相思相愛
新しくクロナとケンゾウを迎え、大世帯となったアジトには、かつてないほどの熱気と活気が満ちていた。
「なあ、クロナ、ケンゾウ。二人には俺たちと同じ……俺たちが辿ってきた道の記憶もあるのか?」
剣一の問いかけに、クロナは少しだけ視線を彷徨わせ、記憶の深淵を辿るように答える。
「ううん、私たちの記憶があるのは、お父さんとお母さんがこの世界へ来るまでの記憶だけなのッ。あとは、ここでお父さんと出会ってからの……稽古をつけてもらっていた記憶ッ」
「そうだったのか……。過酷な環境で、父さんに育てられたんだな」
剣一は二人の瞳に、自分たちと同じ戦士としての矜持を見た。改めて深く一礼する。
「改めて、二人とも。よろしく頼む」
ケンゾウは短く頷き、不器用ながらも剣一を真っ直ぐに見据える。
「うン。……父さんが託したんだ、俺たちも全力を尽くス。……剣一、こちらこそよろしク」
その呼び方は、どこか自分自身を呼ぶような響きがあり、剣一は少しだけ苦笑を浮かべた。しかし、その声には確かな信頼が宿っていた。
その時、背後から気配を消したシロミが、獲物を狙う獣のような目つきでクロナに忍び寄る。
「クロナちゃん、ちょっとだけ良いかしら……。ふむ……クンクン。なるほど、真白ちゃんとほぼ同じ成分の匂いね……。いや、これは誤差の範囲かしら。……ペロッ」
シロミは躊躇なくクロナの腕を舐めると、目を見開いた。
「っ……!? この味は……!? 甘美でいて、どこか神聖……! 間違いないわ、真白ちゃんと全く同じ……ッ!!!」
「はうッ……!? あの……何をしているのかなッ……!?」
クロナが顔を真っ赤にして飛び退く。間一髪、真白がシロミの襟首を掴んで引き剥がした。
「こらっ! お姉ちゃん! 私と瓜二つだからって、そんな変な実験台にしたらダメだよっ! クロナちゃんが怖がってるでしょっ!」
「ご、ごめんなさい……つい、どこまで生物学的に同一なのかしらと思っちゃって。……でも、気になるでしょ? ねぇ、アリス?」
シロミは悪びれる様子もなく、真白の背後にいたアリスに同意を求めてニヤリと笑う。アリスは呆れ果てて深くため息をついたが、「同調」という文字が頭をよぎり、思わず顔を真っ赤にして口ごもった。
「あ、あたしは……わかるからっ。……ふと見ると、剣一が二人に見えちゃうことはあるけどっ。でも、さっき何回か……しちゃったから……」
「な、何をしたっていうの!? 何か違いが分かるようなことでもしたのっ!? 私にも教えなさいっ!!」
シロミの目が獲物を捉えた獣のようにギラリと光り、アリスに距離ゼロまで詰め寄る。
「アリスちゃん、私も知りたいっ! 二人ともすごく顔色が良いのは、そのせいなのっ!?」
真白まで便乗してキラキラした瞳で迫ってくる。逃げ場を失ったアリスに、今度はツキノがここぞとばかりに身を乗り出した。
「アリスがそんなに照れるなんて……。私もその方法とやらを知りたいんだぞっ?」
「……教えて、アリス」
ツキノの背後からひょっこりと顔を出したルミナが、無表情のまま追い打ちをかける。さらに、普段は冷静なはずの者までが──。
「わ、私もアリスと同じ戦士として知る必要があるはずっ……教えるんだ、アリスっ!」
そう言って、なぜか自分まで頬を紅潮させながらアリスを問い詰める始末。
「アリスさんだけずるいですっ!私も違いを感じたいですっ!」
ミーナも頬を膨らませながらアリスを見つめる。
「う、ううぅ……っ! なんでみんなしてそんなに食いつくのよぉっ! 違うの、ただ口付けを……っ!!」
