激昂
至近距離で激しく剣を競り合わせていた二人だったが、やがてゼウスが不敵な笑みを浮かべ、その均衡を容易く打ち破る。
「まだまだ足りんのう。期待が大きすぎたか……それとも、人間という種の限界か。──ならば、これはどうじゃっ!」
ゼウスがさらに雷帝ケラノスを握る手に力を込めると、神具から爆発的な黄金の雷が溢れ出した。ビリビリと大気を震わせる放電は、逃げ場を塞ぐ網のように広がり、無数の雷蛇となって剣一へと牙を剥く。
「──っ!?」
魔竜斬首剣で受け流そうとするも、神の雷は剣を伝い、剣一の肉体を内側から焼き焦がさんとする。力任せの競り合いでは分が悪いと瞬時に判断した剣一は、爆発する電光を盾にするようにして強引に地を蹴り、大きく後方へと距離を取った。
「ホッホッ、逃がさぬぞ。神の庭でワシから逃げ切れると思うてか?」
ゼウスは悠然と構えたまま一歩も動かず、距離を取った剣一の眉間へ向けて、雷帝ケラノスの切っ先を静かに突き出した。刹那、その先端から収束された一筋の稲妻が爆ぜる。
「なっ!?」
音速を超える雷光。剣一は直感だけで首を捻り、瞬時に回避を試みるも、鋭い衝撃が頬を掠めた。熱を帯びた傷口から血が滴り、焦げた匂いが鼻腔を突く。
「……速いっ、なんて速さだ……!」
戦慄する暇すら与えられない。ゼウスが指先をわずかに動かすたびに、必殺の稲妻が連撃となって空間を埋め尽くす。剣一は魔竜斬首剣を盾にし、死線を見極めながら避け続けるが、その足取りは確実に削られ、完全に防戦一方へと追い込まれていく。
「ふむ。もはや時間の問題かのう。人間にしては、これまでよく持ち堪えた方じゃ。……その粘りに免じて、最後は苦しまぬよう一撃で消してやろうかのう」
ゼウスが慈悲を装った傲慢な言葉を投げかけ、トドメの雷を練り上げる。しかし、煤に汚れ、肩で息をしながらも、剣一の紫色の眼光は一度も折れてはいなかった。
「……勝手に……勝負を終わらせるなッ!!」
剣一は低く唸るように言い返すと、再び魔剣を構え直し、反撃の糸口を掴むべくゼウスを鋭く睨み据えた。
ゼウスの掲げる雷帝ケラノスの先端には、バチバチと音を立てる雷の球体が集束し、太陽のごとき眩い輝きを放ちながら膨れ上がっていく。
絶体絶命の光景を前に、剣一は大剣を両手で天へ掲げると、静かに目を閉じた。集中を極限まで高め、体内の魔力を限界を超えて練り上げる。
「……じゃあの。黒頭巾の人間よ。次、来世で会う時は、ワシに勝てるといいのう。さらばじゃ、招天轟雷ッ!!!」
溜め込まれた神雷が解き放たれた。先ほどまでの比ではない、極太の一筋の雷光が轟音と共に放たれ、視界のすべてを白銀の光で塗り潰す。直撃した剣一のいた場所は、爆風と光の奔流に飲み込まれた。
「さて……。興は削がれた。他の者たちの観戦にでも行くとするかのう」
ゼウスが退屈そうに背を向け、移動しようとした、その瞬間。
光の残滓を切り裂き、鋭利な紫色の斬撃波が飛来してゼウスの頬を浅く掠めた。
「……くっ!? おぬし、何をしたんじゃ。今のをまともに受けて、無傷なはずがなかろう」
驚愕に目を見開く最高神に対し、噴き上がる煙の中から剣一がゆっくりと姿を現す。その手には、雷の残光を纏い、不気味に脈動する魔剣が握られていた。
「お前は万能の神なんだろ。……だったら、自分で考えることだな」
あの直撃の瞬間、剣一は一か八かの賭けに出ていた。
魔剣を生成せずに戦っていた頃に培った、魔力の「側」を形成する術理を応用。自身の剣に多重の魔力膜を展開し、飛来する雷を同属性の魔法でわずかに相殺して威力を殺す。そこへさらに風属性の魔法を剣の周囲に高速循環させることで、ゼウスの放った稲妻そのものを強引に剣へと「吸収」し、自らの力へと変換していたのだ。
