第3章 第2話:因果の崩壊と、光影の一閃
大聖堂を包む完全なる静寂の中で、『運命の神』が放つ『絶対運命の障壁』が、目に見えぬ幾何学的な数式の壁となって空間を切り裂いていた。触れたものすべての過去を消滅させ、本来あるべき「不幸な運命」へと強制的に歴史を上書きする、世界のシステムそのものが持つ最悪の初見殺し。
「消え去るがいい、バグどもよ。理の天秤は、一握りの人間の幸福などによって傾いてはならんのだ」
神の絶対的な宣告と共に、大気がパキパキと音を立てて凍りつき、因果の刃がエイルとセリアへ向けて振り下ろされる。
「そんな因果の天秤なんて、私たちが力ずくで叩き壊してあげるわ!」
セリアが叫び、エイルの右肩へと両手を強く添えた。
彼女の体内から溢れ出る、過去最高密度の『聖女の祈り』。その純白の魔力が、エイルの右手首に巻かれた緋色のリボンを通じて、彼の『聖なる影の魔力』と同調していく。二人が紡いできた真実の愛の時間が、神のプログラムが放つ「強制上書き」を紙一重のところで押し留めていた。
「レイハルト、行くぞ! 0.0001秒の隙間を作れ!」
「おおおおおっ! 任せろ、エイル! 我が魂を燃やせ、太陽の聖剣――っ!」
レイハルトが地を蹴り、黄金の髪を振り乱して跳躍した。彼の鍛え直された聖剣には、かつてのような虚飾の光ではない、民の希望と親友への恩義を背負った、純粋で圧倒的な「本物の光」が宿っていた。
レイハルトは神の正面へと躍り出ると、その絶対障壁へと向けて、渾身の『極星・聖剣一閃』を叩き込んだ。
ズガァァァァァァァァァン!!!
まばゆい光の爆発が神の視界を覆う。神の絶対障壁はレイハルトの光を完璧に吸収し、反転させて彼へと跳ね返そうとする。だが、神がその因果の数式を書き換え、反転プログラムを実行するまでの、わずか『0.0001秒』の超微小なタイムラグ――。
エイルの超演算脳は、その世界のシステムの隙間を、完璧にロックオンしていた。
「セリア、コード入力完了だ。……神の障壁を、今から完全解体にする!」
エイルの右指から、漆黒と純白の混ざり合った極細の魔力糸――『聖影の逆ハック・コード』が放たれ、光の爆発の隙間を縫って、神の絶対障壁のプログラムの核心へと音もなく侵入していった。
キィィィィィン……パシィィィン!!!
大聖堂の空間全体が、激しくバグを起こしたようにグニャリと歪んだ。
エイルの容赦なきハッキングにより、触れたものを消滅させるはずの神の障壁は、あろうことか「神自身の防御力を完全にゼロにし、因果の盾を全て消失させる」という致命的な欠陥コードへと書き換えられたのだ。
「な……、何だと……!? 世界の理である我が障壁が、ただの人間の指先によって、完全に崩壊しているだと……っ!?」
初めて運命の神の顔に、驚愕と狼狽の表情が浮かぶ。絶対の盾を失った神の核心が、完全に剥き出しになっていた。
「レイハルト、通信を繋いだ(リンクした)ぞ! お前が信じたその本当の光を、世界の神に見せてやれ!」
「応ともさ、エイル! 君たちが切り開いたこの一瞬、絶対に無駄にはしない――っ!」
エイルの『影の通信』が、レイハルトの精神の核へとダイレクトに繋がる。
エイルはセリアのすべての魔力を左指へと集中させ、黒白の因果を穿つ『影の神殺しの暗器』を顕現させた。そして、跳躍したレイハルトもまた、折れぬ太陽の聖剣に、自らの魂のすべてを燃え上がらせた。
光と影、二つの救世主の意志が、世界のシステムを越えて完全に一つにシンクロする。
「消え失せろ、運命の神! 俺たちの幸せ(未来)は、俺たちがこの手で掴み取るんだ!!」
「神の定めた運命など、私たちの愛の力で、今ここで捩じ伏せてみせるわ!!」
「人と人の絆の力を、侮るなぁぁぁぁっ!!! 『極星・聖影一閃』!!!」
ドガァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!
大聖堂の天頂を突き破るほどの、まばゆい黄金の光柱と、すべてを穿つ漆黒の崩壊光線が、完全に同時に神の核心へと突き刺さった。
因果を上書きする権能をすべてハッキングされていた運命の神は、その一撃を防ぐ術を何一つ持たなかった。絶対的な破壊の波動が神の幾何学の輪をバラバラに砕き、その精神の核を内側から木っ端微塵に爆砕していく。
「ギ、ギガァァァァァ――ッ!? 理が、世界の因果が、バグどもの絆によって……完全に、超越されるというのかぁぁぁっ!?」
断末魔の悲鳴と共に、運命の神の巨大な姿は、純白と漆黒の美しい粒子となって、大聖堂の夜空へと完全に霧散していった。
神の消滅と共に、世界にかけられていた「静止の呪い」がゆっくりと解けてしていく。
消えていた世界のすべての「音」が戻り、大聖堂の鐘の音が再び高らかに王都全域へと鳴り響いた。凍りついていた民衆の時間が動き出し、何事もなかったかのように、再びレイハルトの門出を祝う大歓声が沸き起こる。
半ば崩壊した大聖堂の壇上で、レイハルトは聖剣を静かに収め、荒い息を吐きながらエイルとセリアを振り返った。
彼の瞳には、かつてのような孤独な絶望はどこにもない。世界の理すらも一緒に叩きのめした親友たちへの、生涯消えることのない深い感謝と尊敬の念が溢れていた。
「……勝ったんだな、私たちは。神の定めた不幸な運命に、本当に勝ったんだ」
「ああ、お前のおかげだよ、レイハルト。最高のトドメだった」
エイルはフードを脱ぎ、いつもの頼りない、しかしどこまでも穏やかで優しい笑みをレイハルトへと向けた。
レイハルトは満足そうに微笑むと、大聖堂の奥へと戻り、再び待たせていた新たな伴侶の手を強く握りしめて、民衆の前へと歩み出ていった。今度こそ、彼は自らの実力と、本当の光で世界を照らし続ける本物の英雄となったのだ。
「……終わったわね、エイル」
セリアがエイルの腕に自分の腕をそっと絡め、彼の肩に頭を預けた。
エイルは左手で、彼女の温かい手を優しく、強く握りしめた。右手首に巻かれた焦げた緋色のリボンは、神の強制力を跳ね除け、二人の絆の証として、今も誇らしげに手首を結んでいる。
「ああ、終わったよ、セリア。俺たちのバグだらけの、最高に幸福な未来の始まりだ」
大聖堂に降り注ぐ美しい花びらと、親友の門出を祝う歓声の中で、光と影の救世主たちは、今度こそ誰にも脅かされることのない、本当の静かな幸福へと向かって、二人で一歩を踏み出すのだった。
(第3章・完)