アリスは両手で顔を覆い、真っ赤になった耳まで隠してジタバタと身をよじる。
「お、おい……あまりそういうことを……アリスを追い詰めるなっ!」
助け舟を出そうと剣一が割って入った瞬間、アリス以外の女性陣全員が、鋭い目つきでジロリと彼を振り返った。
「あ……これはどこかで見たやつだ。……や、やめるんだッ!!」
剣一が逃げ出そうとしたが、既に時遅し。
「ちょっとっ! またなんてダメだからッ! それはあたしと剣一だけの……ッ!!!」
二人の抵抗も虚しく、彼らはシロミたちの圧倒的な物量と力技の前に屈した。アジトの片隅に押し込められると、次々とまたもや順番に口付けの洗礼を受ける。
「……さて、どうなるのかしら。真白ちゃん、後で私たちも試してみましょう?」
「……これ、お姉ちゃんと試したら、分かっちゃうのかなあ……?」
二人は剣一がみんなと終えるのを見届け、シロミが真白に耳打ちをすると、真白もまた理性を手放した瞳で疑問を持ち始めた。
数分後──。
アジトの床に投げ出された剣一とアリスは、文字通り「大の字」で力尽きていた。
結局、当のみんなは「イマイチ違いを感じ取れなかった」という始末。
二人は焦点の合わない瞳で天井の隅を虚ろに見つめ、魂がどこか別の次元へ旅立ってしまったような、完全な廃人状態だった。
「……アリス、生きてるか?」
「……ええ、魂が……天井の向こう側に飛んでいったみたい……」
戦場へ向かう士気は、ある意味で極限まで達していた。身体は極度の疲労に包まれながらも、アリスといる空間が、剣一の心を妙に昂らせていた。
「……すまない、アリス。今の俺は、もうダメかもしれない。……頭が回らないんだ」
剣一が力なく呟くと、隣で寝転がっていたアリスが虚ろな瞳のままススッと剣一に身を寄せた。
「……なんでこんなことになっちゃったの。……もうやだ……こんなことなら……あたしと最後まで……して欲しいっ……」
アリスが湿った吐息を剣一の首筋に吹きかけながら、甘く危険な誘惑を口にする。
「えっ!? さ、さすがにそれは……戦場へ行く前の士気上げとしても、まずいんじゃないか、アリス……っ!」
剣一は赤面し、必死に理性を繋ぎ止める。しかし、アリスの熱を帯びた瞳に捕らえられ、その拒絶はもはや形だけのものになりつつあった。
「……ねえ……剣一。もう一度だけ、その……確かめさせて……ダメ……?」
二人の間に、再び濃密な魔力と情熱が渦を巻き始めるが、何とか理性の最後の砦を保ち、その場はことなきを得た。
そして時は過ぎ、深夜──。
アジトは静まり返り、荒事とは無縁の穏やかな寝息だけが響く就寝時間となっていた。
だが、剣一の布団の隣でアリスが小さな震えを伴いながら身を寄せる。
「け、剣一……? 起きてる? ……あたし、こんなときに重いかもしれないし、図々しいかもしれないんだけど……やっぱり、剣一の一番になりたいのっ。……最後まで……、あんたに愛されたいっ……」
アリスの震える声に、剣一はハッとして目を開く。暗闇の中で見える彼女の瞳は、熱情と不安で潤んでいた。
「あ、アリス……! お前、本気なのかっ……!? みんな、すぐ側で寝ているんだぞ……!」
「……いいの。いつ何が起こるかもわからない、もう生きて帰ってこられないかもしれないんだから。……後悔はしたくないの、お願い……」
「……わかった。俺も、お前以外には考えられない。……愛している」
剣一が布団を被せ、二人の世界が小さく閉ざされ、ほのかな熱を纏った時間が過ぎていった。




