ダークエルフ
「花恋たちの情報が、もう少し欲しいな……。両親たちの姿もまだ確認できていない。なんとしても人間に関する情報を集めたい。バレット、何か他に掴んでいることはないか?」
剣一の焦燥混じりの問いに、バレットは手元の端末を睨みながら重く口を開いた。
「ちょっと待ってろ……。今、偵察から入った最新の情報だが、一人気になる奴がいる。人間じゃないんだが、こいつは……ダークエルフか。ただ、捕らわれているというよりは、神側に協力しているらしい。弱みを握られているのか、はたまた自ら魂を売ったのかは分からんが……」
バレットは通信機を操作し、街の外れにある一つの拠点を表示させた。
「そいつのところへ行ってみるか? 神の懐に入り込んでいる奴なら、人間たちの収容先についても何かしら情報を持っているはずだ」
「……そうだな。僅かでも手がかりがあるなら、行くしかない」
剣一が決意を固めると、真っ先にアリスが立ち上がった。
「あたしも行く! 真白のおかげで体はもうピンピンしてるし、剣一を一人で行かせられるわけないでしょ!」
「私も行くんだぞっ! 同じエルフとして、ダークエルフが神の犬に成り下がっているなんて放っておけないんだぞっ!」
ツキノが拳を握れば、その隣でルミナも静かに冷気を纏う。
「……確かに。同族の不祥事は、私たちが片を付ける」
主力の出撃が決まる中、シロミがロロとララの肩を抱き、不敵に微笑んだ。
「私と真白ちゃんはここであの子たちを少しでも鍛え上げるわ。どれだけへたっても、真白ちゃんの回復があれば詰め込んでレベルアップさせられるもの。……あなたたち、覚悟はいいわね?」
「「はい、お母様!」」
双子の威勢のいい声が響く。
「……よし。俺とミーナも残ろう。特訓で漏れ出す魔力が敵の探知に引っかからないよう、拠点の細工を強化する。実戦のアドバイスもできるしな。場所のデータは送ったぞ、剣一。……必ず生きて帰ってこいよ」
バレットの激励を受け、剣一たちがアジトの入り口へと向かう。
「お兄ちゃんたちっ! 絶対に気をつけてね!」
「け、剣一さんたち、気をつけてくださいねっ!」
真白に見送られ、ミーナに至っては別れを惜しむように、剣一の右腕にこれでもかと柔らかく抱きついた。
「……っ! ほら、行こっ! あたしがついてるんだから、余計な心配はいらないから!」
アリスは負けじと反対側の手を強引に絡め取り、牽制するようにミーナを睨み据える。両手に花というにはあまりに火花の散る状況の中、剣一たちはダークエルフが待つ拠点へと足を踏み出した。
「剣一ってばモテモテなんだぞっ。でも浮気はダメなんだぞっ。あたしも見てるんだぞっ」
ツキノがニヤニヤしながら冷やかすと、剣一は顔を赤くして首を振った。
「う、浮気なんてしていない! やめてくれ!」
「ふんっ、まあ今回は許してあげるけど。……変な虫がつかないように、あたしがしっかり見張ってなきゃね」
アリスが鼻を鳴らしてようやく腕を解くと、先行していたルミナが鋭い視線で振り返った。
「……静かにして。見つかる」
一行が姿勢を低くし、目的の拠点の陰から中の様子を伺うと、そこには異様な光景が広がっていた。
「……いたんだぞっ。ダークエルフの女と……やっぱり機械六神兵もいるんだぞ。あれはナンバー6、マグネ・アイアンだぞっ」
ツキノの指差す先、鋼鉄の甲冑に身を包んだ華奢で、鉄の仮面から銀髪がフワリと風で揺らしている女が、ダークエルフの女と何事か密談を交わしている。マグネから放たれる威圧感は、以前戦ったロック・ゴールドにも引けを取らない。
「ここにも六神兵がいるのか……。さて、どうするか。あのダークエルフが協力者である以上、話し合いで解決……なんて甘い展開にはならないだろうな」
「……戦いながら情報を引き出す。同族の落とし前は、私たち姉妹があのダークエルフと戦うことでつける」
ルミナが静かに氷の魔力を練り始めると、剣一も静かに魔剣を手にする。
「そうなると、俺とアリスでマグネを引き受けることになるな。……いや、あいつに補佐官がいるなら、乱戦になる可能性も高い」
「もしダークエルフに話が通じる余地があるなら、すぐに加勢に行くんだぞっ! 周りの一般兵はあたしが蹴散らしてやるんだぞっ!」
ツキノが魔靴の出力を調整する中、剣一は隣に立つアリスの目を見つめた。
「アリス、俺がマグネを止める。もし補佐が現れたら、そっちは任せてもいいか?」
「……誰に向かって言ってんの。あたしが負けるわけないでしょ、安心して。剣一こそ、絶対に死なないでよね。あたしたち……まだやるべきことをやってないんだからっ……!」
アリスが少しだけ声を震わせ、潤んだ瞳で剣一を見上げる。
「……っ! ああ、そうだな。お互い、こんなところで終わるわけにはいかない」
剣一は力強く頷き、アリスの言葉を胸に刻んだ。その決意を汲み取るように、ルミナが冷徹な声を響かせる。
「……覚悟は決まった? 私が一帯を凍結させて、敵の足を止める。その隙に先制攻撃を仕掛ける。――いくよ」
