悪戯の神ロキ
身を潜め、物陰から拠点の様子を窺うツキノたちの視界に、標的の姿が飛び込んでくる。そこにいたのは、威圧感を放つ機械六神兵の一角と、その傍らに控える補佐官だった。
「あいつは六神兵の四番手、ドール・シルバーなんだぞっ!」
ツキノが声を潜めながらも、警戒を露わにする。
「ああ、中々の手練れだ。あいつは主に『銀』を操って戦うはずだぞ」
仲間の言葉に、ルミナが静かに頷き、自身の役割を提示した。
「……周りの雑兵は私が足止めする。ドールと補佐官は、ツキノとリリアでお願い」
「わかったんだぞっ! ……ドールは私が相手をするから、リリアは補佐官を頼むんだぞっ」
「承知した。……案ずるな、早急に片付けて貴殿の加勢に回ろう」
リリアは短く応じ、雷槍を握り直す。
「それじゃあ、ルミナの合図で行くんだぞっ。ルミナ、頼んだんだぞっ!」
仲間の視線を受け、ルミナが魔力を練り上げる。
「……いくよ。『幻鏡白雪』っ!」
その叫びと共に、吹き荒れる白銀の吹雪が視界を奪う。それを合図に、ツキノとリリアは限界突破し、弾かれたように拠点へと飛び込んで行った。
一方で、バレットたちもまた別の拠点へと辿り着いていた。
「ここの六神兵は……『シンク・ブロンズ』か。五番手の野郎だな。当然、六神兵は俺がやる。ミーナ、お前は補佐官を頼む。そして周りの雑兵どもは、ロロ、ララ、お前ら二人で片付けるんだぞ」
バレットは魔力を研ぎ澄ますと、二人の子供たちを鋭い眼光で射抜いた。
「数は多いが、俺たちが相手をする奴らに比べりゃ、紙切れみたいなもんだ。そいつら一人倒せねえようじゃ、神に反撃しようなんて夢のまた夢だからな。……いいか、覚悟しとけよ」
「「はいっ! 分かりましたっ!!」」
力強く頷く二人の震える拳を見て、バレットは視線をミーナへと移す。
「ミーナには負担をかけるが、もしロロとララが危なそうなら、そっちの援護も頼む。俺は何があっても目の前のランカーを仕留めてみせる。心配すんな」
「分かりました。……突入の際、私が撹乱を仕掛けます。その隙に皆さんは先手を。少しの間であれば、敵の目を逸らす時間は稼げるはずです」
ミーナが十本の尾を静かに広げ、膨大な魔力を練り上げる。
「いいだろう。……ミーナの合図で、一気に地獄へ叩き込むぞっ!」
「はい! では、いきますっ! 『妖狐影分身』ッ!」
ミーナの声が響くと同時に、何十体もの分身が実体を持って出現し、猛烈な勢いで拠点へと雪崩れ込んでいく。その幻惑の群れに紛れるように、バレットを先頭にロロとララもまた、初めての戦場へと飛び込んで行った。
そして、本命である剣一たちのチームもまた、目的地である救出拠点へと辿り着いていた。
「……間違いない、あそこに捕らわれているのは月矢だっ! だが……やはり六神兵が直々に監視に付いているな。あの冷徹な佇まい……おそらく、二番手の『ツール・プラチナ』だ」
剣一が奥歯を噛み締めながら告げる。その視線の先には、無残に拘束された友の姿があった。
「剣一、真白。二人は今すぐあいつを助けに行って。あたしが爆速で周りの雑魚どもを殲滅したら、すぐに加勢に行くから!」
アリスが蒼炎を滾らせ、好戦的な笑みを浮かべる。
「私は補佐官を引き受けるわ。二人とも、決して無理はしないで。危なくなったら、すぐに私がそっちへ行くわ」
シロミが魔王としての覇気を静かに漂わせ、二人を鼓舞した。
「……やっと、やっと月矢くんに会えた。絶対に助け出すんだから! それに、どこかにいるはずの花恋ちゃんも、早く見つけてあげなきゃ……っ!」
「ありがとう、みんな。……頼んだぞ! ――行くぞ、真白、シロミ!」
「じゃあ、いくよっ! 全員まとめて吹き飛べっ! ――『爆炎加速』、からの……『獄炎爆破』ッ!!!」
アリスが爆炎を噴射して超高速で突撃し、拠点の外縁を焼き払う大爆発を引き起こした。凄まじい轟音と熱風が吹き荒れる中、剣一たちは一気に深部へと躍り出る。
しかし、爆煙の向こう側に立つツール・プラチナと補佐官は、わずかに視線を動かしただけで、その場を動こうとはしなかった。まるで、羽虫が騒いでいるのを眺めるような、圧倒的な「強者の余裕」。
その不気味な静寂を切り裂くように、三人はツールの元へと決死の覚悟で飛び込んだ。
「……月矢、遅くなってすまない。今すぐ助けてやる、待ってろ!」
