仮面の裏側
「さぁ、いつでもいいぞ。かかってこい」
マグネは周囲に転がる溶けかけの鉄を瞬時に再構築し、両手に二振りの鉄剣を生成した。左手の剣を無造作に突き出し、剣一を挑発する。
「……なら、遠慮なくいかせてもらうぞっ!」
限界突破の激流を維持したまま、剣一は地を穿つような踏み込みで肉薄した。逆手の魔剣による超高速の乱撃がマグネを襲う。
だが、マグネはそれを最小限の動きですべて受け流し、空中に残していた数本の剣を遠隔操作で射出した。
「どうした、手数が足りていないぞ?このままじゃ少しずつ細切れの肉片になってしまうぞ」
飛来する剣が剣一の頬や肩を裂き、鮮血が舞う。
「……くっ! アリスが……みんなが繋いでくれたんだ。ここで立ち止まるわけにはいかない……っ!!」
脳裏にアリスとの記憶、仲間たちの笑顔が溢れ出す。守るべき者のために、剣一の魔力が爆発した。
「負けるわけにはいかないんだァァァッ!!! 限界突破II・鬼人ッッ!!!!」
魔力の循環速度が通常の『限界突破』の二倍へと跳ね上がる。その負荷によって、肉体が順応し収まっていたはずの血管が再び浮き出始め、周囲の大気を震わせた。
手にした二振りの魔剣がその魔圧に呼応して変異し、一つの柄から上下に二つの刀身が伸びる変則的なダガーへと進化した。
「――四刃乱舞ッ!!!」
手にした「四つの刃」が残像となり、襲い来るマグネの鉄剣を次々と叩き落としていく。防御を攻撃へと転換し、剣一は一歩、また一歩とマグネを押し返し始めた。
「……チッ。面倒なやつだな。――格の違いを見せてやろう!!」
マグネが大きくバックステップを踏むと、その華奢な両腕が異形にうねり、巨大なミニガンへと変貌した。銃身が高速回転し、絶望的な銃弾の嵐が剣一を襲う。
「……くっ! ――千手必衝!!」
剣一の両腕が、文字通り千本あるかの如き速さで魔剣を振るい、迫り来る弾丸をすべて弾き飛ばす。火花が散り、金属音が鳴り響く。
「ハハハッ!! さぁ、お前の限界が先か、弾幕が尽きるのが先か……見せてみろっ!!」
向かってくる弾を虫一匹、通さんと言わんばかりに全て弾くものの、通常より魔力の消費が激しく魔力が底を尽きかける。
「……クッ……ソ……魔力が……ッ!!」
「ハハッ!終わりだなぁ!蜂の巣にして……ッ!」
魔力の過剰消費で、剣一の意識が遠のきかける。マグネが勝利を確信し、引き金を引き絞ったその時――
「――貴様の負けだッ!!」
突如、マグネの心臓部を背後から一本の雷槍が貫いた。
「なっ……がはっ……!? う、裏切った……のか、リリア……ッ!!!」
マグネが絶叫する。そこには、決然とした表情のリリアと、駆けつけたツキノ、ルミナの姿があった。
「……神に対する、反逆……。楽に死ねると、思うな……よ……っ」
リリアが槍を引き抜くと同時に、マグネの内部にある魔力核が霧散する。彼女は膝から崩れ落ち、その機能を完全に停止させた。
それと同時に、彼女の鉄の仮面にパキリとヒビが入る。剥がれ落ちた仮面の下から露わになった「素顔」に、その場にいた全員が息を呑んだ。
「い、一体どういうことなんだぞっ!! なぜ……マレイの顔が、エルフなんだぞっ!!」
「……そ、そんなバカなッ! まさか、機械六神兵の正体は……捕らえた民を改造したものだったのかッ!!」
「……神ども、許さない。命を、なんだと思っているの」
ルミナの冷徹な声が怒りに震える。リリアは、マグネの亡骸を見つめながら、背筋に走る戦慄を抑えきれなかった。
「あいつら……!! なんて事を……っ!! まさか、花恋たちも……すでに……!?」
最悪の予測が脳裏をよぎり、剣一は血が滲むほどに拳を握りしめた。もし仲間たちが、自分たちの意志を奪われ機械の兵器に作り替えられていたとしたら――。
