非情な現実
カオスが漆黒の手を天に掲げると、拠点全体を飲み込むように巨大な闇のフィールドが展開された。
空間は歪み、剣一とアリスはカオスと、真白はダイヤモンドの戦士デルタと、ミーナは補佐官と、それぞれ隔離された個別の戦場へと放り込まれる。
ミーナの目の前に立つ補佐官は、静かに魔力を練り上げると、その周囲に花恋を彷彿とさせる数多の魔銃を展開させた。空中に浮かぶ無数の銃口が、一斉にミーナを狙う。
「あなたたちは強い。正直なところ、僕の魔力では勝てないことも理解している。……だが、それでも降参する気はない。最後まで、全力で相手をさせてもらう!」
「……なぜ、そこまでして抗うのですか」
ミーナは悲痛な瞳で補佐官を見据え、刃を構え直す。
「戦うとなれば、私は決して手加減をしません。命の保証もできないです。……それでもいいのですか?」
補佐官はどこか遠くを見るような、穏やかな笑みを浮かべた。
「命など、とうにありませんよ。……私たちはもう、人間ではないのですから」
「……っ!? あなた……自我があるのですか?」
「はい。……ですが、ここに来る前の記憶は何もない。全てはカオス様から教え込まれた知識だけです。僕らはただの『改造品』。神に抗うことさえ、本来は許されていないのですよ」
その告白に、ミーナの胸が締め付けられる。それは敵というよりも、歪められた運命そのものだった。
「そんな……そんな悲しいことって……」
「情けは不要です。君たちのその高潔な意志、僕らの終わった命で証明させてください。さぁ、全力でかかってきてください!」
「……わかりました。あなたのその想い、無駄にはしません。あなたたちを超え、必ず神々を倒して見せますッ!!」
ミーナの瞳に宿る色が黄金へと変わる。
「──限界突破II、『十尾妖狐EX』ッ!!」
空間が揺らぎ、ミーナの背後に十の尾が禍々しくも神々しい光を放ちながら出現する。決戦の火蓋は、悲しみを抱えたまま切って落とされた。
「──妖狐影分身ッ!!」
ミーナが四つん這いに魔力を貯めると、アジトの空間を埋め尽くすほどの数十人もの分身がゆらりと出現する。彼女たちは獣のような敏捷さで、一斉に補佐官へと飛びかかった。
補佐官は一切の動揺を見せず、周囲に展開した魔銃を回転させ、迫り来る分身たちの脳天を正確に撃ち落としていく。
しかし、倒したはずの分身は霧となって消えることなく、床にその形をとどめたままだった。
「……死体が消えない? いや、これは──っ!?」
補佐官は違和感を覚えながらも引き金を弾き続けるが、倒れたはずの分身たちが、互いに重なり合い、磁石のように吸い寄せられて巨大なミーナの姿を形作っていく。
その異様な光景に補佐官は即座に標的を変更し、展開していたすべての魔銃を巨大ミーナへと向けた。
「そこだっ!!」
轟音と共に、全火力が巨大な影へと集中する。数千発の魔弾を浴びた巨大ミーナは、断末魔のような叫びと共に地へと倒れ込んだ。
しかし、それが勝負の分かれ目だった。
「──隙ありですッ!」
土煙の中から現れたのは、巨大な骸を囮にして背後に回り込んでいたミーナ本体だった。彼女の掌には、すでに魔力を極限まで圧縮した掌底が光っている。
補佐官は反射的に、すぐ近くにあった魔銃を手に取り、銃身を盾のようにしてミーナの掌底を受け止めた。
硬質な金属音と火花が、閉鎖された闇のフィールドに激しく弾け飛ぶ。
「……なるほど、囮と本体の二段構え。素晴らしい連携だ」
補佐官は痺れを覚える銃身を支えながらも、どこか穏やかな笑みを浮かべていた。しかし、ミーナの追撃は止まらない。
「近づければもうこっちのものですっ! ──『妖尾乱撃弾』ッ!!!」
その一撃はまさに嵐だった。両手両脚の打撃に加え、十本の尾が意志を持って躍動し、四方八方から補佐官を襲う。もはや十四刀流ともいうべき怒涛の連撃は、防戦一方の補佐官に反撃の隙すら与えない。
一撃、また一撃と、補佐官の装甲が砕け散り、その内側に隠されていた核が露わになっていく。
「くっ、やりますねっ……! さすがは、神々を討つ者たち……!」
補佐官は連撃のすべてを受けきり、膝をついた。その胸部には、魔力核が剥き出しになっている。
「これでッ……終わりですッ!!!」
ミーナの掌底が、一筋の閃光となって核へと叩き込まれた。
その衝撃の直後、補佐官の表情に微かな「人間らしさ」が宿った。彼は歪んだ仮面の下で、愛おしいものを思い浮かべるように声を震わせる。
「あ、ぐっ……! あ……ああ……。僕の……子供……花恋は……元気で……やっているだろうか……」
ミーナの瞳が見開かれる。
「……っ!? そ、そんな……まさか、あなたは花恋さんのお父様なのですか!? 花恋さんは今、捕らえられていて……っ、剣一さんと私たちが助けに行くところなんですっ!!」
補佐官の顔に、安堵と深い後悔が入り混じる。
「そうだったのか……母さんは、もう先に逝ってしまった……」
補佐官は、核が砕けていく激痛の中で、ふっと力が抜けたように空を見上げた。仮面の隙間から覗く瞳には、戦いの殺気はとうに消え、ただ遠い日の家族との記憶だけが映し出されている。
「花恋のこと……どうか、頼む……。君たちが……神を討ってくれ……っ!」
彼は、ミーナの腕を掴むかのような仕草で、すがるように懇願した。その声は先ほどまでの機械的な響きを失い、一人の父親としての切実な響きに満ちていた。
「う、ううっ……。分かりましたっ……。必ず約束しますっ……!」
ミーナは溢れ出る涙を拭うことさえせず、強く、深く頷いた。彼女の瞳は真っ直ぐに補佐官の仮面を見つめ、その言葉に偽りがないことを全身で伝えている。
「あなたの想い、花恋さんに、そして未来に必ず繋げます。後は私たちに任せてください……!」
ミーナの手が補佐官の震える肩をそっと支える。彼女の表情は、悲しみに歪みながらも、託された重責を受け入れる覚悟で満ちていた。
「……ありがとう……」
その言葉が、彼が遺した最後の一言だった。
生命の灯火が消え、静寂が訪れる。ゆっくりと割れた仮面の奥から現れたのは、苦難の末にようやく安らぎを得たかのような、一人の人間の穏やかな素顔だった。




