手合わせ
剣一が己の影を打ち倒し、意識が現実へと浮上すると、そこにはロロとララが不安げな表情で仲間たちを見守る姿があった。
「……ロロ、ララ。お前たちは、あいつの技を受けなかったのか?」
剣一が身体を起こしながら問いかけると、二人は顔を見合わせ、不思議そうに頷いた。
「はい……僕たちだけ、何故かあの黒い霧に巻かれなかったんです」
「……そうか。お前たちはまだ、過酷な訓練に身を投じてから日が浅い。そもそも、己を蝕むような深い『弱さ』や『闇』を、まだ持ち合わせていなかったんだな。……ふっ、羨ましい限りだ」
剣一は自嘲気味に笑い、二人の頭を優しく撫でた。しかし、ララはどこか寂しそうに視線を落とす。
「あっちたちも……みんなみたいに、自分を超えて強くなりたかった……」
「焦らなくても大丈夫だ。二人は短時間で、劇的に強くなっている。バレットやシロミもお前たちの成長を高く評価していたぞ。……お前たちの純粋さは、それだけで立派な武器だ」
剣一の温かい言葉が、二人の不安を溶かしていく。ロロとララは顔を見合わせると、満面の笑みを浮かべて剣一の腰に抱きついた。
「「ありがとうございます、お父様!もっとみんなの役に立てるよう、頑張りますっ!」」
「――っ!? お、お父様はやめろ! その呼び方は余計だ!」
予想だにしない呼称に、剣一は裏返った声を上げながら、慌てて二人を引き剥がそうとした。しかし、二人は吸盤のようにぴたりと離れない。
「いいじゃないですか、お父様! 」
「そうだよぉ! お父様、お父様ーっ!」
「話がややこしくなるから本当にやめろ! ……ったく、シロミのやつ……」
剣一は顔を赤くして頭を抱えたが、その表情には隠しきれない困惑と、ほんの少しの照れくささが混じっていた。
そんな騒がしいやり取りを合図にするかのように、周囲に倒れていた仲間たちが、一人、また一人と力強く身を起こし始める。
「……ふぅ。全員、無事なようだな」
真っ先に立ち上がったバレットが、肩を回しながら仲間たちを見渡す。その眼光は鋭さを増し、肌を刺すような闘気が自然と溢れ出していた。
「……驚いたな。本当に全員、魔力が以前とは比べものにならねぇほど研ぎ澄まされてやがる。あいつ……カオスの野郎、一体何を考えて俺たちをあんな場所に放り込みやがった」
「みんな自分自身の影に打ち勝ったんだねっ! さすがだねっ!」
真白が瞳を輝かせて拳を握る。その全身からは、以前の脆さを感じさせない、聖霊王の神聖な魔圧が立ち昇っていた。
「当たり前じゃんっ! あたしたちは、こんなところで躓いてられないしっ!」
アリスが不敵に笑い、蒼炎の闘気を一度爆発させる。
「そうだな。これからの戦い……背中は預けるぞ、アリス」
剣一の言葉に、アリスは力強く頷いた。
「任せてっ! もう神をぶん殴るまでは、絶対に甘やかされるようなことはないからっ!」
「あらあら、アリスちゃん。……ということは、神をぶん殴った後は、剣一に甘えたさんになるということかしら?」
目覚めたシロミが、口元を手で隠すようにして妖艶に微笑む。その言葉に、アリスは顔を真っ赤にして固まった。
「さあ、俺たちはついに新たな力を手に入れた。あのくそったれな神の喉元に噛み付くのも、もはや夢じゃねえ。……だが、今すぐ乗り込んでも数的に不利なのは変わらねえ。とりあえず今はここでやれる準備を整えつつ、神どもの動向を伺うぞ。あまりに動きがなければ、こちらから打って出るしかないがな」
バレットが冷静に現状を分析すると、剣一が深く頷いた。
「そうだな。それに、ロロとララも今のうちにさらにパワーアップできる。丁度いいんじゃないか?」
剣一が視線を向けると、二人は小さな拳を握りしめ、やる気に満ち溢れた表情で鼻息を荒くしていた。
「あらあら、この子たちったらやる気十分ね。いいわ、私がビシバシ鍛え上げてあげるわよ!」
シロミが魔王の風格を漂わせながら微笑むと、ロロとララは「「はいっ!」」と元気に返事をして、真白と共に訓練場へと駆け出していった。
