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月影のスナイパー ~報われぬ愛を、君に幸福に捧ぐ~  作者: 最後に残った形


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第2章 第5話:虚無の玉座と、二人だけの救世主


 地下迷宮『奈落のあぎと』の最深部――『虚無の玉座』。

 そこは、光すらも歪んで吸い込まれる、絶対的な暗黒の空間だった。中心に鎮座する黒い結晶の玉座の前に、一人の男が無残に転がっている。

 白銀の礼服はボロボロに引き裂かれ、半ばから叩き折られた聖剣を血の滲む手で握りしめたまま、全身を虚無の黒い触手に拘束されている男――王立騎士団の総大将であり、人類の太陽だったレイハルトだ。彼の瞳からは完全に光が消え失せ、底なしの絶望に魂を侵食されていた。


「無価値だな。人間が積み上げた光の正義など、この虚無の前には全てが反転し、己を滅ぼす刃となる」


 玉座の上で、輪郭の定まらない漆黒の質量――この迷宮の主である『虚無の王』が、嘲笑うかのように低く悍ましい声を響かせた。


「無敗の偶像たるレイハルトよ、お前がどれだけ血の滲む努力を重ねようとも、我が『鏡面反転結界』がある限り、お前の強さはそのまま我が糧となる。お前が絶望のまま死ねば、王都の数万の民も、地盤ごとこの奈落へと滑落し、世界の終わりが始まるのだ」


「私は……、私は、最初から……何も、守れなかった……。彼が、彼が居なければ、私はただの偽物……」


 レイハルトの唇から、悲痛な乾いた呟きが漏れる。

 だが、その絶対的な暗黒の空間を切り裂くように、力強い、静かな足音が二つ、迷宮の奥から響き渡った。


「――おい、レイハルト。お前が勝手に背負って勝手に潰れたその重荷、半分は俺の趣味だ。相棒を泥の中に放ったらかしにするな、って言っただろ」


 暗闇を割り、姿を現したのは、灰色の髪のフードを深く被った青年エイル。そして、彼の右肩にそっと両手を添え、凛とした瞳で前を見つめる元聖女セリアだった。


「エイル……!? セリア…… Russo ? なぜ、君たちがここに……。逃げろ、あの怪物には、どんな攻撃も通用しない……っ!」


 レイハルトが必死に声を絞り出す。しかし、虚無の王はその不気味な質量を膨らませ、侵入者たちを値踏みするように見下ろした。


「ふん、光の英雄すら折れた玉座に、一介の斥候と落ちぶれた聖女が何をしに来た。お前たちの放つあらゆる魔術も、その矮小な力も、我がシステムによって全て100%反転し、自らを滅ぼす絶望となるぞ」


「お前のその大層な『鏡面反転結界』とやら、さっきの鏡の迷路で、俺の指先一つでバグだらけのスクラップ(改竄終了)にしといたよ」


 エイルは不敵に唇を吊り上げ、動かないはずの右指を前に突き出した。

 右手首の焦げた緋色のリボンが、漆黒と純白の混ざり合った『聖なる影の魔力』を爆発的に放ち始める。セリアの愛の祈りを受け、二人の絆が最高潮に達した今、エイルの指先から放たれるハッキング能力は、虚無の王が構築した世界の理すらも上書きする、恐るべきバグフィックスの概念そのものだった。


「何だと……!? 我が絶対の理が、書き換えられて……バグを起こしているだと!?」


 虚無の王の周囲に展開されていた、あらゆる攻撃を100%反射するはずの反転結界が、奇妙な電子音を立てて激しく明滅し、あろうことか「内側の虚無の王の防御力を、100%弱体化させる」という致命的な欠陥プログラムへと改竄されたのだ。


