誓い
各々が軽く手合わせを行っていたはずが、内側に秘めた熱量に引きずられるように、訓練は徐々に激しさを増していった。
アリスの拳にはかつてないほどの冴えがあり、それに応じる面々の魔圧も膨れ上がっていく。しかし、この場にいる全員が本気を出せば、魔具による防壁魔法を施したアジトといえど一瞬で吹き飛んでしまう。
その危うい均衡を破るように、バレットの怒声が訓練場に響き渡った。
「おい、てめえら! あまり熱くなりすぎるなっ! このままじゃアジトが吹っ飛んじまうぞっ!!」
物理的な音圧とバレットの気迫に押され、爆ぜるような魔力の一閃がぴたりと止まる。剣を交えていた者たちが、肩で息をしながら一様に動きを止めた。
「……ふぅ。ごめん、バレット。つい、力が入りすぎちゃったみたい」
アリスが額の汗を拭いながら魔装を解除すると、他の面々もようやく落ち着きを取り戻し、戦場さながらの目つきからいつもの表情へと戻っていった。
「いいか、今日はあくまで調整だッ! その有り余った本気は、明日、奴らのツラを拝んだ時に叩き込んでやれっ!!」
「……でも、みんな。これまでで一番、体が軽い気がする。……これなら、いけるっ!」
アリスのその言葉に、全員が力強く頷く。
手合わせが終わっても、訓練場には心地よい疲労感と、揺るぎない自信が満ちていた。ことなきを得た一行は、残された最後の夜を惜しむように、静かに装備や身体の最終メンテナンスへと移っていった。
数十分後──。
アジトの中央広場に、武装を整えた戦士たちが集結した。
その中心に立つバレットが、戦場を幾度も潜り抜けてきた男の重みを持って、静かに、しかし力強く口を開いた。
「全員集まれ……っ! これが突入前、最後の大集会になる。今まで神どもにコケにされ、多くの命がゴミのように弄ばれてきた。だが、それも明日で終わりだ。俺たちのこの手で、地獄のような日々に終止符を打つ」
バレットの鋭い視線が、一人ひとりの顔を射抜くように巡る。
「忘れるな、お前たちならやれる。どれだけ窮地に追い込まれ、心が折れそうになっても、隣に立つ仲間や、志半ばで犠牲になった奴らの顔を思い出せ。……たとえ差し違えてでも、必ず神を討て。泥を啜ってでも、俺たちの手で明るい未来を掴み取るんだ」
拳を固く握りしめたバレットが、最後に吠えるように宣言した。
「明日、朝日と共に戦える者全員で、神造要塞へ向かう! 分かったなっ!!」
『おおおおお――っ!!!』
地鳴りのような咆哮がアジトを揺らした。
昨日までの不安や迷いはもうどこにもない。全員が天高く拳を突き上げ、その瞳には神の支配を焼き払わんとする、苛烈なまでの士気が宿っていた。
そして、アジトに夜の静寂が訪れる。しかし、布団に座り、互いの体温を感じながら過ごすその時間は、決して暗いものではなかった。
誰からともなく、胸の奥に燻り続けてきた「想い」が言葉となって溢れ出す。
「いよいよ明日なんだねっ……。絶対に花恋ちゃんを見つけて、助け出さないと!」
膝を抱え、真白が瞳を潤ませながらも力強く言った。その視線を受け、剣一が優しく、だが岩のような決意を込めて頷く。
「ああ、なんとしてでも花恋を奪還する。あいつはまだ生きているはずだ。真白、お前が着けているそのペンダントを見てみろ……。花恋から貰ったその輝きが失われていないのが、何よりの証拠だ」
「そうね。その光が消えていないのは、神がまだ花恋ちゃんの『役割』を終えさせていない……せめてもの救いよ。両親のことは悔やまれるけれど……必ず、彼女だけは救い出すわ」
シロミが静かに目を閉じ、祈るように手を組む。その隣で、アリスが拳を握り締めるようにして語気を強めた。
「やっとここまで来た……。奪われたものも、流した涙も、数え切れない。でも、私たちはできることを全てやってきた。明日、絶対にあいつらをぶっ飛ばしてやるんだからっ!」
「ずっとこの時を待っていたんだぞっ! 仲間の想いを無駄にはしない、私たちの手で、この地獄を終わらせてやるんだぞっ!」
ツキノが拳を握り、エルフ特有の鋭い眼光を光らせる。ルミナは冷徹なまでの静けさを湛えたまま、淡々と、しかし苛烈な憎悪を口にした。
「……人間、エルフ、魔族、獣人族。犠牲になった命に種族の垣根はない。この命に代えても、理不尽を強いる神を許すことはない」
「私は一度、愚かにも神の側に身を置いてしまった……。だが、妹に『必ず戻る』と誓ったんだ。戦士として、誇り高きエルフとして、負けるわけにはいかないっ!」
