死んだとか信じられないし何が何やら分からないままに異世界転生は強制的に執行されます
「ちょ、一寸待ってよ……私が……死んでる……?」
葵の心の臓が早鐘を打つ……。その鼓動に気が付くと自身の胸を揉むように触り、掌全体で鼓動を確認する。
「はっ……!?そ、そうよ!!今この瞬間も私の心臓は鼓動しているのよ!?今こうして貴女と話もして――」
「わたしは『女神』なのです。死後の案内人……貴女の世界で生きている者には見えませんし会えません。貴女も生前は神なんて信じていなかったでしょう?」
「……っ!そ、そんなの今も信じてないわよ!?」
「受け入れ難いのは仕方無いでしょう。ですが貴女は思い出さなければなりません。『死』を自覚し受け入れなければなりません。葵さん、貴女は大学受験に失敗。合格を確信していたのと、共働きだった事で両親は共には行けず、貴女は結果を報告する事も無く端末の電源を落としました。そして独りで歩いているとビルの屋上へと辿り着いていた……。いえ、辿り着いて『しまった』のですから」
「………………っ」
エリスの言葉を聞き、当時の、生前の記憶が鮮明に蘇っていく……。
(そう……そうよ……私は受験に失敗して……気が付いたら屋上に……)
「そして、貴女は虚空へと脚を出して――
――飛び降り自殺をしてしまいました」
「っ!!」
屋上から落ちる浮遊感。自重と重力で物凄い速度で地面へと引き寄せられる恐怖感。身体をバラバラにしてしまう程の衝撃の大きさと痛さ。その全てがフラッシュバックし、葵は吐いてしまった。
「オエッ!!ゲホゲホ、ゲボッ!!」
「無理もありません。その反応も仕方の無い事でしょう。しかし葵さん、貴女がこれを思い出す事は必要不可欠だったのです」
エリスの指先が青く光ると、葵の吐瀉物は綺麗さっぱり消えており、葵の口や咥内、更には手や服に付いたモノすらも全て元通りになっていた。
「……私はこれから如何なるの?」
「貴女は『自殺』をしてしまった人間です。自殺とは罪なのです……自ら命を投げ出す種族は幾つもの世界が在れど、人間只一つ呑み……」
「わ、私は自殺するつもりなんて――」
「私は分かっています。それでも、『世界』はソレを許しません」
「……っ」
「葵さん、貴女は過酷な異世界へと転生して貰う事になります」
娯楽というモノに縁の無い彼女には、言葉の意味は理解出来ても、その詳細は全く理解が出来ていなかった。
「分かりやすく端的に言うならば、貴女が居た世界からするとファンタジーのような世界へと生まれ変わって貰います。これだけを聞くとご褒美にも聞こえるでしょうが、人間に牙を剥く魔王と呼ばれる悪しき者が居る世界です」
「そ、そんなのが居る世界になんて行ったら私なんて直ぐに殺されてしまうわっ!!」
エリスは優しく微笑みを浮かべる。その笑みを見ると葵は何時の間にか落ち着きを取り戻していた。
「その為にわたしが居るのですよ?貴女の異世界転生はあくまで『罰』なので、チート能力の付与はして差し上げられませんが……使い方次第では充分チートに成り得る……この『鑑定』の賜り物を貴女に授けましょう」
エリスが両の手を胸元で天へ向けると、青い結晶が煌めきながら顕現する。
「鑑定……?」
「人・物・動物・植物・建造物・魔物・魔獣・魔人・悪魔・大悪魔・更には魔王に至るまで、ありとあらゆるモノを鑑定する事が出来ます。葵さんの頭脳があれば最大限活かせる賜り物だと思っています」
「でも……私一人じゃ……」
「貴女は一人じゃありませんよ?言った筈です、葵さんは『生まれ変わる』んですよ。それはつまり、新しい両親の元へと赤子となって生まれ落ちるという事。赤子とはいえ、貴女の意識は今の状態を維持し続けます。自ら立つ事も用を足す事も出来ないでしょう。それは辛くもどかしい日々となるでしょう。
しかし、『鑑定』は視るだけで使えるのです。この期間を無駄にせず、使える人材を探しておくも良し。弱みも握っておくのも良し。使い方は無限です。転生後の貴女に干渉する事は叶いませんが、鑑定の賜り物を見事使いこなして活躍する姿を期待しています。
それでは――」
「っ、ちょ――っ」
「――よい異世界転生生活を」
葵の身体が青い光に包まれると身体が消えていく。まるで何処かへと転送されるかのように、身体が歪み消えていく。
「……エリスさん、ありがとーーーう!!私、絶対貴女の事忘れないからーーー!!」
葵の身体は既に無かったが、エリスの耳には確かに届いていた。
「……これ程感謝されるとは思いませんでした。やはり良い子を助けるのは気持ちが良い。
頑張って下さいね、葵さん」
この異世界転生はエリスの恩情だった。あまりにも可哀想な葵の魂を救ったのだ。本来ならば葵の魂は消滅。最悪、もっと酷い異世界へと飛ばされる処だった。しかしエリスは女神の特権でそれを回避した。素っ気無い態度を取っていたのは、あまりにも入れ込むと、この後に葵に何かが起きたとしても助けにはなれないから……。自身の為にも壁を作っていた。
しかし、女神といえど彼女も一人の女性なのだ。エリスは、葵の優しさに触れた嬉しさと、葵の今後への心配が入り混じった複雑な表情を浮かべながら、指を絡めて葵の幸せを願い、静かに祈りを捧げていた。
(……これが、私の……。湖海 葵としての人生の最期だった……。いや、既に死んでいるからそれも違うのかな……?でも、次に意識が戻った時……
私は見知らぬ男女の娘としての、新しい人生がスタートしていたんだ……)




