百戦錬磨
翌朝、アジトに差し込む陽光が、昨日とは違う空気を運んできた。
剣一とアリスの間に流れる、どこか気恥ずかしく、それでいて確かな絆を感じさせる気配。周囲の女性陣は、二人の様子から「昨夜何があったのか」を察し、一様に顔を赤らめて沈黙を守っていた。
「……おはよう、剣一。……今日の二人は、随分と雰囲気が違うわね?ウルダイブと契約した時のことを思い出したわ」
シロミの冷ややかな一言が、朝の静寂を切り裂く。その言葉の意味を理解した瞬間、アリスは顔から火が出るほど赤く染まり、剣一は布団の中で完全に石像のごとくフリーズしてしまった。
「あ、アリスちゃん、昨夜は……一体……っ!」
真白が真剣な顔で詰め寄る。剣一は布団から一歩も顔を出すことができず、ただひたすらに無心で、現世の罪を洗い流すかのように深呼吸を繰り返していた。
「……あんなの眠れるわけがないんだぞ」
ツキノが頬を真っ赤に染め、手の甲で口を隠しながら視線を向ける。その声には、照れと好奇心が入り混じっていた。
「……うるさかった。……まるで、浮かれた小動物のようだった」
ルミナは背を向けながら冷徹に追い打ちをかける。その髪の間から覗く耳の付け根までが、恥ずかしさで真っ赤に燃えていた。
そんな中、一人だけ状況を飲み込めていないリリアが、不思議そうに首を傾げる。
「一体、昨夜は何が行われていたんだっ……!? 過酷な特訓でもしていたのか……?」
リリアの純粋無垢な問いかけに、アジトの空気が一瞬だけ凍りついた。
「……リリア、あなたはそれでいいのよ。一生、その純粋さのままでいるのよ……」
シロミが遠い目をしてリリアの肩を叩く。剣一は「いっそ一人で神造要塞に飛び込んで消滅してしまいたい」と心から願い、アリスは顔から煙を吹き出しながら、もはや言葉を発する気力すら失っていた。
「も、もういいだろうっ!! この話は終わりだっ!!」
堪りかねた剣一が布団の中から身を起こし、真っ赤な顔で怒鳴り散らした。しかし、その声は羞恥心で震えており、全く威厳になっておらず、あちらこちらでひそひそと会話が行われている。
「……お前たち、いい加減にしてくれっ!」
結局、最後まで具体的な説明はなされなかったが、沈黙の中に含まれた「察した」という事実だけで、アジトの空気は耐え難いほどの熱を帯びていた。
しかし、どうしても好奇心を抑えきれなかった真白が、隣にいたクロナの袖を引いて、ひそひそ声で疑問を投げかける。
「ねえ、クロナちゃん……アリスちゃんとお兄ちゃん、昨夜は一体何をしていたのかな? 何か……新しい奥義の修行でもしていたのかなっ?」
「うーん、私にも詳細は分からないかなッ。……ただ、伝わってくる魔力の揺らぎが、その……今までに感じたことがないくらい、情熱的で、深い共鳴を起こしていた気がするよッ」
クロナは言葉を選びながら、自身の頬に手を当てる。その肌もまた、昨夜の残響を思い出したのか、周囲の女性陣と同じように淡い朱色に染まっていた。
「……私たちがまだ感じたことのない、魂の深い場所での『同調』だったのかな……ッ」
「魂の深い場所での……っ。やっぱりそうなの!? ズルいよアリスちゃん、私にもコツを教えてくれればいいのにっ!」
真白のキラキラとした、しかし純粋すぎて鋭い視線が再びアリスを射抜く。クロナもまた、戸惑いながらもどこか憧れるような表情で俯いていた。
二人の無邪気な追及は、アリスの逃げ場を完全に奪った。アジトの空気は決戦を前にして、いよいよ収拾のつかない熱気──あるいは、戦士としての「絆」の重みに包まれていった。