「……じゃあ、ルミナと私は周辺の見回りに行ってくるんだぞ。ルミナ、一緒に行くんだぞっ」
ツキノが逃げ腰だった以前とは違う、軽やかで迷いのない足取りでルミナを誘う。
「……うん、わかった」
ルミナもまた、憑き物が落ちたような穏やかな、それでいて強い意志を感じさせる声で応じた。
二人は影を払った後の確かな連帯感を感じさせながら、風のようにアジトの外へと消えていった。
残された者たちがそれぞれの動きを見せる中、リリアが少し緊張した面持ちで一歩前に出た。
「け、剣一。……すまないが、私と軽く手合わせを願えるだろうか? 私もみんなと同じ想いだ。そしてお前の強さは、この中で最も信頼に値する。一歩でも先に進むために、強者との実戦経験を積んでおきたいんだ」
剣一が応じようとした瞬間、隣にいたアリスが口を開いた。
「……剣一。付き合ってあげて。リリアは本気で強くなろうとしてる。それはあんたにとっても、新しい力を馴染ませるいい経験になるはずだから」
てっきり、二人きりになる状況に嫉妬や反対をされるかと思っていた剣一は、意外な言葉に目を丸くした。アリスの瞳には、独占欲よりも仲間を想う真っ直ぐな決意が宿っている。
「……あ、ああ。そうだな。こちらこそ頼むよ、リリア。お前の雷槍に、今の俺がどこまで通用するか試させてくれ」
「感謝する。……手加減は無用だぞ」
二人は視線を交わし、火花を散らすような緊張感を纏いながら訓練場へと歩き出していった。それを見送るアリスの背中もまた、以前よりずっと頼もしく見えた。
「中々やる気満々の連中ばかりじゃねえか。……俺はロロとララの様子を見てくる。あいつらには、まだまだ化けてもらわねぇと困るしな」
不敵な笑みを浮かべ、バレットもまた、重い足取りで二人の待つ訓練場へと向かった。
静かになった広間で、アリスはぽつりと独り言を漏らす。
「……ふぅ。ちょっと複雑だけど、みんなが強くなるに越したことはないよね」
修行を経て少し大人びたはずのアリスだったが、剣一とリリアが二人で訓練場へ向かった背中には、やはり隠しきれない寂しさが滲んでいた。それを見守っていたミーナが、おずおずと口を開く。
「……あ、あの……アリスさんは、やっぱり剣一さんのことが『特別』に好きなんですか?」
「なっ……! ま、まあ……そうなる、かな? ……あ、あんたこそどう思ってるの、剣一のこと」
顔を真っ赤にして逆質問するアリスに、ミーナは困ったように微笑んだ。
「わ、私は……もちろん、みなさんのことを家族のように大事だと思っています!」
「……そ、そうじゃなくて! 男と女としてっていうか……その、恋愛的な意味でどうなのって聞いてるのっ」
アリスの詰め寄るような問いに、ミーナは頬を染め、指先をいじりながら視線を泳がせた。
「……好き、です……。でも、私は……その、アリスさんのような『恋人』になりたいわけじゃなくて……。どちらかと言えば、深い尊敬を持ってずっと側にいたいというか……。ただ、時々頭を撫でて可愛がってほしいというか……。アリスさんの抱いている想いとは、少し形が違うんですっ!」
全力で弁明するミーナの言葉に、アリスは毒気を抜かれたように呆気にとられた。ライバルとしての火花を予想していただけに、あまりに無垢で献身的なミーナの「愛の形」は、アリスの胸にストンと落ちた。
「……そ、そうなんだ。あんたって、少し変わってる……よね。でも……なんだか、少し安心したかも」
アリスはふっと表情を和らげると、気持ちを切り替えるように自分の頬を軽く叩いた。
「よしっ、あたしたちも負けてられないっ! あたしたちも少し手合わせしよっか! みんな修行に行っちゃったし、ここでじっとしてても始まらないもんっ!」
「は、はい! 喜んでっ! 私もアリスさんの胸を借りるつもりで、全力でぶつかっていきますっ!」
ミーナの瞳に「黄金の十尾」としての闘志が宿る。アリスもまた、背後に蒼炎の残滓を漂わせながら、不敵に笑って訓練場へと足を踏み出したのだった。




