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月影のスナイパー ~報われぬ愛を、君に幸福に捧ぐ~  作者: 最後に残った形


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第3章 第1話:運命の神託と、親友の門出


 地下迷宮『奈落のあぎと』での激闘から数ヶ月。王都を包んでいた不吉な暗雲は完全に晴れ渡り、かつてないほどの穏やかな春の陽気が街を満たしていた。

 折れた聖剣を鍛え直し、真の意味で民の希望となった「光の英雄」レイハルトは、名実ともに国を統治する新たな指導者として立ち上がっていた。そして今日、大聖堂では彼の誠実な人柄に惹かれ、共に苦難を乗り越えてきた新たな伴侶との盛大な結婚式が執り行われようとしていた。


 大聖堂へと続く大通りは、色鮮やかな花びらと、祝福を叫ぶ民衆の熱気で埋め尽くされている。


「エイル、見て! 街中がお花畑みたい。レイハルト様、本当に立派になられて、素敵な式になりそうね」

「ああ、本当に。あいつが笑ってると、俺たちまで嬉しくなるな」


 人混みから少し離れた回廊のテラスで、灰色の髪の青年エイルと、美しい白いドレスに身を包んだセリアは、並んで街の景色を眺めていた。

 エイルの右腕はまだ完全には動かない。しかし、右手首にしっかりと結ばれた、あの焦げた緋色のリボンからは、今日もセリアの温かい魔力と一途な愛の波動が途切れることなく流れ込んでいた。二人はレイハルトから「最重要の親友」として式に招待されており、かつてのような影の存在としてではなく、一人の人間としてこの祝福の場に立っていた。


 式が始まり、聖なる鐘の音が王都全域に鳴り響いた、その瞬間だった。


 ――ピキィィィィン、と。


 世界からすべての「音」が完全に消失した。

 行き交う民衆も、舞い散る花びらも、鳴り響く鐘の音すらも、まるで時間が凍りついたかのようにその場でピタリと静止する。動いているのは、この世界の因果の枠組みから外れたエイルとセリア、そして折れた聖剣を掲げようとしていたレイハルトだけだった。


『因果の捩れを戻す時が来た』


 大聖堂の上空の空間が、厳かな、しかし絶対的な拒絶の意志を孕んで静かに裂けた。

 そこから姿を現したのは、光とも闇ともつかぬ数式と幾何学模様のリングを背負った、世界のシステムそのものを管理する最高位の存在――『運命の神』だった。

 神から放たれる圧倒的な「世界の強制力」が、大聖堂全体を激しく押し潰していく。


『影の英雄エイル、そして元聖女セリアよ。お前たちは本来、すれ違いの果てに絶望し、世界の礎として消費されるはずの凄惨な運命のプログラムであった。お前たちが理を改竄し、幸福を掴んだことで、世界の因果の天秤が大きく傾いている』


 神の冷徹な声が、二人の精神の核へと直接叩き込まれる。


『元の不幸な運命に戻れ。影は影の底で孤独に果て、光は光の舞台で虚飾に踊る。それこそが、この世界が最も安定する最適化コードである。お前たちの掴んだ幸せなど、ただのバグに過ぎん』


 神がそう告げた瞬間、エイルの右手首のリボンが、世界の強制力によって激しく焼き切れんばかりに明滅し始めた。二人の絆を、強制的に過去の「すれ違いの孤独」へと巻き戻そうとする、絶対的な因果の上書き。


「くっ……、あああああ……っ!」

「エイル――っ! 嫌、絶対に離さないわ!」


 セリアは激しい時空の歪みに耐えながら、エイルの動かない右手を、自らの両手で血が滲むほどの力でぎゅっと握りしめた。


「神様か何か知らないけれど、勝手に人の人生をバグなんて呼ばないで! 私たちが泥をすすり、血を吐きながら、お互いの真実を曝け出して掴み取ったこの幸せを、一文字だって書き換えさせやしないわ!」


「神様、お前の作ったその『最適化された運命』ってやつ……、一年前の、孤独だった俺なら諦めて受け入れてたかもしれないな」


 セリアの愛の祈りを受け、エイルの瞳の奥で、漆黒と純白の混ざり合った『聖影の魔力』が爆発的に荒れ狂った。

 彼は不敵に唇を吊り上げ、神の放つ因果の数式を、己の超演算脳で冷徹に見つめ返した。


「だけど、今の俺には、俺のすべてを肯定してくれたセリアがいる。お前が俺たちの幸せをバグだと呼ぶなら――そのバグだらけの指先一つで、お前の管理する世界のシステムごと、完膚なきまでにルート改竄ハッキングしてやるよ」


「待たせたな、二人とも。君たちが命懸けで守り、私に託してくれたこの光の世界を……、例え神が相手であっても、勝手に曇らせるわけにはいかないな!」


 大聖堂の奥から、純白の光を解き放ちながら、指導者として覚醒したレイハルトが折れぬ聖剣を掲げて駆けつけてきた。

 かつてエイルに救われ、今度こそ本物の英雄になると誓った男が、恩ある親友たちの幸福を守るために、神へとその剣を向けたのだ。


「フン、矮小なバグどもが、世界の理に抗うか」


 運命の神の周囲に、あらゆる存在の因果の歴史そのものを消滅させる『絶対運命の障壁』が展開される。これこそが世界の神が誇る、触れたものすべてを過去ごと消し去る究極の初見殺しシステムだった。


 だが、エイルは右手首の焦げた緋色のリボンを左指でパチンと弾き、神の顔を見上げて冷酷に笑った。


「セリア、レイハルト、コード入力を開始する。神の座から、あいつをハッキングして引きずり落とすぞ」


 世界の神そのものをハッキングし、自らの手で真の運命を掴み取るための、かつてない究極の因果超越バトルが、今ここに幕を開けたのだった。

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