アリスは至近距離で詰め寄られ、逃げ場を失い天を仰ぐ。特に真白の瞳に宿る、疑いようのない「純粋な疑問」が、かえってアリスの罪悪感をチクチクと刺激した。
真白は剣一の実の妹であり、クロナはその真白の模倣体……。ある意味で「家族」とも言える彼女たちを、このまま生殺しのような好奇心の中に放置しておくのも酷かもしれない。
アリスは悩みに悩んだ挙句、顔から火が出そうなのを必死に抑え、二人を自らの両脇に引き寄せた。そして、他のメンバーに聞こえないよう、生々しい表現は徹底的に避けつつ、ひそひそ声で「儀式」の概要をこっそり伝えることにしたのだった。
「……いい? 一回しか言わないから。あれは、その……お互いの命を、一番近いところで……こう、溶け合わせるような……とにかく、すごく特別な『心の通わせ方』で……」
アリスの震える指先が宙に形を描き、耳元で語られた断片的な言葉。それを聞いた真白は、ポカンと口を開けた後、顔を真っ赤にしてフリーズした。一方のクロナも、自身の胸元に手を当て、ありもしない「熱」を確認するように激しく動揺している。
「と、溶け……っ! そ、それって、合体技っていうより……魂が混ざっちゃうみたいな……っ!?」
「そそ……ッ。そんなこと、私たちが知っても良かったのかなッ……!?」
二人の反応を見て、アリスは力なく肩を落とし、両手で顔を覆った。
秘密を共有したことで、アジトを支配する空気はより一層濃密なものとなり、決戦を前にした「覚悟」とはまた別の、熱い何かが彼女たちの胸に刻まれていった。
そんな彼女たちの様子を、腕を組んで眺めていたバレットが、業を煮やしたように声を張り上げる。
「おい! いつまで骨抜きになってやがる! そろそろ明日の突入に向けて、手合わせでもして調整しておけ! 明日で世界の命運が決まるんだからなっ!」
バレットの叱咤に対し、女性陣からは「はーい」と、どこか気の抜けた返事が重なる。揃いも揃って頬を上気させたまま、ふわふわとした足取りで訓練場へと向かう彼女たちの背中に、バレットは「……本当に大丈夫か、こいつら」と、拭いきれない不安を覚えずにはいられなかった。
しかし、その懸念は訓練場に一歩足を踏み入れた瞬間に霧散した。
「さあ、始めようじゃない……っ! ミーナ、相手よろしく!」
アリスが先陣を切り、魔装を展開すると共にミーナを指名する。
さっきまでの羞恥心はどこへやら、その瞳には神を射抜かんとする鋭い光が宿っていた。対するミーナも、覚悟を決めたように魔力を凝縮させ、アリスの踏み込みを正面から迎え撃つ。
それに続くように、訓練場の各所で激しい火花が飛び散り始めた。
剣一とケンゾウは、自分自身の鏡と対峙するかのように、一分の狂いもない剣筋を重ね合わせ、自身の限界をさらに押し上げていく。真白とクロナは、まるで舞い踊るかのように双子さながらの連携を見せ、魔力の奔流を戦場に叩きつける。
「おいおい、そんなもんか! 牙を研ぎ澄ませろよッ!」
バレットがツキノの猛攻を魔爪で受け止めながら叫べば、ツキノは大きな叫びと共にさらに速度を増していく。ルミナとリリアは、氷と雷、冷徹な一撃と圧倒的な武技をぶつけ合い、互いの技の精度を研ぎ澄ましていた。
少し離れた場所では、シロミがロロとララを相手に、実戦さながらの厳しい機動訓練を課している。
「いい、二人とも。戦場では甘えは死に直結するわ。みんなが見せた『覚悟』を、あなたたちもここで再現しなさい」
アジト全体が震えるほどの衝撃と、爆ぜる魔力の残光。
昨夜の熱情を、明日の勝利を掴むための「絶対的な闘志」へと変換するように、訓練場はかつてないほどの激しい熱気に包まれていった。




