栄だと思われていた」


 俺は唸った。


「……本当だったのか」


 台帳を見る。


「公爵の館だったのかもしれない」


 ヴァレンティン公爵邸に長く置かれて、そのあと娼館へ戻された少女。

 何年も経って貧民街で殺された女。


 俺の背中を、冷たいものが走った。


「……リック」


「え?」


 口から名前が出ていた。


 俺は顔を上げる。


 リック。


 俺と同じ孤児院出身の俺より五つほど年上の男。

 顔が似ていると、何度も言われた。

 若い頃のヴァレンティン公爵にも似ていた。


「もし」


 自分で言いながら、嫌な考えだと思った。


「もし、リックが」


「……」


「ヴァレンティン公爵と、レベッカの子どもだったとしたら」


 エラが息を呑んだ。


「そんなこと、わかるの?」


「今はわからない」


 俺は即答した。


「だから調べる」


 ……孤児院の記録をあたろう。

 リックが入っていた時期。どこから連れてこられたのか。誰が手続きをしたのか。

 残っているかもしれない。


「ただ」


 俺は台帳を閉じた。


「これは今夜の記事には入れない」


 俺はペンを取った。


「――とりあえず、明日の朝刊の記事を書きあげなきゃな」


 朝になればこの話は、もう俺たちだけのものではなくなる。


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