陣取合戦
真白が目を覚まして数時間。自身での治療により彼女の身体も本来の輝きを取り戻し、いよいよ次なる方針を決めるための作戦会議が始まった。
「よし、改めて言わせてもらおう。真白、よく無事に帰ってきた」
バレットがを広げ、真剣な眼差しで全員を見渡す。
「現状、相手の戦力は残る十二人の神々、混沌の神カオス、そして六神兵が二人。我々の次なる目標は、残りの拠点二ヶ所の殲滅だ。だが、流石にこの人数で動くのは目立ちすぎる。二手に分かれて同時攻撃を仕掛ける」
バレットは地図上に二つの拠点を指し示し、視線をロロとララへと向けた。
「ロロ、ララ。お前たちはここで、シロミの指導のもと徹底的に訓練をしておいてくれ。今の実力では、神との戦闘は過酷すぎる」
「……ただ、真白。お前には戦場に出てほしい。今回の件で、お前の持つ『光』と、その裏にある『闇』の力がどれほどの脅威か分かった。何より、極限状態での回復力は、誰にも代えがたい武器になるからな」
バレットの言葉に、真白は力強く頷いた。
「わかった。もう大丈夫っ。……みんなを守るために、私がやる」
真白の瞳には、かつての弱々しさはなく、覚悟の光が宿っていた。
「それは頼もしいぜ。何があっても頼むぞ、真白」
バレットが真白の肩に手を置く。真白は力強く頷き、応えた。
すると、その様子を少し離れた場所から見ていたシロミが、教え子であるロロとララに温かな視線を送る。
「……私は、この子たちの教育に専念するわ。置いていかれるのは少し癪だけど、これも未来を繋ぐための必要な時間だもの」
その言葉には、ただの復讐心ではなく、次世代を守り育てようとする確かな意志が込められていた。それに続いて、傍らにいたリリアも静かに口を開く。
「私も今回は残らせてもらおう。ロロとララには、いつか私のような敵が立ちはだかるかもしれない。その時に絶望しないよう、今のうちに地獄の底のような厳しさで叩き込んでおく必要があるだろう」
リリアの言葉は、かつての自身の過ちを繰り返させないという、彼女なりの優しさと責任感の表れだった。
「よし、話は決まったな」
バレットが全員を見回し、作戦の概要を再確認する。
「班分けはこうだ。俺とツキノ、そしてルミナの班。もう一方は、剣一、真白、アリス、ミーナの班で分かれる。明日早朝、二手に分かれて同時出発するぞ。……それまでは各自、装備を整えてゆっくり休むように。いいな!」
「「了解ッ!!」」
バレットの力強い号令と共に、アジト内に引き締まった空気が走った。いよいよ決戦の刻が迫る。それぞれの想いを胸に、一行は最後の休息へと向かった。
そして就寝時間。アジトの一室には、前日同様に布団が二列に敷き詰められていた。
「……さぁ、この時間がやってきたんだぞ! 剣一の隣という『特等席』を巡る、運命の聖戦。ここで白黒ハッキリさせるんだぞっ!!」
ツキノがニヤニヤと周囲を煽り始めると、静かだった室内の空気が一変した。
「……なんでそうなるんだよ。普通に寝ればいいだろ……」
「……ちょっとぉ! 別に隣じゃなくてもいい人もいるでしょっ! っていうかバレット、あんたが本気出しても困るだけなんだけどっ!」
アリスが呆れて反論するが、肝心のバレットはすでに戦闘態勢だった。
「……やるからには、俺は一切の手加減をするつもりはないぞ」
「えっ……」
アリスが呆然と声を漏らす中、ルミナがすっと音もなく剣一の横へと歩み寄る。
「……私も負けない。誰であろうと譲る気はない」
「し、勝負なら私も誇りにかけて負けるわけにはいかないんだ! ……すまないっ、アリスっ!」
リリアまでもが頬を紅潮させ、参戦を表明する。さらに、これまで控えめだったミーナまでが、強い眼差しで一歩前に出た。
「……みなさんには、負けませんっ!」
「あらあら、いい熱気ねえ。じゃあ私も乗っかっちゃおうかしら」
シロミまでもがニヤニヤと悪戯っぽく笑いながら、陣取り合戦に加わる。さらに、先ほどまで横になって疲れ果てていたはずの真白が、キラキラとした瞳で元気に手を挙げた。
「たまには、お兄ちゃんと一緒に寝るのも悪くないよねっ!」
楽しそうなみんなの空気に誘われ、真白も当然のように参戦。そして極めつけは、小さな影が二つ。
「「お父様は、誰にも渡さないぞー!!」」
ロロとララまでが小さな拳を突き上げ、揃って決意表明をする始末。
「……あれれ、こんなことになるとは思ってなかったんだぞ。……アリス、ここが踏ん張りどころだぞっ!」
状況を煽った張本人のツキノが、他人事のようにアリスの肩を叩く。
