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【完結】私の髪を切った継母が、父を殺して消えました~“灰かぶりの少女”と“鼠”の新聞記者は、悪しき継母の過去を追う~  作者: 夏灯みかん
【第五章】明らかになる過去

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27.十二時

 秘密の部屋の扉を閉めると、私は台帳とクロエの肖像画を胸に抱えたまま、応接室へ戻った。

 ヴァレンティン公爵は、まだソファに身体を沈めて眠っている。

 私は公爵から視線を逸らし、静かに扉を開けた。

 扉を少し開けて、廊下を確認する。

 誰もいなかったので、静かに部屋の外へ出た。

 少し離れた柱の陰から、アスターが手招きしていた。


 私は急いで駆け寄った。


「エラ」


 アスターの視線が、私の抱えている分厚い台帳へ落ちた。


「公爵は?」


「寝てるわ」


「寝てる?」


「……クロエの持っていた薬を使ったの」


 アスターの顔が固まった。


「……は?」


「あとで怒って」


「いや、ちょっと待て。お前――」


「手紙は回収したわ。それと、他にも見つけた」


 私は台帳を少し持ち上げた。


「公爵が関わった女の子たちの記録みたい。あと……クロエの絵」


「クロエ夫人の?」


「十五歳のときの」


 アスターは何か聞きたそうだった。

 でも、その前に廊下の向こうから人の声が聞こえた。


「もうすぐ十二時だ」


 アスターは懐中時計を見る。


「今は逃げる方が先だ。着替えて、中庭へ出よう」


「中庭?」


「今日は花火を見る市民にも一部、開放されてる。見物客に紛れればいい」


 公爵邸の間取りは、来る前に何度も確認していた。

 大広間から庭園へ出る道とは別に、使用人用の廊下を抜ければ中庭へ出られる。


「こっちだ」


 アスターに促され、私は廊下を走った。


 ◇◇◇


 使われていない小さな部屋へ滑り込む。

 扉を閉めると、アスターは上着の内側から布包みを取り出した。


「よくそんなに入ったわね」


「新聞記者は荷物が多いんだよ」


 包みの中には、私の着替えが入っていた。

 アスターが学生の頃に着ていたという、少年用のシャツとズボン。


「外向いてて」


「はいはい」


 アスターが背を向ける。


 私はまず、髪に手を伸ばした。


 編み込んでいた金髪を掴む。

 ピンを外して引くと、編み込んでいた長い金髪がするりと外れた。。

 残った髪は、首につくくらいの長さになった。


「……よし」


 次に、オイルを染み込ませた布で化粧を落とした。


 頬の紅も。目元の化粧も。オイルに溶けて滲んでいく。


 最後にクロエのドレスを脱いだ。

 深い青の布地を畳みながら、ほんの一瞬だけ手が止まる。

 これも、置いてはいけない――クロエのものだから。

 お母様の首飾りも外して、大事に包む。

 少年服へ着替え、靴を履き替え、帽子をかぶった。


「いいわ」


 アスターが振り返る。


「……魔法が解けたみたいに、本当に別人だな」


「上手な表現ね」


 肩をすくめると、アスターは「記者だからな」と笑って、付き人の上着を脱いだ。

 中に着ていた服へ着替え、髪も少し崩す。

 屋敷へ入ったときの姿とは、かなり違って見える。


「これで――」


 そのとき。


 廊下の向こうから、声がした。


「こっちか?」

「いや、さっきまで応接室にいたらしい」


 私とアスターは同時に顔を見合わせた。


「……もう気づいた?」


「たぶん」


 さらに別の声がする。


「旦那様は目を覚ました!」

「娘はどこだ?」


 心臓が跳ねた。


「行くぞ」


「うん」


 アスターがドレスと髪をまとめた包みを抱え、私は台帳とクロエの肖像画を持った。

 そのまま反対側の扉から廊下へ出る。

 角を曲がり、階段を下りる。


 遠くで人が走る音がしていた。


「急いで」


「わかってる」


 私はアスターと並んで走った。

 その向こうから、人々のざわめきが聞こえる。


 あと少し――そのとき。

 抱えた荷物から、ヒールの靴が落ちてしまった。


「あ……!」


「エラ!」


 向こうから、誰かが走ってくる音がした。


「行くわ!」


 私は靴を置いたまま走った。


 扉を押し開けると、花火を待つ人々の騒めきが聞こえた。

 ――中庭だ。

 冷たい夜気が頬に触れた。


 ◇◇◇


 中庭には、大勢の人がいた。

 花火を見るために臨時で開放された中庭には、市民たちがいっぱいに集まっている。

 子ども連れの家族や商人、職人らしい男たち、恋人同士まで、普段は入れない貴族の豪邸の庭ではしゃぎながら夜空を見上げていた。


「こっちだ」


 アスターが人混みの中へ入る。私もそのあとを追った。

 誰も私たちを見ていない。みんなが待っているのは、空だ。

 ――大丈夫。


 そのとき、遠くの時計塔から鐘が鳴った。


 ゴーン……


 一回。


 ざわめきが少し静まる。


 ゴーン……


 二回。


 みんなが夜空を見上げる。


 三回。四回。五回。


 私も足を止めた。


 六回。七回。八回。


 胸の奥が、鐘の音に合わせて鳴っているようだった。


 九回。十回。十一回。


 そして。


 十二回。


 同時に――夜空が光った。

 どん、と腹の底に響く音。

 大きな花火が、ヴァレンティン公爵邸の上空で開いた。


「わあっ!」


 歓声が上がる。

 赤や金の光が夜空いっぱいに広がった。


 六十五歳――ヴァレンティン公爵の誕生日。

 屋敷の中では、きっと今頃大騒ぎになっている。

 