「セリア、合図コードを。一撃で終わらせる」

「ええ、私たちのすべてを、あいつに叩き込みましょう、エイル――っ!」


 レイハルトは、戦える状態ではなかった。だが、今のエイルには、誰かの後ろに隠れて孤独に弓を引く必要など、どこにもない。

 エイルとセリアはしっかりと視線を交わし、「二人で一つの救世主」として、同時に最大の魔力を解放した。


 セリアの放つ、過去最高出力の純白の『聖女の祝福フル・バフ』。それが、エイルの右手首のリボンを通じて、彼の『影の暗器シャドウ・ダガー』へと120%の密度で収束していく。


術式強制終了システム・ダウン――『聖影の因果穿ち』!!」


 エイルの左指が、黒白の魔力を纏った一振りの短剣を、虚無の王の核心へと向けて真っ直ぐに放った。

 それは、空間のバグを突き、因果の壁をすべて消滅させる、閃光すら置き去りにする絶対の絶技。


ドガァァァァァァァァァァァン!!!!!!


 弱体化のバグを叩き込まれていた虚無の王は、その一撃を防ぐ術を何一つ持たなかった。絶対的な破壊の光線がその質量を内側から爆砕し、黒い結晶の玉座ごと、システムを根底から完全解体していく。


「ギ、ギガァァァァァ――ッ!? 私の虚無が、私の世界が、たかが人間に、消される、のかぁぁぁっ!!」


 断末魔の悲鳴と共に、虚無の王は純白と漆黒の粒子となって完全に霧散し、王都の地下を脅かしていた迷宮全体の魔力供給が、一瞬にして完全に停止した。

 頭上を覆っていた紫黒の暗雲が晴れ、王都市街地の滑落のカウントダウンも、跡形もなく消滅した。世界は再び、静寂を取り戻したのだ。


 拘束の触手が消え去り、地面に倒れ込んだレイハルトは、半ばから折れた聖剣を握りしめたまま、目の前に起きた「奇跡」を、ただ呆然と見上げることしかできなかった。


 武器を一度もまともに振るうことなく、ただ指先一つと相棒への愛だけで、自分をハメた世界の悪意を完全にスクラップにしてみせた、灰色の髪の青年。

 そして、その彼の背中を、誰よりも誇らしげな笑顔で支えている、かつての聖女。


「私など……、私など、最初から必要なかったのだ……」


 レイハルトの瞳から、ポロポロと涙が溢れ落ちた。

 周囲に神の加護と称えられ、無敗の太陽として君臨していた自分。だが、本当の世界の救世主は、人々に見放され、地味な影の底で、ただ一人の少女のために戦い続けていた、目の前の二人だったのだ。彼らの圧倒的な強さと、揺るぎなき絆の深さに、レイハルトは一人の男として、本物の英雄として、心の底から脱帽していた。


「何を言ってるんだよ、レイハルト」


 エイルはゆっくりと歩み寄り、膝をついて、いつもの「頼りない輜重兵」のような穏やかな笑みを浮かべた。


「お前が表で輝いて、民に希望を与え続けてくれないと、俺とセリアの、あの硝子の海での静かな隠居生活が邪魔されちゃうんだよ。お前は世界一の『本物の英雄』になって、これからもあそこでみんなを照らし続けろ。……ほら、立てよ、太陽」


 エイルは左手を、泥に汚れたレイハルトへと差し出した。

 レイハルトはその手を掴み、涙を拭って、かつてないほど真っ直ぐな、高潔な笑みを取り戻して立ち上がった。


「ああ……。約束するよ、エイル、セリア。君たちが命懸けで守り、私に託してくれたこの世界を、私は私の本当の力で、生涯をかけて照らし続けよう」


「ふふ、よろしく頼みますね、英雄様」


 セリアもまた、エイルの腕に自分の腕をそっと絡め、最高の笑顔を咲かせた。

 光と影の奇妙な再結成は、かつての蔑みやすれ違いを全て乗り越え、本当の意味での世界への祝福ハッピーエンドとなって、絶望の迷宮を美しい希望の光で満たすのだった。


(第2章・完)

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