「……なんでよぉぉぉっ!! ツキノ、あんたが全部煽ったからでしょーっ!!」
アジト中に響き渡るアリスの絶叫。
布団の周りはもはや寝る場所ではなく、剣一を巡る「生存を賭けた最終決戦場」と化していた。
しかし、激しい鍔迫り合いの末に勝者となったのは、意外にも最後まで防御を貫き通した剣一。彼が静かに周囲を見渡すと、あんなに熱くなっていたはずの面々が、争いの最中に限界を迎え、思い思いの場所で力尽きていたのだ。
相手は最後まで残っていたアリス。彼女は戦闘による消耗よりも、精神的なテンションの上下で息が上がり、肩で激しく息をしている。
「……はぁ、はぁ、はぁ……っ! ふう。……これは……あたしの、勝ちで……良いって、ことよね?」
達成感に満ちた表情で剣一を見下ろすアリス。しかし、剣一は呆れと苦笑が混ざったような顔で、周囲を指差した。
「……アリス、よく見てみろ。みんなもう寝てるぞ」
「……なっ!?」
アリスが視線を落とすと、そこにはいつの間にか寝息を立てて眠るリリアやミーナ、そしてなぜか布団の真ん中で陣取って抱き合って寝ている真白たちの姿があった。あれだけの熱戦を繰り広げていた彼女たちは、まるで何事もなかったかのように平和な寝顔を並べている。
「……なんでよぉ……! なんでこんなことに……! あたし、こんなに息切らしてるのに……はぁ、はぁ……」
アリスはへなへなと座り込み、戦利品を誰にも奪われぬまま、ただ虚しさだけを抱えて力尽きていた。
そんなアリスを、剣一は慈しむように見つめる。
「……アリス、お疲れ様。場所が確保できたんだ、一緒に寝るか」
「あっ……うん……」
剣一はアリスの隣に横たわると、低い声で続けた。
「……アリス、さっきは励ましてくれて本当に助かった。改めてお礼をしたいんだ……その……少し、口付けをしてもいいか?」
「え、あ……っ、うん。わざわざ聞かなくても、いいよっ……」
「そうか。……なら、失礼する」
剣一が優しく唇を重ねると、アリスは顔を真っ赤にして、幸せそうに微笑んだ。
「……んっ。えへへ……嬉しい。ありがと、大好きだよ」
アリスはそのまま満足げに目を閉じ、眠りに入る。
しかし、そのすぐ隣で、真白とシロミの二人は「寝たふり」をしながら、闇の中で息を潜めてこの光景をすべて見守っていた。
「……ねえ、お姉ちゃん」
真白がシロミの耳元で、まるで毒のような甘い囁きを落とす。
「さっきの……キスって、どういう感情になるのかなあ?」
「ど、どうかしらねえ……そんなの、私もしたことがないからわからないわ……っ!」
シロミは動揺で心臓を早鐘のように打たせながら、わざとらしく返した。すると真白は、何のためらいもない手つきで、シロミの肩を引き寄せる。
「……じゃあさ、お姉ちゃん。一度、練習してみてもいい?」
「……っ!? そ、そんなのっ! ありがたいけれどっ、そんなことしたら……私、理性が保てなくなっちゃうっ……!」
「……そう。じゃあ、やめておこうかな」
「じ、冗談よっ……! お願い真白ちゃん、一度だけでいいから、お願いよぉっ!」
シロミは抗うことも忘れ、背に腹は代えられないとばかりに真白にすがりつく。
「……ふふ、わかった。一度だけだよ? ……んっ」
唇が重なる。刹那、シロミの頭の中は真っ白に弾け飛んだ。
「……んっ……! はぅっ……ダメ、死ぬ……っ! なんなのこれ、頭がおかしくなりそう……ッ!」
あまりの快感と背徳感に、シロミは思わず声を漏らしてしまう。その背徳の響きがあまりに大きく深夜のアジトに反響した瞬間、それまで平穏に眠っていた剣一とアリスの意識が、驚愕と共に強制的に引き戻された。
「……っ!? シロミっ!? あんた……起きてたのっ!?」
アリスが飛び起き、顔を真っ赤にして叫ぶ。剣一もまた、状況を理解せぬまま勢いよく上半身を起こし、その視線は凍りついたように二人に突き刺さった。
「……っ! お前ら、いつから起きてたんだっ!!」
剣一の声は、羞恥と困惑で裏返っている。
シロミは真白に抱きついたまま、茹でダコのように真っ赤な顔でフリーズし、真白はといえば、何事もなかったかのようなすまし顔で、ぼんやりと兄を見つめ返した。
「……お兄ちゃん。こんなに幸せな感情をアリスちゃんに貰ってたんだっ。私ね、お姉ちゃんと少しだけ……『お勉強』をしていただけだよっ?」
「お勉強ってレベルじゃないだろっ!!」
アジトの夜は、朝の出発を前に、前代未聞の修羅場と共にもう二度と戻らない混沌へと落ちていくのだった。