リリアが己の過去を断ち切るように言い切れば、ミーナがその手を取り、慈愛に満ちた声で続く。
「花恋さんのお父様と約束をしました。彼女を助け、神を討つと。絶望に支配されたこの世界を、私たちの手で明るい未来へと塗り替えましょうっ!」
「みなさんに助けられたこの命、魔族として負けるわけにはいかないっ! 僕の全てを、あの門の向こうにぶつけてやるんだっ!」
小さな拳を握りしめるロロの瞳には、かつて怯えていた子供の面影はなく、戦士としての鋭い闘志が宿っていた。
「あっちに出来ることはなんでもするっ! サポートは任せてっ!」
隣でララがロロの手をぎゅっと握りしめ、自分自身にも言い聞かせるように力強く頷く。二人の小さな背中には、この過酷な訓練で積み上げてきた勇気が刻まれていた。
「私たちは模倣体……。だけど、ここでみんなと過ごした時間は、かけがえのない私自身の魂ッ。ありがとう、みんなッ。お父さんたちの仇は、絶対に私が討つよッ!」
クロナが真白を見つめ、自らの存在意義を確かめるように、静かだが凛とした声で宣言する。その横で、ケンゾウの瞳に、青白い怒りの火が灯った。
「俺はあいつらを許さなイ。こんなにも優しく、良い人たちの世界をめちゃくちゃにするなんテ……。ずっとこの時のために力を蓄えてきタ。見てて、父さん……絶対にやり遂げて見せるかラ!」
ケンゾウの声には、生みの親への誓いと、仲間を守りたいという純粋な願いが混じり合っていた。
最後を締めくくるように、バレットが凶悪なまでの笑みを浮かべる。
「……やっと、やっとだぜ。散々、下界のゴミだとバカにされてきたんだッ! どっちがゴミか、そのツラをボコボコにして教えてやる……。待ってろよ、クソッタレどもッ!!!」
各々の言葉が、一つの大きなうねりとなってアジトを満たしていく。
絆、約束、復讐、そして希望。
バラバラだった想いは今、神を討つための一本の槍へと姿を変え、決戦の朝を待つ。
「よし……! 明日に備えて、みんな寝るぞっ!」
剣一が号令をかけると、戦士たちはそれぞれの想いを胸に布団へと潜り込んだ。アジトの灯火が消え、暗闇の中に静かな寝息が混じり始める。
そんな中、剣一の隣に滑り込んできたアリスが、消え入りそうな声で囁いた。
「剣一……あたし、あんたに出会えて本当によかった。仲間としても、恋人としても……あんたと過ごした時間は、あたしの人生で一番輝いてたよ。ありがとうね」
「おい、どうしたんだ。まるで今夜が最後みたいな言い方じゃないか」
剣一が戸惑い混じりに問いかけると、アリスは彼の服の裾をぎゅっと握りしめ、顔を胸元に埋めた。
「……怖いの。もし明日、ここにいる仲間の誰かが居なくなっちゃったらって考えたら、急に……。今まで平気だったはずなのに、守りたいものが増えすぎちゃったみたい」
「アリス……。大丈夫だ、みんなは強い。それは俺たちが、一番よく分かっているだろう?」
剣一の手がアリスの髪を優しく撫でる。その温もりに、アリスは少しだけ震えを止めて顔を上げた。
「……確かに、そうだよね。でも、あたしはあんたが居なきゃ嫌だから。絶対に勝って、あたしの元に戻ってきて。これからもいっぱい愛し合って、デートして……いつか、家族なんかも出来ちゃったりして。やりたいことが、まだまだ山ほどあるんだから……。明日、絶対勝つからね。愛してるよ、剣一」
潤んだ瞳で見つめられ、アリスは寝転んだまま剣一の首に腕を回すと、吸い寄せられるように柔らかな口付けを交わした。暗闇の中で、二人の鼓動が重なり合う。
「ああ。勝ってみんなで帰って、やりたいこと全部やろう。……こんな時に不謹慎かもしれないが、聞いて欲しい。俺と結婚してくれ、アリス。お前を、誰にも渡したくない。一生、愛することを誓う」
「……ふ、ふぇっ!? こ、こんな時にプロポーズなんてっ……本当あんたらしいんだからっ……」
アリスは驚きで目を丸くし、次の瞬間には顔から火が出るほど赤くなった。だが、その瞳には溢れんばかりの喜びが宿る。
「……しょうがないから、結婚してあげるっ! その代わり、死ぬ気で幸せにしてよねっ!」
「ああ、約束する。必ず、お前を幸せにしてみせる。……お互い、明日は全力を尽くそう。おやすみ、アリス」
剣一は愛おしさを噛み締めるようにアリスの顎を引き、今度は深く、誓いを刻み込むような口付けを交わした。
二人は互いの体温を確かめ合うように強く抱き合い、決戦前の短い、しかし何よりも幸福な眠りについた。