「……やりきれない気持ちはわかるけど、立ち止まっている暇はないんだぞっ。とりあえず報告を含め、一度アジトへ帰るんだぞ。今回は幸運にも補佐官が姿を現さなくて助かったんだぞっ」
ツキノが周囲を警戒しながら言葉をかけると、隣に立つリリアが静かに首を振った。
「……マグネの補佐は、私の役割だったからな。私が神を裏切った時点で、彼女の守りはなくなったということだ」
「そうだったのか。……納得だ。くっ、動揺してる場合じゃないな。とりあえずアリスを迎えにいかないと」
剣一は乱れた呼吸を整え、アリスを預けた遮蔽物の方へ駆け出そうとした。だが、その肩をツキノが優しく、かつ力強く制する。
「アリスはあたしに任せるんだぞっ! 剣一もボロボロなんだぞっ、二人とも本当によく頑張ったんだぞっ」
「……行くよ。ここでモタモタしていると、敵の増援に見つかる」
ルミナが冷たく鋭い視線で周囲の残骸を払い、撤退の準備を急かす。その冷静さが、過熱していた剣一の頭を冷やした。
「ああ、悪い。……頼む、ツキノ。アリスを安全に連れて行ってくれ」
「任せろなんだぞっ! ……帰りも気を引き締めて、隠密に徹するんだぞっ!」
ツキノはアリスの元へ駆け寄り、衰弱して眠る彼女を丁寧に背負い直した。一行は沈痛な面持ちでマグネの亡骸を後にし、夜の静寂に紛れるようにアジトへと向かって走り出した。
一方で、一行の帰りを待つアジトでは、シロミによる厳しい訓練が続いていた。
「あなたたちは二人で一つよ。ロロはララの指示を即座に実行に移しなさい。ララは戦況を俯瞰し、最善の最適解を弾き出して伝えるの。お互いに命を預け合っている自覚を持ちなさい!」
「「はい! お母様!」」
双子の息の合った返声がアジトに響く。
「……ふぅ。かなり詰め込んで訓練したわね。一度休憩にしましょうか」
「二人とも、頑張り屋さんだねっ! 飲み込みが早くて私、びっくりしちゃった!」
真白がタオルを差し出しながら褒めると、バレットも満足げに頷いた。
「こいつらは化けるぜ。相性もいいし、このまま牙を研ぎ続けりゃあ、神をブチ殺すのも夢じゃねぇな」
「変な癖がついていないから、教えたことが素直に馴染むのね。……と、ところで真白ちゃん。ちょっといいかしら?」
シロミがどこかソワソワした様子で真白を手招きする。
「……? どうしたの、お姉ちゃん」
「そ、その……さっきの約束のご褒美、まだ貰ってないなって思って……」
「……あっ! そうだったね! でも、流石にみんなの前じゃ……ね?」
「そ、そうよね! さあ、みんなゆっくり休んでちょうだい! お姉さんたちはちょっとだけ用事を済ませてくるから、いい子で待っててねっ!」
シロミはバレットたちの視線を避けるように、真白の手を引いて人気のない通路の奥へと消えた。
「それで、ご褒美……何がいい?」
「く、首筋を……ちょっとだけ、嗅がせて……貰えると……っ」
「ふふ、いいよ。おいでっ」
真白が髪をかき上げ、白い首筋をさらけ出す。すると次の瞬間、シロミの理性が弾け飛んだ。
「あ、ありがとう真白ちゃんっ! ……クンカクンカッ! スゥゥーッ! はぁぁ、生き返るわぁっ! 真白ちゃんの成分が脳に直接届いて……ふわふわして……はうぁっ! ペロペロペロッ!!」
「く、くすぐったいよっ。……あうっ。も、もう、舐めちゃダメだよっ! 汗かいてて汚いんだからっ……はうっ」
「汚いなんてとんでもない! 最高のスパイスよぉ! はぁぁ、もう一生こうしていたい……死んじゃうぅぅっ!!」
「も、もうおしまいっ! 『待て』だよ、お姉ちゃん!」
真白が少し頬を赤くして制止すると、シロミは恍惚とした表情のままピタリと動きを止めた。
