同心協力
「――鉄の剣」
マグネが剣一たちへ向けた華奢な指先から、一振りの鈍色に光る長剣が生成された。その鋭利な切先は、二人の眉間を指している。
「あんた……そんな剣一本で、あたしたちに勝てると思ってんの?」
アリスが強気に言い放つが、マグネの口角は不気味に吊り上がったままだ。
「いいや、思っちゃいないさ。……誰も一本だけなんて、言っていないだろう? ――鉄の剣、百万本」
「っ!? な、何これ……!」
アリスの叫びが響く。マグネの背後から頭上、さらには拠点一帯の空を埋め尽くすように、文字通り無数の剣が「生成」された。びっしりと並んだ剣の群れは、すべてが飢えた獣のように二人に照準を定め、空中に静止している。
「百万本!? ま、まずい! 剣一、こっちにきてっ!」
アリスは即座に魔装を生成し、遠隔形態を発動させ、剣一を自身の背後へと引き寄せた。
「っ! ああ、わかった! 」
剣一が滑り込むと同時に、マグネが残酷な号令を下す。
「ロックオン。――殲滅開始」
空を埋め尽くしていた鉄の雨が、爆音を立てて射出された。次から次へと、容赦なく二人を貫こうと降り注ぐ。
「限界突破、最大出力!蒼炎の障壁!!!」
アリスの両手から溢れ出した極大の魔力が、蒼炎の壁となって二人を包み込む。降り注ぐ鉄の剣が炎の壁に激突し、真っ赤に溶け落ちては蒸発していく。
「ハハハッ! いいねぇ、その必死な顔! お前たちの愛の硬さは、いつまで持つかな……?」
溶け落ちる剣を補うように、マグネの指先からは次々と新たな剣が生成され続けていた。一度に何百本も突き刺さる鈍色の雨が、アリスの展開する炎の壁を刻一刻と削り取っていく。
「……ど、どうしよう! このままじゃ魔力が……も、持たない……っ!」
アリスの肩が激しく上下し、炎の障壁に亀裂が走り始める。そこへ、背後から剣一が力強く彼女の肩を抱き寄せた。
「アリス、俺たちなら誰にも負けない。ここには俺もいる。……二人で勝つんだ」
「……っ! アレをやるってわけね。……わかった、いつでもきてっ!」
アリスが覚悟を決め、瞳に決然とした光を宿す。
「ああ。――限界突破!」
剣一はアリスを後ろから包み込むように密着し、自らの魔力を彼女の回路へと直接流し込み、強制的に同調させた。
「……あっ、ああっ! ……熱いっ。剣一の魔力が、奥まで入ってくる……っ!」
「……くっ。アリスの魔力も、中々熱がこもってるぞ……。よし、今ならいける!」
二人の魔力が限界を超えて混ざり合い、拠点一帯を震わせるほどの莫大なエネルギーへと膨れ上がる。
「「――光円獄炎波ッ!!!」」
二人の咆哮と共に、アリスと剣一を中心に黄金の光を纏った超高熱の衝撃波が球体状に炸裂した。
触れるものすべてを蒸発させるその熱波は、拠点の一部と降り注いでいた百万本の剣を紙屑のように溶かし、蒸発させ、虚空へと消し去っていく。
光が収まったとき、あれほど空を埋め尽くしていた鉄の雨は消滅し、宙に浮いて残っているのは数本の剣だけだった。
「チッ。思ってたよりやるな。……その熱苦しい愛、少しは見直してやろう」
マグネは忌々しげに舌打ちをしながらも、余裕の笑みだけは消さぬまま、どろどろに溶けきった鉄板を蹴って一歩前へと踏み出した。
一方、全魔力を注ぎ込んだアリスは、立っているのもやっとという状態で膝をつきかける。剣一はその華奢な体を素早く抱き上げると、爆炎の熱気が残る戦場から少し離れた安全な場所へと運び下ろした。
「……あ、あはは。今の、凄かったでしょ……? でも、ちょっと……出し切りすぎちゃったみたい……」
顔を青白くさせたアリスが力なく微笑む。剣一は彼女の頬にそっと触れ、力強く頷いた。
「ああ、最高だった。……後は任せろ。お前はここで、ゆっくり休んでてくれ」
