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黒頭巾の神撃〜Black hood's divine attack〜  作者: 南斗家那乱下
第三章 神撃編

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プロローグ

時は戻り、花恋と月矢が天空へ到着した頃──。


「この扉の奥が……天空……なのかな?」


長い旅路の果て、ついに辿り着いた最上階の扉。花恋は期待と不安が入り混じった表情で、隣に立つ月矢を見上げた。


「そうみたいだな。一応、警戒するに越したことはない。俺が扉を開けるから、花恋は俺のすぐ後ろにいろ」


「うん、わかったっ! 月矢も気をつけてよ!」


「ああ……開けるぞっ!」


月矢が重厚な扉を押し開ける。しかし、そこに広がっていた景色に、二人は言葉を失い驚愕した。


「これが……天空? 一体何が起きているの……? 辺り一面、継ぎ接ぎの鉄板ばかりじゃない! それに、あそこ……あの建物だけ、異常に高いよ」


瑞々しい自然や楽園を想像していた花恋の目に映ったのは、無機質で歪な鉄の平原。そして中央に聳え立つ、神造要塞ゴッドゾーンの不気味なシルエットだった。


「本当だな……。不気味だが、あそこを目指すしかなさそうだ。俺は後ろを警戒する。花恋は前を注意して見ていてくれ」


「わかった! ……でも、あの白いフードを被った人たち、なんだか違和感があるよね。月矢……っ!?」


嫌な予感がして花恋が振り返った、その瞬間だった。

自身の腹部に、鋭い冷たさが突き刺さる。見下ろせば、そこには深々と突き立てられた短剣。そしてその柄を、信頼していたはずの月矢が握っていた。


「いやあ、悪い! つい、刺してしまった! どうだ、痛いか? イヒヒッ!」


「な……何の、冗談なの……? 月矢……どうして……っ」


激痛に視界が歪む。縋るような花恋の視線を受け、月矢──だったはずの男は、顔を醜く歪ませて笑い転げると、月矢のはずだった顔がドロドロと溶けていく。


「クックック……イヒヒヒヒッ!!! 俺は月矢じゃねェよ。そんなに似てたか? アア?」


「そ、そんな……あなたは、一体誰なの……っ!」


「俺はここに住んでる悪戯の神、ロキってんだ。本物の月矢はとっくに死んでるんだよなァ! お前らと出会う前に、俺が処理しといてやったのさ、親もついでになァ。イヒヒッ!」


「う、嘘……そんな……。じゃあ、いつから……? 剣ちゃんたちも、まだ……知らないはず……。剣ちゃんたちが危ない……逃げなきゃ……っ」


「良い顔するじゃねェかっ! イヒヒヒヒッ! 自分の腹に穴が開いてるってのに、他人の心配とはお人好しもいいところだぜェ。お前はこれから『神の器』として役に立つんだ。とりあえず……眠ってろ」


ロキは冷酷な笑みを浮かべ、突き刺した短剣をさらに深く、ぐるりとなぞるように捻り上げた。


「ああっ、ぐ、がはっ……!!」


花恋の意識が急速に闇へと沈んでいく。最後に脳裏をよぎったのは、幼馴染である剣一と真白の笑顔だった。


「さて、と。オシリスのところへ持って行ってやるか……。最高のご馳走だぜェ、こいつは」


ロキは月矢の姿へと再び変装し、ぐったりと項垂れた花恋を無造作に背負うと、鉄錆の風が吹く神造要塞ゴッドゾーンへと歩き出した。

要塞の奥、剥き出しの鉄骨が複雑に絡み合うエレベーターに乗り込み、辿り着いたのは異様な薬品の臭いが立ち込める「オシリスの実験場」だった。


「おい、オシリス。良い『素材』を持ってきてやったぜェ。こいつを神の器として好きに使いな。イヒヒッ!」


「おいおい、死にかけじゃねえカ。もうちょっとマシな状態で運べなかったのカ……。まずは蘇生と回復を優先して、その後に実験開始だゾ」


「好きにしろ。俺はもうその女に用はねえからなァ! じゃ、あとの面倒はよろしくなァ!」


「勝手な奴だゾ……。まあ、新しい玩具が増えるに越したことはないガ……」


ロキが嘲笑と共に去ってから、どれほどの時間が過ぎたのか。

不意に花恋の意識が覚醒する。しかし、視界に入ってきたのは、緑色の怪しい液体に満たされた培養槽の内部だった。薄い布一枚で覆われた自身の体には、無数のチューブや配線、呼吸を助けるための不気味なマスクが取り付けられている。

何かが決定的に「おかしい」と気づき、花恋は反射的に逃げ出そうとしたが、指先一つ動かすことができなかった。


(か、身体が動かないっ……!? なんで……どうしてなのっ!?)


意識はこれ以上ないほどはっきりしているのに、肉体が自分のものではないような感覚。逃げ場のない液体の中で、花恋はただ動揺を露わにして、キョロキョロと視線を彷徨わせるしかなかった。


「……ようやく起きたのカ。残念だがそこに入っている限り、今の貴様に自由などないゾ。神の器として、その魔力構成を無理やり書き換え、覚醒させている最中だからナ」


培養槽の向こう側で、オシリスが冷徹にモニターを操作しながら告げる。


「覚醒が完了すれば、次は貴様の脆弱な『人間としての意識』を消去する。その時、貴様は我ら神の側に仕える高貴な駒へと生まれ変わるだろうナ。自分が人間でなくなっていく様を、精々その特等席で楽しんでおくんだゾ」


(そ、そんな……っ! 嫌……嫌だよっ! 剣ちゃん……助けて……っ!!)


声にならない叫びが、培養槽の中で小さな気泡となって消える。その時、背後の自動ドアが開き、涼やかな声が響いた。


「やあ、オシリス。順調かい?」


「……どうかしたのカ、クロノス」


「神の器とやらを、少し見物に来ただけさ。もし何かあったら、僕が『時』を戻してやり直させてあげるからね」


「フン、余計なお世話だゾ。そんな心配はいらないゾ。神に反逆しようなどという馬鹿どもに、この器を奪い返す力なんてありはしないんだカらナ」


「そうだね。……可愛そうな花恋。君が完璧な神になるのを、楽しみに待っているよ」


クロノスは慈しむような、それでいて空っぽな瞳で花恋を見つめ、優しく微笑んだ。

神々の冷ややかな視線に晒されながら、花恋の意識は再び混濁していく。遠のく意識の淵で、彼女が最後に想ったのは、自分を救うためにこの地獄へ向かっているであろう大切な仲間たちの姿だった。


(やっぱり来ちゃダメ、剣ちゃんと真白ちゃん……。お願い天空に来ないで……。私を助けになんて来ないで……っ!)


自分が神の「器」として書き換えられ、仲間を討つための道具にされてしまう。その最悪の結末を予感しながらも、彼女にできることは何一つなかった。

祈るように動かない指先に力を込めようとするが、それも虚しく、冷たい液体が彼女の熱を奪っていく。花恋は、ただ静かに、絶望という名の闇の中へ再び目を閉じた。

もはや彼女に許されているのは、無情に過ぎ去る「時」を待つことだけだった。

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