極北の風が吹き荒れ、戦いの火蓋が切って落とされる。
「幻鏡白雪っ!」
ルミナが拠点へと一気に飛び出す。それと同時に、彼女のブレスレットが鋭い光を放ち、絶対零度の魔力が波動となって解き放たれた。
拠点一帯が瞬時に白銀の世界へと変貌する。逃げ惑う一般兵たちは、声も上げず只々、足元から凍りつき、精巧な氷像のようにその場に縫い付けられた。
そこへ、彗星のような速度でツキノが躍り出る。
「遅いんだぞっ! せいぜい氷の中で震えてるんだぞっ!」
ツキノは魔靴の噴射を爆発させ、氷漬けにされた敵を次から次へと粉砕していく。硬く凍りついた装甲は、彼女の鋭い蹴撃の前では脆いガラス細工も同然だった。
「剣一、アリス! 後ろの雑魚はあたしたちが片付けるんだぞっ! 迷わずあいつの元へ行くんだぞっ!」
ツキノが砕け散る氷の破片の中で叫ぶ。その背後では、ルミナがさらに魔力を練り、解けないように氷を固定して退路を断っていた。
「ありがとう、二人とも! 行くぞ、アリス!」
「うん! あんたたちも、無茶しないで気をつけてっ!」
二人の頼もしい背中に守られながら、剣一とアリスは最短距離で敵の陣中へと突き進む。
「……任せて。ここは通さない」
ルミナの冷徹な一言を背に受けながら、剣一たちの視線の先には、余裕の表情を崩さない華奢な女、マグネ・アイアンの姿がはっきりと捉えられていた。
「……くらえっ!!」
剣一が地を蹴り、逆手に持った二振りの魔剣がマグネの心臓部分へと襲いかかる。
その刹那――空気が爆ぜた。
ダークエルフの女が、雷光を纏った槍を突き出し、マグネを守るように割り込んできたのだ。魔剣と槍が激突し、凄まじい衝撃波が周囲の氷を粉砕する。
「貴様ら、何をしている。……彼女には、指一本触れさせん」
ダークエルフの女は、槍から放たれる雷をさらに強め、剣一を押し返した。
「……くっ! そう簡単には、通してくれないか」
剣一は魔剣を構え直し、ダークエルフの槍の威力を舌打ちとともに噛み締める。
「ハハハッ! いいじゃないか、いいじゃないかっ! わざわざ殺されにきてくれたんだ、感謝するよ」
マグネは、自分が守られると分かっていたかのように、その場から微動だにせず、不敵な笑みを浮かべていた。その瞳には、剣一たちへの興味など微塵も感じられない。
剣一がダークエルフの女を見据え、疑問を投げかける。
「お前は、自らの意思で神に仕えているのか? 脅されているのかどっちなんだ」
「……答えてやる義務はないっ!」
ダークエルフの女が槍を構え直した瞬間、その横をツキノが音速で駆け抜けた。
「答える義務はなくても、あたしたちが無理やり吐かせるんだぞっ! 剣一、アリス! ここからは、あたしたち姉妹がこの裏切り者を相手するんだぞっ!」
「エルフがなぜここに……!」
ツキノの姿を見るなり、ダークエルフの女の余裕が消え、驚愕に表情が歪む。
「……何がどうなって、そこにいるのか。……じっくりと、話してもらう」
ルミナが静かに氷の分厚い壁を形成し、ダークエルフの女をマグネから分断するように展開した。
「……ぐっ! 邪魔をするなっ! 私には……時間がないんだっ!!」
ダークエルフの女は忌々しげに叫ぶと、雷を纏った槍を天空へと突き上げた。
「――雷霆烈波!!!」
槍から放たれた極大の雷魔法がツキノを強襲し、彼女はその衝撃を魔靴の推進力で紙一重で回避する。その隙を見逃さず、ダークエルフの女は槍を大きく振りかぶり、ルミナに向けて全体重を乗せた一撃を叩きつけた。
「……くっ!」
ルミナは瞬時に氷の槍を形成し、それを横に構えて両手で受け止める。凄まじい火花と冷気が弾け、周囲の鉄板が衝撃で陥没した。
「ふっ。そっちは任せる。私はこっちの男と――そこのちっこいのを相手してやる」
マグネが初めてその視線をアリスへと向け、薄く笑う。
「ち、ちっこいの!? ……あんた、今なんて言った!? あたしは小さくない! 普通より、ほんの少し背が低くて収まりが良いだけだからっ!!」
アリスが顔を真っ赤にして叫ぶが、マグネは退屈そうに肩をすくめた。
「ほう。じゃあその可愛らしい胸はどう? 背丈に合わせたのか、随分と……可哀想なサイズ感だが」
「……なっ!? ゆ、許さない! あ、あんたには一生かかっても理解できないだろうけど、この胸でも……このあたしを、まるごと好きになってくれる奴だっているんだからっ!!」
アリスが隣に立つ剣一の腕をぎゅっと掴み、涙目でマグネを睨みつける。その切実な叫びに応えるように、剣一は一歩前へ踏み出し、二振りの魔剣をマグネへと向けた。
「……その通りだ。ここにいる俺が証人だ。アリスが小さかろうが何だろうが、俺にとっては彼女が最高なんだ。アリスを馬鹿にしたお前は……俺が絶対に許さん」
剣一の瞳に、静かな、けれど苛烈な殺気が宿る。
「へぇ、素敵な愛の告白。……でも残念。その鉄のように硬い愛ごと、粉々に砕いてあげる」
マグネ・アイアンが、死を宣告するように華奢な指先を突き出す。
――開戦の合図は、冷酷に振り下ろされた。




