全知全能の神ゼウス
バラバラに転移させられた剣一たちの前には、それぞれを待ち構えていたかのように、一柱ずつの神が姿を現していた。
剣一が飛ばされた先は、高い天井が影に沈む、広大な円卓の広間だった。かつて神々が下界の運命を弄ぶために会議を開いていた、いわば神造要塞の心臓部。その豪奢な玉座に、一人の老人が深く腰掛けていた。
「いやはや、よくぞここまで辿り着いてくれたのう。歓迎するぞ。ワシはゼウス。全知全能を司る者じゃ。……お主の噂は予々(かねがね)聞いておったぞ」
ゼウスは細められた眼光の奥に、猛々しいまでの闘争心を燃やして立ち上がる。
「その黒頭巾……。お主が剣一とやらじゃな。まさか、ワシの目の前に本人が現れるとは……。齢を重ねて久しいが、これほど昂りが止まらぬのはいつ以来かのう! せいぜいワシを楽しませてくれ!」
「お前がゼウスか……。俺たちの両親や仲間にしたこと、絶対に許しはしない。……答えろ、花恋はどこにいるッ!!!」
剣一が怒りに震える声で吼える。その剣幕を受け、ゼウスは白髭を撫でながら、何かを思い出すように空を仰いだ。
「ほう、思い出したぞ! お主、カオスの息子じゃったな。奴は中々に見どころのある男じゃった……。だが、奴には守るべき足手纏いが多すぎた。それが命取りになるとも知らず……実に残念な最期じゃったのう。……おっと、悪い。話が逸れてしまったようじゃ」
ゼウスは楽しげに、残酷な真実を淡々と告げる。
「花恋とやらは今、オシリスの実験場で新たな『神の器』として改造されておる。今頃は、人間としての脆い心を削ぎ落とされている最中ではなかろうか」
「この野郎……! 人の命をなんだと思ってるんだッ!! お前たちは、そうやって弄ぶためだけにみんなを殺したのか!」
「ほうほう、言いたいことは分かるぞ。だがのう、剣一。我らが人を誕生させたのじゃ。ならば、生かそうが殺そうが、あるいは作り替えようが、それは生みの親である我らの勝手だとは思わぬか?」
ゼウスはまるで子供に理を説くような慈悲深い笑みを浮かべ、掌に凄まじい密度の雷を収束させ始めた。
「……勝手だと? 生みの親なら、何をしてもいいっていうのか」
剣一は低く、地這うような声で呟いた。怒りで視界が赤く染まりそうになるのを、奥歯を噛み締めて踏みとどまる。彼はゆっくりと顔を上げ、全知全能の神を真っ向から射抜いた。
「確かにお前たちは、俺たちを作ったのかもしれない。だけどな、ゼウス……。俺たちが今日まで生きて、誰かを愛して、傷ついて、それでも立ち上がってきたこの『時間』までお前たちが作ったなんて思うなッ!!!」
剣一の魔剣が、主の感情に呼応するように黒い波動を放ち始める。
「親が子供に教えるべきなのは、支配のやり方じゃない……『自由の尊さ』だ。花恋を器だなんて呼ぶお前に、親を名乗る資格なんてない! 命を弄んでいるのはお前らの方だ。俺たちは人形じゃない……泣いて、笑って、明日を必死に手に入れようとする、心を持った『人間』なんだぞッ!!!」
一歩、剣一が踏み込む。その足取りには、離ればなれになった仲間たちの想いが宿っていた。
「たとえ神が作った不完全な命だったとしても、俺たちは自分たちの手で、この運命を最高のものに書き換えてみせる。……花恋は返してもらうぞ、ゼウス。お前が作ったその傲慢な世界ごと、俺が叩き斬ってやるッ!!!」
剣一の咆哮と共に、彼の背後から禍々しくも神々しい漆黒の魔力が噴き上がる。
「ホッホッホ、活きがいいのう。この数千年、退屈で死ぬことすら考えておったが……。その殺気、その意志、全てワシにぶつけてみるがよい。全知全能たるワシが、お主の絶望を最後まで見届けてやろう」
ゼウスがゆっくりと手を掲げる。その仕草一つで、空気が雷鳴のような重圧へと変わった。
「いいだろう、受けて立つ。──限界突破Ⅲ!! 魔人、魔竜斬首剣ッ!!!」
剣一の肉体がどろりとした濃密な魔力に呑み込まれ、漆黒を纏ったフードの奥から、冷徹な紫色の眼光が揺らぎ溢れる。手にした大剣は、見る者を震え上がらせる「竜の首を刈る凶刃」へと姿を変え、その刃が触れる空間そのものを黒く侵食し始めた。
「良い魔力じゃな。だが、神の理を超えるにはまだ足りぬ。──出でよ、雷帝ケラノス」
ゼウスが呟くと同時に、天井が砕け散り光が差し込む。
虚空からバキバキと空間を割き、青白い放電を撒き散らしながら、一振りの武具が舞い降りる。それは杖とも剣ともつかぬ、雷そのものを形に鋳造したかのような神話の象徴。
雷帝の武具を掴み取ったゼウスの全身から、金色の電光が爆発的に吹き荒れる。
「さあ、始めようかのう。神話の黄昏を、お主の血で彩ってくれるわッ!!!」
英雄と神、二人が同時に爆音を置き去りにして地を蹴る。
黒き魔力の残滓と黄金の雷光が空中で激しく交錯し、神々の住まう要塞は、今まさに崩壊の一途を辿り始めた。
二人の最初の一撃が真っ向からぶつかり合い、剣を交わすと、耳を劈くような轟音と凄まじい衝撃波が円卓を粉砕する。周囲の瓦礫や装飾品は、その余波だけで一瞬にして塵へと吹き飛ばされた。
互いの眼光が至近距離で火花を散らす。
「……消えろ、神の傲慢ごとッ!!!」
「ホッホッホ! 吠えるがよい、人間ッ!!!」
神域を揺るがす、生存を賭けた死闘が幕を開けた。