今、剣一が掲げる魔竜斬首剣には、神の雷が紫の魔力と混じり合い、空間を歪ませるほどの禍々しい出力を湛えていた。
「ふむ……。不完全な種と侮り、少々甘く見すぎていたようじゃな。……よかろう。久方ぶりに『全知全能』として、本気でお主を潰すとしようかのう」
ゼウスが低く宣言すると、その体から神威が爆発した。青白い稲妻が爆風となって周囲を薙ぎ払い、ゼウスの全身を黄金の放電が鎧のように覆い尽くす。
ゼウスは左手に莫大な雷を収束させると、神殿の床を粉砕する勢いで地を踏み抜き、残像すら置き去りにして剣一の懐へと肉薄した。
右手の雷帝ケラノスによる神速の刺突、そして左手の雷を纏った拳による剛打。神の連撃が、閃光となって剣一を襲う。
「さあ、どうじゃっ! この速度、この重圧! 貴様に防ぎ切れるか、小僧ッ!!!」
「くっ……!? パワーだけじゃない、スピードまで別次元に……っ! このままじゃ、捌ききれない……ッ!!!」
「魔竜斬首剣」で辛うじて受け流すものの、ゼウスの一撃が衝突するたびに腕の骨がきしみ、脳を揺らすような衝撃が全身を駆け抜ける。防戦に回らざるを得ない剣一の視界の中で、ゼウスの左拳に収束された雷光が、終焉を告げるかのようにさらなる輝きを増していく。
なんとか猛攻に耐え、守りを固める剣一だったが、ついにその均衡が崩れる時が訪れた。
「……終わりじゃ、人間ッ!!!」
ゼウスが振るった「雷帝ケラノス」が、雷鳴と共に剣一の大剣を強引に跳ね上げる。防御の構えを完全に崩された、無防備な胴体。そこへ、神の全魔力を乗せた渾身の拳が、容赦なく剣一の腹部へとめり込んだ。
「が、はっ……!?」
衝撃波が背中まで突き抜け、五臓六腑が押し潰される感覚。さらに拳に纏っていた極大の雷魔法が、バチバチと音を立てて剣一の体内で暴れ狂う。服の腹部が焼け、露出した腹部の肌は高熱によって赤黒く焼け爛れた。
周囲に立ち込めるのは、生身の人間が焼かれる、鼻を突くような嫌な焦げた匂い。
「ぐ、あああああああッ!!!」
あまりの激痛と電撃による神経の麻痺に、剣一の叫びは声にならない悲鳴となって漏れ出す。そのまま後方の壁まで数十メートルも吹き飛ばされ、剣一の体は崩れたスクラップの山に深く沈み込んだ。
立ち込める土煙と焦臭さの中、ゼウスは雷帝ケラノスを軽く一振りし、退屈そうに首を鳴らす。
「人間にしてはよくやった。流石にもう戦えんじゃろう。安心せよ、命だけは今すぐには奪わん。お主には特等席で、自分の大切なものが残さず潰される瞬間を、その絶望に染まった目でじっくりと見せてやるわい」
ゼウスの冷酷な宣告が、朦朧とする剣一の意識を強引に引き戻した。
血と泥に塗れた視界の中で、剣一は奥歯が砕け散るほど噛み締める。
「……なん、だと……? 既に……俺たちから大切な両親を、仲間を奪っておいて……これ以上、まだ奪おうと言うのか……ッ!?」
「ホッホッ、そうじゃ。すまんのう、神ともあろう者が悪趣味じゃと言われるかもしれんが……。人間に希望を持たせ、それを最後に叩き潰した時の絶望する顔というのは、いつ見てもゾクゾクするほど歪で美しいんじゃ」
楽しげに肩を揺らす全知全能の神。その姿が、かつて自分たちの日常を壊した理不尽な天災そのものと完全に重なった。
奪われた家族の笑顔、共に死線を潜り抜けてきたアリスや真白、大切な仲間たちと積み上げてきたすべての記憶が脳裏をよぎり、剣一の魂は狂おしいほどの怒りに染まっていく。
「お前……お前だけは、絶対に……ッ!!!」
──その瞬間、剣一の中で何かが音を立てて千切れた。