「……剣一……来て……くれたのか……。すまない……俺が不甲斐ないばかりに、花恋が……連れていかれちまった……」
月矢は掠れた声で、自責の念を絞り出すように呟いた。その痛々しい姿に、真白が瞳を潤ませながら駆け寄る。
「喋らないで、安静にしてて月矢くん! 今すぐ解いてあげるからね!」
剣一は月矢を救う時間を稼ぐため、全身の魔力を一気に沸騰させた。
「――『限界突破』!!」
膨れ上がった魔圧を纏い、剣一はプラチナの懐へと弾丸のごとく踏み込む。ツール・プラチナを月矢から引き離すべく、渾身の連撃を叩き込んだ。同時に、シロミもまた大魔王憑依による連打を放ち、補佐官を遠ざける。
「……はあ、面倒だ」
プラチナは眉ひとつ動かさず、最小限の動きで剣一の刃をランスで受け流していくが、分断には成功した。その隙を見逃さず、真白は月矢の無骨な手枷に手をかけ、祈るような心地でその拘束を解き放った。
「月矢くんっ! 大丈夫!? しっかりして!」
地面に崩れ落ちそうになる身体を真白が支える。月矢は肺に溜まった澱みを吐き出すように、大きく息を吸い込んだ。
「ああ……なんとか動ける……。ありがとう、真白ちゃん。助かった……」
「……よかった。ねえ、月矢くん。花恋ちゃんはどこに行ったか分かる? 一緒に連れて行かれたんじゃ……」
真白の切実な問いに、月矢の表情が苦渋に歪む。彼は震える指先で、さらに向こう側にそびえ立つ、神々しいまでに巨大な建造物を指差した。
「……花恋は、神が集まるあの巨大な鉄の塊……『神造要塞』へと連れて行かれた。捕らえられた魔族やエルフたちが無残に改造された、あの地獄へ。……あいつら、花恋を『神の器』にするつもりだ。他の種族と同じように、魔力回路を根こそぎ書き換えられ、自我を持たない兵器へと作り替えられるかもしれない……っ!」
その言葉に、剣一と真白の背筋に凍りつくような戦慄が走った。
だが、懸命に月矢を支えていた真白の胸中に、言いようのない違和感が芽生える。
「……月矢くん。どうして、エルフや魔族が改造されていることを知っているの? それに……『神の器』って、何……?」
その問いを投げかけた瞬間、月矢の震えていた肩がピタリと止まった。俯いていた顔がゆっくりと持ち上がり、その口角が耳元まで裂けんばかりに吊り上がる。
「……イヒヒッ! アハハハッ!!」
狂ったような笑い声が、静まり返った拠点に響き渡る。
「月矢くん……? 何、笑ってるの……?」
真白が思わず手を離し、後ずさる。すると、「月矢」の輪郭が陽炎のようにゆらゆらと歪み始めた。
「……あーあ、こうなったら仕方ねェ。やっぱり『優しすぎる聖女様』を騙し通すのは、俺様でも骨が折れるぜェ。……俺ァ月矢じゃねえんだよなァ。残念だったなァ! イヒヒッ!!」
月矢の姿が陽炎のように歪み、皮を脱ぎ捨てるようにして現れたのは、奇抜な装束を纏い、狂気じみた笑みを浮かべる男――悪戯の神、ロキだった。
「っ!! 貴様、何者だっ!? 月矢はどこへやった!!」
剣一がプラチナへの警戒も忘れて叫ぶ。ロキは踊るような足取りで真白から距離を取ると、耳をつんざくような甲高い笑声を上げた。
「俺は悪戯の神ロキ! 全ては俺様が描いた最高の台本通りだったってわけだァ! イヒヒッ!」
「……月矢くんは……月矢くんはどこなのっ!?」
真白の声が震える。縋るようなその問いに、ロキは顔を突き出し、残酷な真実を突きつけた。
「アァ? あいつならとうの昔に死んでんぞォ? お前らと出会うよりも、ずーっと前になァ!!」
「……どういう……ことなの……?」
「つまりィ、あいつを殺し、お前らと一緒に笑って、飯食って、冒険してたのは、ずーっと俺様だったってことだァ! てめぇらに近づきゃあ、花恋って奴と天空を目指すと思ってたからなァ!ついでに言えば、そいつを俺が後ろからブスッと刺して神に献上したってわけだァっ! 全部俺一人でやったんだぜ、凄いだろォ!?」
「そ……そんな……なんて……酷いことを……っ!!」
真白はその場に崩れ落ち、あまりの非道さに嗚咽を漏らす。目の前にいた「仲間」が、自分たちの絆を嘲笑うための偽物だったという事実に、心が悲鳴を上げた。
「イヒヒッ! いい表情だぜェッ!! その絶望に染まったマヌケなツラ、最高にたまんねぇんだァッ!! もっと、もっと俺に見せてくれよォッ!!」
ロキの狂気に満ちた歓喜の声が、絶望に沈む拠点に不気味に響き渡っていた。