「……うん。信じてる、から……」
アリスを安全な遮蔽物の陰に預けると、剣一の表情から温度が消えた。彼は再びマグネの元へと舞い戻り、大気中の熱を切り裂くように魔剣を逆手に構える。
「……さて、お喋りの時間は終わりだ。第二ラウンドと行こうか」
二振りの魔剣が不気味な光を放ち、剣一の闘気がマグネの威圧感を押し返していく。
「へぇ……。守るべきものが後ろにいると、男の子ってあんなに顔が変わるのか」
マグネは面白そうに目を細めると、周囲に散らばった溶けた鉄を呼び寄せるように指を鳴らした。
一方で、ツキノとルミナもまた、落雷と吹雪が入り乱れる激戦を強いられていた。
「私たちが争うなんておかしいんだぞっ! それだけの強さを持ちながら、なぜ神の犬に成り下がっているんだぞっ!」
ツキノは叫びながら魔靴を爆発させ、空中を舞うように目にも止まらぬ連続蹴撃を仕掛ける。
「うるさいっ! こうするしか……これ以外に方法がないんだっ! すべては、妹のために……っ!!」
ダークエルフの女――リリアは、雷光を纏った槍でツキノの蹴りをすべて受け流していく。その瞳には、裏切り者としての冷徹さよりも、追い詰められた者の悲痛な色が混じっていた。
「……妹に、何があったの?」
ルミナが静かに問いかけながら、氷柱を次々と生成し、弾丸のような速度で放つ。
「……くっ! お前らには関係ないっ!」
リリアは自身の周囲に全方位の電撃を放って氷柱を撃ち落とすと、大きく跳躍して二人との距離を取った。その肩は激しく上下している。
「神に何を期待しているのか知らないけど、あんな奴らに従ったところで、最後に残るのは絶望だけなんだぞっ!!」
「……私たちにできることがあれば、何でも言って。それが同胞としての務め」
ルミナが氷の槍を下ろし、対話の意思を示す。リリアは一瞬、拒絶するように顔を歪めたが、やがて槍を握る力が抜け、その場に膝をついた。
「う、ううっ……。……私の妹は、生まれたときから病弱で……地上には、あの子を救う術がどこにもなかったんだ。だから天空へ来れば、何か奇跡があるはずだと思い、死に物狂いでここまで来た」
リリアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「……そしてここへ辿り着き、あの神が……ロキが言ったんだ。『俺の言う通りにしていれば、いずれ治してやるさァ!』って……あはは、笑えるだろう? 藁にも縋る思いだったんだ……!」
「……神がそんなに慈悲深ければ、世界はこんな地獄になっていないんだぞっ。リリア、私たちの仲間には白魔術の使い手がいるんだぞっ! もしかしたら、神のまやかしなんかよりずっと確実に、妹さんを治せるかもしれないんだぞっ!」
ツキノが力強く手を差し伸べる。ルミナも隣に立ち、静かに頷いた。
「……私たちと一緒に来て。あなたも、同胞たちがどんな目に遭わされてきたか、その目で見てきたはず」
「……。……わかった。妹を救える可能性があるなら、今度は神を敵に回してやる……っ!」
リリアがその手を取り、決然と立ち上がった。
「ありがとうなんだぞっ! あたしはツキノ・ドライ。そっちのクールな姉はルミナ・ドライなんだぞっ!」
「……あなたと、妹さんの名前を教えて」
「……リリア・サンダーだ。妹は、エレナと言う。……だが、お喋りはここまでだ。マグネは強い……あの子たちが危ないっ」
その言葉を裏付けるように、拠点の方角から凄まじい爆音と共に、「光円獄炎波」による超高熱の衝撃波が三人の元まで吹き抜けてきた。
「……っ!? 決着がついたわけじゃないんだぞっ! 早く、助太刀に行くんだぞっ!!」
三人は顔を見合わせ、炎と煙の舞う中心部へと一斉に駆け出した。