「エラ」


 アスターが私を見た。


「さっき言ってたの、何を見つけたんだ?」


 花火の音に紛れるように、私は小さな声で答えた。


「部屋があったの」


「部屋?」


「応接室の奥に」


 私は台帳を強く抱えた。


「女の子の絵が、壁いっぱいに並んでた」


 アスターの表情が変わる。


「全部、番号がついてた。台帳もあって……名前と年齢と、どこから来たのか、公爵が飽きたあと誰に渡したのかまで書いてあった」


 声が震えた。


「品物みたいに」


 台帳と絵を入れた包みをぎゅっと抱きしめる。


「……クロエがいたの」


「クロエ夫人?」


「十五歳のクロエの絵も、飾ってあった」


 その言葉を口にすると、急に堪えていたものが込み上げてきた。


「私と同じ年よ」


 声が震える。


「あんなところで……ずっと、公爵に眺められてたの」


 目の奥が熱くなって、瞳が潤んだ。


「十五歳のクロエが、ずっとあそこにいたのよ」


「エラ」


 アスターが名前を呼んだ。


 次の瞬間、肩を引かれた。

 胸に顔が当たる。

 アスターに抱きしめられていると気づくまで、少し時間がかかった。

 

「……花火を見て、泣いてるのは目立つだろう」


 アスターは咳払いすると、少し気まずそうに言った。

 私は目元をぬぐった。


「――そうね」


 顔を上げると、アスターの襟元が少しずれていた。


「……あれ」


「何?」


 私は首を傾げた。

 首元に、小さな黒子がいくつか並んでいた。

 一、二、三、四。小さな点が、不思議な形を作っている。


「あなた、こんなところに黒子があるのね」


「ん?」


 アスターが自分の首へ触れる。


「これ?」


「星座みたいね」


 黒い点が、夜空の星を線で結んだみたいに見えた。


「南の空にある、十字の形をした星みたい」


「ああ」


 アスターは笑った。


「だから俺は、”アスター(星)”なんだ」


「え?」


「養父母がつけてくれたんだよ」


 アスターは黒子へ指を当てた。


「孤児院にいた赤ん坊の頃は名前がなくて、“巻き毛(カーリー)”とか適当に呼ばれていたらしい。引き取りに来た養父母が、俺を見て、星が並んでるみたいだって気づいて。それで、星にちなんだ名前にしたと言っていた」


「……そうなんだ」


「そのまま“巻き毛(カーリー)”って名前にならなくて、よかったぜ」


 アスターはそう言って笑った。

 その顔を見て、少しだけ胸が温かくなった。

 私もアスターから身体を離すと、少し笑った。


 そのときだった。


「聞け!」


 大きな声が中庭に響いた。

 衛兵が何人か、人々の間を歩いている。


「エラ・シモンズという娘を探している!」


 私は息を止めた。

 アスターが私を隠すように前に立った。


「金髪の若い娘だ! 靴を片方なくしている!」


 周囲の人々がざわつく。


「見つけて公爵様のところへ連れてきた者には、褒美が出るぞ!」


「褒美?」


「どれくらいだ?」


「金髪の娘だって」


 人々が面白がるように周囲を見回し始めた。

 私は帽子を深くかぶった。


「……靴なんか、履き替えてるのに」


 私は足元を見る。今はアスターが持ってきた薄い布の靴を履いている。


 アスターが私に囁いた。


「エラ……秘密の部屋の鍵は?」


 私は胸元に手を入れた。


「……持ってるわ。部屋は開けっ放しよ」


「開けたまま……」


 アスターは一瞬だけ考え込んだ。


 それから、顔を上げた。


「よし」


「何が?」


「俺に考えがある」


 嫌な予感がした。


「どんな?」


「君は、ここで大勢に紛れてろ」


「アスター?」


「帽子を取るな。喋るな。なるべく人の多いところにいろ」


 アスターは少し離れたところにいる男へ目配せした。

 ――若い男。見覚えがある。

 ――確か、新聞社で見た。

 ……アスターの同僚だ。


「あなたは?」


 アスターは中庭の向こう。公爵邸を見上げた。

 口元が少しだけ笑う。


「鼠らしいことをしてくる」


 アスターは手を上げて、私から離れたところに行くと、大声を上げた。


「おおい! 聞いたか!? 靴を片方失くした、金髪のお姫様探しだ! 見つけた者には、金銀財宝の褒美が出るそうだ! さすが公爵様!」


 ……先ほどの衛兵の話より、少し盛られている。

 騒めきが増えた。


「……金銀財宝?」

「そりゃ、豪勢だ」

「宴好きの公爵様だものね」


 アスターはさらに声を張り上げた。


「さあ、お姫様探しをしに、屋敷に入ろう! 今夜は誕生日会だから、公爵様もお許しだ!」


 それに続くように、誰かが声を上げた。


「行こうぜ!」


 ――アスターの同僚だった。

 その他にも何人かが、誘導するように、見物客を屋敷へと促した。


「入るな!」

 

 玄関前へ人が殺到した。

 衛兵たちは止めようとしたが、誰かが「公爵様のお許しだ!」と叫び、別の誰かが扉を開けた。

 ――その瞬間、見物客が雪崩れ込むように中へ流れていった。


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