「わ、ワンっ!」
「よし、いい子いい子。ふふふ、お姉ちゃんたら本当に……」
「……剣一、ここに『犬』がいるんだぞっ」
冷ややかなツキノの声が響いた。シロミが弾かれたように振り返ると、そこにはボロボロになり、アリスを背負った一行が並んでいた。
「……犬だから仕方ない。野生の習性だ、そっとしておいてやってくれ」
「い、いつの間に帰ってきたのかしら!? い、犬なんてどどど、どこにも見当たらないわねぇっ! 私はただ、真白ちゃんの衛生状態をチェックしていただけで……っ!」
シロミは顔を真っ赤にしながら高速で言い訳を並べ立てるが、剣一たちの眼差しは、冷たい風が吹き抜けるほどに冷ややかだった。
「真白、まずは剣一とアリスを回復してあげてほしいんだぞ。二人とも、ボロボロなんだぞ」
ツキノがアリスを静かに横たえると、真白が慌てて駆け寄った。
「お兄ちゃん、またこんなに無茶したの? ほどほどにしなきゃダメだって、いつも言ってるのに……っ! ――至高回復!!」
真白の手のひらから溢れ出した神々しいまでの光が二人を包み込み、深い傷が瞬く間に塞がっていく。
「ありがとう、真白。……助かった。アリスはこのまま、少し眠らせてあげてくれ」
剣一が安堵の息を漏らす様子を、リリアは信じられないものを見るような目で見つめていた。
「……信じられない。あんなに幼い子が、これほど純度の高い白魔術を……?彼女ならもしかしたら……」
「そうなんだぞっ。驚くのも無理はないんだぞ。みんな、この子が新しく仲間になったリリア、色々あったけど、あたしたちの同胞なんだぞっ」
ツキノの紹介を受け、リリアは姿勢を正して短く一礼した。
「……リリア・サンダーだ。武器は雷槍、雷魔法を扱う。……かつての非礼を、どうか許してほしい」
「色々事情があったんだろうが、よく決断してくれた。俺たちは『黒狼の牙軍』。目的が同じである以上、お前を歓迎するぞ」
バレットがリリアの手を硬く握り、歓迎の意を示す。しかし、リリアはただ指示に従っていただけで、神側の情報を持っておらず、結局振り出しへと戻される。そして、一通りの自己紹介を終えた後、剣一は重い口を開き、拠点で見聞きした凄惨な事実を共有した。
「なるほどな……。あいつら、そんな外道な真似をしていやがったのか……っ!」
バレットは吐き捨てるように言い、拳を壁に叩きつけた。
「胸糞悪ぃ話だ。だが、同胞だからと言って容赦していれば、こっちが全滅する。あいつらだって、神の言いなりのまま生き延びるなんて真っ平御免だろうよ。一思いに命の灯火を消してやるのが、せめてもの救いだろうさ」
「……分かってはいたけれど、改めて突きつけられると吐き気がするわ。あいつら、命を何だと思っているのかしら」
シロミの瞳に、静かだが苛烈な怒りの炎が宿る。
「同胞をあんな姿に変えて戦わせるなんて……絶対に、絶対に許さないんだぞ……っ!」
ツキノが涙を浮かべて憤る中、リリアは自分の手を見つめ、声を震わせた。
「私が……マグネにトドメを刺した。彼女が死の瞬間に、ほんの少しでも報われていたと願うばかりだ……」
「こんなことをして、許されていいはずがありません……。私たちの仲間……獣人族のみんなも、あんな姿にされているかもしれないなんて、考えたくもありません……」
ミーナが耳を力なく垂らし、不安に震える肩をぎゅっと抱く。その隣で、真白が力強く、一点を見据えて宣言した。
「みんなの魂を解放してあげないとっ! 道具みたいに、命を弄ぶようなことはこれ以上絶対にさせない! お兄ちゃん、早く……みんなを助けに行こうっ!」
一行の悲しみは、今、明確な「神への殺意」へと形を変えて、アジトの中に渦巻いていた。




